面接の席で、30代や40代の応募者がこう聞いてくることがあるという。「将来は個人タクシーとして独立したいんですが、いいですか」。二種免許の取得費用を会社が全額負担し、AIのフィードバックで稼ぐ技術を育てた人材が、いつか独立していく。それを、ゆいかじ交通代表取締役の松本龍祐氏は「それでいい」と受け止める。
沖縄のタクシー乗務員は12年で約半減し、平均年齢は64.3歳。その業界に2026年春、ゼロから参入したゆいかじ交通は、社名から制服、車両の色、労務のあり方までを一貫した「働く体験」として設計し、入社者平均年齢38.5歳、9割以上が未経験という組織をつくった。その設計の中身は、前編で詳しく聞いた。だが二種免許も、稼ぐ技術も、突き詰めれば個人に帰属する「持ち運べる資本」である。囲い込まずに、どう選ばれ続けるのか。後編では、ゼロから立ち上がる組織の求心力、「囲わない」人材哲学、そしてタクシーの先にある沖縄の移動の未来を聞く。
松本龍祐氏プロフィール

大学在学中から起業し、コミュニティファクトリーをヤフーに売却。メルカリグループでソウゾウ代表、メルペイ取締役CPOを歴任。カンカクの創業・売却を経て、2024年にnewmoを共同創業。現在は同社CXO兼九州・沖縄担当執行役員として、沖縄の地域交通づくりに取り組む。
オープンで、フェアであること。チームにAIが50人いる

― 前編では、ブランドから労務までを「働く体験」として設計してきた過程を伺いました。後編ではまず、その体験を支える組織の内側から伺います。ゼロから立ち上がる組織で、決めるべきことを決めながら、やらされ感を生まないさじ加減はどうされていますか。
まず大事だと思っているのは、オープンであること、フェアであることです。先日、沖縄のタクシー料金改定があって、それに合わせてうちの賃金体系を変えたんです。その時はかなり綿密に準備をして、説明会を開きました。ちょうど新しい配車アプリの導入も決まったタイミングだったので、その話も同時にして、アプリ側の営業の方にも来ていただいて説明する。会社としてここをこう改定する、背景はこうだ、さらに皆さんに稼いでいただくためにこれも導入する。それをなるべく丁寧にオープンに説明することが、ベースとして大事だと思っています。
フェアであれば、一貫したルールのもとに決めていることが分かっていれば、方針が変わっても朝令暮改があっても納得がいくと思うんですよ。逆に透明性が低くて、フェアだと思えなければ納得できない。
それから、うちの場合は経験豊富で優秀な運行管理者に入っていただけたのが本当に大きかった。運転は人の命に関わるので、厳しい指導をしなきゃいけない時はしなきゃいけない。言うべきことはしっかり言う。でも成長のために伸ばしてほしいところはアドバイスもする。そのいい距離感のピープルマネジメントを所長ができている。このさじ加減は、タクシー経験の浅い僕には絶対できなかったと思います。
― 立ち上げ組織のサイズ感については、どうお考えですか。
ジェフ・ベゾスの「Two-Pizza Rule」、ピザ2枚で収まる人数でチームをやれという話があって、僕は10人以下くらいかなと思っています。10人以下なら、オフィスの机の島一つでギリギリ収まる。15人では無理ですよね。島一つなら、顔を上げれば全員が見える。この距離感で仕事をするとスピードが非常に速いんです。やることが増えてどんどん人数は増えてしまうんですが、この距離感でいられる期間をどれだけ引っ張れるかが勝負で、少なくともPMFするかしないかというタイミングまでは、なるべくこの人数で事業を回す方がいい。
いまはAIのおかげで、一人でやれることの量が増えているので、チームを作るにはすごくいい時代だと思います。メンバーは人間5人だけど、AIの同僚が50人いる世界ができた。AIと仲良くする必要はないから、人間メンバーの5人がより濃密にコミュニケーションできる。チームのコミュニケーションコストを最小化しながら、チームワークを最大化しやすくなっていると思いますね。
囲わない。「まず業界に人を増やさないと始まらない」

― 冒頭の問いに入ります。前編で伺った二種免許の全額支援も、AIのフィードバックで磨かれた稼ぐ技術も、個人に帰属する「持ち運べる資本」です。転職されたら投資は回収できない。このリスクをどう考えていますか。
これはタクシーに限らず、多くの業界に共通する話だと思うんです。ただ、マクロで見ると、うちの会社から転職するかどうかの前に、まずタクシー業界に人を増やさないと始まらないんですよ。だから僕らが先陣を切って、意欲のある人をしっかり稼げるタクシードライバーにしていくことには、とても意味があると思っています。一部の方は別の会社に行ってしまうかもしれないけれど、また戻ってくるかもしれない。そういう気持ちでやらないとダメかなと。僕がスタートアップ業界にいたからかもしれません。優秀なエンジニアがいろいろな会社で成果を出しながら成長して、転職して、また戻ってきたりする。業界が一つのサークルのようになっていて、個々の会社の競争はあるけれど、全員が「インターネット株式会社」の成長を信じていて、お互いに貢献しようと思っている。あの感覚に近いですね。
実際のところ、この仕事は構造的に転職しやすいし、ドライバーは個人事業主のようなものなので、転職は防げないと思うんです。それでも転職しないのは、この会社が居心地がいいとか、この会社との信頼関係があるからだと思うんですよね。僕らは社内のシステムを自作して、運転して稼ぐこと以外の業務を極限まで少なくしていく方針です。AIのフィードバックで走り方も磨ける。ルールに沿った上で稼げる環境を乗務員と一緒に作っていく。選ばれる理由を、そうやって作るしかない。
― その「囲わない」発想は、AI時代のキャリア論にもつながりそうです。いま、キャリア選択に悩む人はどう考えればいいと思いますか。
やりたい仕事ができるようになるには、「あなたにやってほしい」と求められないと始まらないので、自分がどういう価値の人になるかを逆算しながらキャリアを作る必要があると思います。いまやりたいことと、3年後、5年後になっていたい自分の間のギャップをどう埋めるか。これはどんな職業でも大事なことです。
ただ、AIのせいで変わってきたなと思うのは、スキル習得のハードルと必要性がガンと下がったことです。3年、5年で積み上げなきゃいけないものが、ノウハウや経験値というより、ほとんどソフトスキルになってきている気がします。AIを使いこなしてどう問いを発するか。出てきたものを使って、どう人を動かすか。いいPowerPointを作れること自体の価値は下がってしまった。積み上げるべきものの抽象度が上がって、難しくなったんだと思います。
だからもう一つ大事なのが、何かにディープダイブできること自体の価値です。うちの業界なら「とにかく車が好き」、それだけですごい価値だと思うんですよ。理屈じゃないじゃないですか。好きな教科って、小学生の頃、大体得意教科だったと思うんです。すごく好きなのに成績が2、というのはあまりない。だからまず、この領域なら自信を持ってできる、というものを最短で作った方がいい。参入のコストが下がっていて、猛烈に人が足りない領域なら、飛び込んで学ぶだけで差がつけられるかもしれないんです。
― 伺っていると、その「飛び込む入口」を、ゆいかじ交通は入社するだけで提供していることになりますね。やってみようかな、という意思で来られる場所というか。
そうですね。タクシーはまさに、猛烈に人が足りていなくて、しかも二種免許の費用は会社が持つので、飛び込むコストが低い領域なんです。だから、うちに入社していただくこと自体が、その入口になる。実際、面接では30代、40代の方から「将来は個人タクシーとして独立したいんですが、いいですか」と言われることがあります。それでいいと思っているんです。
どんどん来ていただいて。個人タクシーも起業なわけで、その結果うまくいっている起業家が沖縄で少しでも増えたらいいなと思っています。もちろん、やってみて運転が好きじゃないと分かったら、それはしょうがない。でも、そういう入り方ができる場所であることが大事だと思いますね。
タクシーを起点に、沖縄の移動の未来をつくる

― 最後に、この先のビジョンを伺います。
会社として明確に決まっているところというより、ゆいかじ交通を通じて僕個人が見ている風景として答えさせていただきます。仮に僕らが沖縄で一番大きいタクシー会社になったとしても、沖縄の交通課題を全て解けるわけではないと思っているんです。それでもだいぶ変わるとは思うんですけれど。
たとえば、いま家族も沖縄に引っ越してきて、子どもの送り迎え問題にまさに直面しています。子どもがサッカーを習い始めたいと言う。サッカーなのでスクールバスはなくて、毎週妻か僕が送り迎えをする必要がある。こういう問題を、デマンド交通や自動運転で解けたらと思うんです。AIが学校といろんな習い事を最適なルートで結んでくれたら、みんなすごくハッピーになるよなと。
いま、ボタンを押せばタクシーが来る法人向けタブレット端末「newmobell」を提供していて、ニーズがすごくあると分かったのが薬局なんです。ご高齢の方は病院に行って、近くの薬局に寄って、家に帰るのは薬局からなんですよ。タクシーが来ないと、ずっと薬局で待つことになる。だから薬局の方が電話でタクシーを呼んであげている。膝や腰の痛いお年寄りは薬局にたくさんいらっしゃるわけで、「はい、行くよ」と何人かで相乗りして帰れたら。これは自動運転にも向いています。
まず、移動できない、供給が足りていない状態の解消が最優先。しかし沖縄は渋滞も社会課題です。理想を言えば、街を走っている総台数は減らした方がいいと思うんです。ご家族が個別に迎えに行く代わりに、1台の自動運転タクシーが5人のお年寄りをぐるぐる回ってお家に届けた方が、車が4台走らなくて済む。沖縄では電車を走らせる構想が政策的にホットトピックですが、実際に走るのはまだ当面先になってしまう。その中でこういう未来が実現できたら、僕は沖縄に貢献したなと思えるかなという気がしますね。
― 「働き手をカラフルにすることが直接できる場所」という前編の言葉の意味が、立体的に見えてきました。担い手を増やすことと、移動そのものを変えることが、地続きなんですね。本日はありがとうございました。

編集後記
「まず業界に人を増やさないと始まらない」。取材で最も印象に残った一言だ。会社が全額負担した二種免許も、AIのフィードバックで磨かれた稼ぐ技術も、個人に帰属し、いつか社外に持ち出されうる。それを織り込んだ上で、囲い込みではなく「居心地と信頼で選ばれ続けること」に賭け、独立志望の応募者を「うまくいく起業家が沖縄に増えたらいい」と歓迎する。人的資本を一社の内側に留めず、業界と地域の循環の中で育てる。まさに「人的資本の社会的共有」の、最前線の実践例だ。









