人を「コスト」と見るか、「資産」と見るか。認識転換が拓く、人的資本経営の本質— 株式会社エムスリー・カンパニー 代表 松本淳氏インタビュー

キシリトールガム、P&Gのファブリーズ、ダイソン、カルビー「フルグラ」、ゼスプリのキウイフルーツ──。PR・マーケティングの最前線に約30年立ち日本市場の“常識”を塗り替え、近著『ヒット商品を生み出す! 認識のからくり』を上梓したのが、株式会社エムスリー・カンパニー代表取締役の松本淳氏だ。

松本氏の仕事を貫いてきたテーマは「人の頭の中の常識を変える」こと。そしてその技術は、商品マーケティングの枠を超え、社会の当たり前を変え、企業文化を作り変える射程を持つ。 本インタビューのクライマックスでは、松本氏自身が「これが一番伝えたかった」と語る、人件費をPLからBSへ置き換えるという、人的資本経営の核心に迫る視点が提示される。

松本淳氏プロフィール

株式会社エムスリー・カンパニー代表取締役社長

1995年プラップジャパン入社。キシリトール日本上陸プロジェクト、P&Gファブリックケア事業部などの戦略的広報活動に従事。その後、伊藤園宣伝部を経て、2005年、食とヘルスケアの分野に特化したマーケティングPR会社を創業。カルビー、ゼスプリ、アサヒコ、理研ビタミン、有楽製菓、丸大食品などの戦略的なPR施策の企画、実施に従事。2021年、PRオートメーションを設立。2025年6月、日本初の統合型PRAIエージェント『ネタマッチAIエージェント』を開発・提供開始。経験、実績ナシでできる広報・PR社員の育成を支援。

 

株式会社エムスリー・カンパニー代表取締役社長エグゼクティブコンテンツ&コミュニケーションストラテジスト兼PRオートメーション株式会社代表取締役社長

キャリアを貫いてきた「認識を変える」という仕事

── PR・マーケティングの専門家として、約30年最前線でご活躍されてきました。キャリアを一本の線で振り返ると、どのようなテーマが一貫していましたか。

私のやってきたことは、突き詰めると「人の頭の中にある常識を変える」仕事だったと思います。

原風景はキシリトールガムです。1997年に日本へ入ってくる前、昭和世代の子どもは「ガムは虫歯の元だから噛むな」と言われていた。それがキシリトール上陸を境に、「ガムで虫歯予防する」という認識へ反転した。商品名や成分名を覚えてもらう話ではなく、「ガムを買う」「そもそも虫歯予防をする」という選択肢の手前にある<前提>が、塗り替えられたんです。

P&Gのファブリーズが日本に上陸したころも担当しました。家庭用消臭剤は置き型しかなかった時代に、「人の匂いは、鼻は慣れても脳は慣れない。脳はストレスを受け続けている」という新しい認識を広めた。同じP&Gのアリエールでは、洗濯洗剤の競争軸を「白さ」から「見えない菌・見えない汚れ」へずらした。「部屋干しすると臭くなるのは、汚れが落ちきっていないから」と。

ダイソンもそうでした。掃除機は当時「吸引仕事率」というスペックで選ばれていましたが、ダイソンの吸引力スペック自体は実は高くなかった。だから「ずっと変わらない吸引力」、そして「家電もデザインで選ぶ」という新しい選び方の前提を作りにいった。

いずれも「今こうだと思っている基準に対して、もうひとつの基準を提示する」という同じ仕事でした。キャリアを通じてやってきたことを一言で表現するとすれば、「認識を変える」。それが今回の書籍のテーマでもあります。

「認知」と「認識」は何が違うか

── 「認識を変える」と「認知を広める」は似て非なるものとおっしゃいます。

「認知を広める」は、企業名や商品名を<知ってもらうこと>、<記憶されること>。 「認識を変える」は、<選択の前提条件をつくること>。

役割が全然違うんです。

知ってはいるけれど買わないものって、世の中にはたくさんあるじゃないですか。それは認知の問題ではなく、認識の問題です。私が長くお手伝いしているポッカレモンも、最初は割材として知られていた商品でした。それを「血圧が気になる人にいい」という健康文脈に振り直すと、知ってはいたけれど買っていなかった人が「最近そういえば血圧引っかかったな」と動き出す。「選ぶ前提」が変わった結果なんですね。

── マーケティングではターゲット・ペルソナ設計が重視されますが、「認識を変える」アプローチでもターゲットは想定されるものですか。

もちろんします。ただ、食品の領域では、ターゲットの性別や年代は他社ともほぼ重なる。いくらペルソナで解像度を上げても、「この人、結局は他社の商品も買うよね」になってしまいます。

ですから私は、「ターゲットを取り囲む箱」を変えることに力を注ぎます。広告は「この人」に直接伝えるけれど、PRはこの人を取り囲む「世間という箱」を変えにいく。直接何かを伝えるよりも、「世の中、今こうなっているらしいよ」と来た方が、人の気持ちは動くんですよ。

商品を変えずに需要をつくる──カルビー「フルグラ」とゼスプリ・キウイ

── 認識を変えて成果を出した具体例を教えてください。

代表的なのが、カルビーの「フルグラ」です。2011年秋から2018年末まで担当しました。

当時の売上は三十数億円。それを3年で100億円にしてくれ、しかも「テレビCMに頼らない新しいマーケティングモデルでやってほしい」というのが経営からのお題でした。シリアル市場は200億円規模で、首位ケロッグが40数%、カルビーはその半分程度。一般論では、40%超のナンバーワン企業はひっくり返らない。

そこで目線を変えました。シリアルは普通、「ご飯食べる? パン食べる? シリアル食べる?」という朝食の主食争奪戦の中で戦わされる。そこを抜け出すことにしたんです。

朝食でよく食べられているもののひとつ、ヨーグルトの市場規模は当時3,400億円。シリアルの十数倍です。圧倒的に人の目に触れる機会が多い。だったら、争うんじゃなく乗っかってしまえばいい。プレーンのヨーグルトには何かを入れて食べる人が多いから、ドライフルーツのかわりにフルグラを入れてもらえばいい。

戦略の核に据えたのは、「シリアルとして戦うのをやめ、ヨーグルトのお友達になる」。店頭の試食販売でも「フルグラヨーグルト」ではなく「噛むヨーグルト」と案内してもらいました。「噛むヨーグルト」と言った瞬間、主役はヨーグルトで、フルグラはおまけになる。あえてその座を選ぶことで、「シリアル」という認識を「ヨーグルトのお供」へとずらしていったんです。

ゼスプリのキウイフルーツも近い構造です。日本人の好きなフルーツ上位は、みかん・いちご・りんごの三大フルーツ、そして4位バナナ、5位スイカと続きます。キウイには、もう一つ買う理由が必要でした。

そこで打ち出したのが、「実はキウイには栄養素がぎゅっと詰まっている」というヘルスコミュニケーション。あえて難しい言葉で「高栄養密度フルーツ」と命名した。「それって何?」と引っかかれば、こちらのものです。結果、3〜4年でスイカを抜き、その後、バナナも抜くことになりました。

ポイントは、需要を作ってからブランドコミュニケーションの広告を回す、という順番です。需要が作れていなければ、コマーシャルもワークしない。PRは、ブランド訴求の広告とは別に、「ブランドが魅力的になる状況」を作るのが役割なんです。

── どちらも、商品自体は何も変えていない。それだけでヒット商品は生み出せる、と。

そうです。逆に、ブランドや商品の特徴を前面に押し出すだけのアプローチは、なかなかうまくいきません。たとえば代替ミートを2、3社お手伝いしましたが、これは認識を変えきれなかった。日本人はそもそも欧米のように肉ばかり食べているわけではないので、「肉から代替に切り替えましょう」が刺さらなかったんです。

認識転換の4要素──驚き、納得、象徴、現象

── 書籍では「驚き・納得・象徴・現象」の4要素が認識転換の核として提示されています。

4つの中で最も重要なのは「驚き」です。これがないと、人はそもそも振り向かない。「え、そうなの?」「え、なんで?」という違和感を相手に与えないと、興味を持ってもらえません。

ただ、驚いただけで「ふーん」と流れることもある。そこで効くのが「納得」で、「自分にとって確かにアリだよね」と受け入れられる状態をつくることです。

「象徴」は、「語り手」と言い換えたほうが正確かもしれません。同じ内容でも、誰が言っているかで賛同度が大きく変わる。たとえばハイブリッドカーが世界的に注目される一つのきっかけは、レオナルド・ディカプリオがアカデミー賞会場にプリウスで乗り付けたことだと言われています。ゴージャスなレッドカーペットにプリウスで現れた瞬間、「価値観が変わった」と物語る。これが象徴です。

そして最後が「現象」。メディア報道やSNSの動きですね。「すでに自分以外の誰かが取り入れている、買っている、行動している」と見えると、「自分だけ置いていかれているのでは」という最後の後押しが効きます。

順番としては、驚きと納得があり、語り手としての象徴を得て、現象になっていく。

── 実務の世界では、ともすれば「現象=バズ」だけを追いかけがちです。

バズに乗っかるのは、フォロワー戦略としてはアリです。ただ、それは自分が追随者になる動き。自分がソートリーダーになって、他者とは差別化して独自のポジションを築くならば、本質的には自分で探さなければなりません。

ここはマーケティングとPRの考え方が少し違うところです。マーケティングは顕在化したニーズを取りにいき、ニーズギャップがあれば認知を上げれば取れる。でも、ニーズギャップそのものが見えにくいときは、認識を変えないとニーズが生まれてこない。「認知を上げる」のと「認識を変える」のは、解くべき問題が違うんです。

認識が変われば、態度が変わり、行動が変わる──社会を動かす力

── 認識転換は、マーケティングを超えて、社会の当たり前を変える力としても機能すると思いますか。

社会課題も、「認識変容」が大きなドライバーになると思います。 「認識が変われば、態度が変わり、行動が変わる」。 認識を変えることは、態度と行動を変える最初の入り口で、結果として社会全体が変わっていく。

いい例ではないかもしれませんが、退職代行サービスがありますよね。昔の常識では、退職するときは礼を尽くして引き継ぎもちゃんとして去るのが当たり前だった。でも、退職代行を使う人が目の前に出てくると、「あ、ありなんだ」と認識が変わる。会社側も「人は辞めていくものなんだ」と思えれば、辞める人も代行を使う必要がなくなるかもしれない。海外では辞めると言われたら「おめでとう」と言うらしいですが、日本だと「なんで? 何がダメだった?」となる。社会の常識は、こうやって少しずつ変わっていきます。

「所有」から「共有」へ──働き方変革に応用する

── 商品マーケティングで培った認識転換の技術は、「多様な人材を活かすべき」「副業・フリーランスを受け入れるべき」といった、企業の働き方変革の文脈にも応用できるとお考えですか。

応用できると思います。ポイントは2つあります。

ひとつは、企業経営における人材を「所有」から「共有」へ認識転換すること。

どうしても企業は、人を所有しようとします。でも就業者人口が減っていく中で、所有でビジネスを回そうという発想は、もう成立しないと思うんです。

そもそも、自社だけで完結できる事業ってほとんどないですよね。材料、加工、物流。要所要所で外部のリソースを借りているわけで、サプライチェーンはとっくに会社の外側に広がっている。「人材にもサプライチェーンがあっていい」「外注よりは近い距離感の人で」と発想を変えれば、人材採用難の時代を乗り越えるマインドチェンジになる。

所有の感覚がなくなると、面白いことに、経営者は従業員に対して威張らなくなるんですよ。「俺のもの」じゃなく、「一緒に働いてくれている仲間」「自分のビジョンを一緒に実現してくれる人」と思えれば、そもそも「従業員である必要があるか?」という問いに行き着く。中の人でも外の人でも、ピースが埋まればいい、という発想になります。

もうひとつは、採用という概念を捨てること。

就業者人口が減っていく中、自社採用にこだわっていると成長スピードは確実に遅くなる。場合によっては成長そのものが止まる。経営者のミッションは事業成長ですから、頭を切り替える必要があります。

これまで会社のパワーは、暗黙に「人数」と紐づけて語られてきました。会社概要に並ぶ売上、資本金、従業員数。中でも、<従業員数>がパワーの指標だとされてきた。AIがそのドライバーになって、その認識自体も変わっていくと思います。

人件費はPLからBSへ──認識転換が拓く人的資本経営

── 「人件費は管理するコスト」という認識が、「人材は投資対象」という認識に変わらないと人的資本経営は根付かない、という議論があります。松本さんの認識転換の理論から見ると、この転換のカギはどこにあるとお考えですか。

これ、今日一番お伝えしたかったところです。

経営者の成績は、過去の業績を評価するものなので、PL(損益計算書)とBS(貸借対照表)に集約されます。そして人件費は、PL上の「販管費」に分類される。だから「管理コスト」という認識が常識になっているのだと思います。

しかし「人件費」を「人的経営」と置き換えるなら、PL発想からBS発想に転換する必要があると私は考えています。

イメージとしては、「ある人材が将来どれくらいの利益をもたらしてくれるのか」を未来に向けて試算する。顧客に対するLTV(ライフタイムバリュー)と同じように、人をLTVで見る。

なぜそう言えるのか。これからAIが普及してくれば、単年度の刹那的な費用という視点では立ち行かなくなるからです。BSシートに資産として残るようなお金の使い方が求められる時代に入る。AIは、自社の過去の実績や、いま進行中の案件をデータとして蓄積し、次の機会に活かせる土台になっていく。時間の経過とともに価値が上がるものなんです。

そしてAIに取り込むデータは何かというと、人が残した実績です。AIの「箱」そのものは、誰が使っても同じ答えしか出ない。差別化されるのは、そこに何のデータが入っているか。各社の固有の経験や知見が埋め込まれて初めて、AIは武器になるんですね。

つまり「AI × 人の経験」がセットでBSに残る資産になる。

人を「単年度のコスト」ではなく、「将来的に利益を生む投資」として見る。人件費の見方も、BS発想に転換する時期に来ています。

これは、ここまで話してきた認識転換のフレームを、そのまま経営の根幹に当てはめた帰結でもあります。「人件費=販管費」という固定化された認識を疑い、別の前提に置き換える。その作業をやらない限り、人的資本経営は言葉だけが空回りしてしまうんではないかと思いますね。

── 発想の源として、どうしても「今出ていっているお金」を見てしまうから、ですよね。

そうですね。それぞれ毎月の支払いは本当に大変ですから(笑)。

ただ、人は成長します。しかも直線的ではなくて、しばらく変わらない時期があって、急にグッと上がる。またしばらく踊り場があって、ヒュッと上がる。その繰り返し。どこかの地点でこの人が成長してくれたら、一定の仕事が任せられて、それが利益になる。そう考えれば、人はコストではなく資産です。それを資産化できるようにリードするのが、本来マネージャーの仕事です。

業態によっては、「社員である必要があるか?」という問いは重要なものになるでしょう。社会に共有された誰かが、ある領域のAIエージェントを一緒に作るプロジェクトに参加してくれて、受け取った企業はそれを使って生産性を上げたり、新しいビジネスを立ち上げたりできる。これまでは自社で育てた人材の実績や知見しか自分のものにならなかった。これからは、よそでやった人の経験をAIに読み込ませて、自分のものにできる時代です。だからこそ、人件費はますます「投資」だと言える。

AIの到来は、人的資本の社会的共有を加速させると、私は見ています。

文化として定着させる──KPIは「迷路の壁」だ

── 認識が一度転換されても、組織文化として定着するまでには時間がかかります。商品PRで「ブームで終わらせず、習慣化させる」ために重要だったことは何でしたか。

文化とは、もう当たり前になっている状態のこと。だから、文化に至るプロセスの設計が大事です。

商品の場合、「認識を変える」というのはトライアルしてもらうところまで。その先、繰り返し買い続けてもらうには、商品力=顧客体験が必要になります。「噛むヨーグルト」と勧めても、食べてみてまずかったら買い続けません。組織文化も同じです。文化=定着までのシナリオを、(フリーランスも含む)働く人が「続けたくなる体験装置」として用意しておく必要があります。

そこで私が重視するのが、KPI設計です。世の中ではKPI、KGIといった話がよく出ますが、私はマネジメント側の設計次第でコミットメントは大きく変わると思っています。KPIを達成しない人は社員でも外部人材でも達成しないし、する人はする。問題はノルマの高さではなく、設計の質なんです。

KPIは、設計する側からすれば「人の行動設計図」です。わかりやすく言えば、迷路を作るような作業ですね。ある空間に壁を作ると、人はその壁に沿って動くしかなくなる。「必然的にそうなる曲がり角」をどう作るか。理想は、KPIを「達成しなきゃ」と意識して動くのではなく、「気がついたらできていた」となる設計です。

その設計図を描けるのが、経営陣やマネージャーのセンス。うまく設計できれば、それが当たり前になり、達成するのが当たり前になり、その集団そのものが文化になります。

「ん?」を見過ごさない──認識を変える人の習慣

── 認識を変えるために、普段から意識されていることや、ルーティンはありますか。

「ん?」というちょっとした違和感をスルーしないこと。これがいちばん大事です。

生活していると、「これってそうなのか?」「なんでこれ?」と引っかかることがたくさんあります。今はAIで調べた方が、Google検索より早く答えにたどり着ける時代。「ん?」と思ったら、1分でいいから時間を使って調べてみる。すると「これってこういうことだったのか!」と気づきが得られる。聞いたことはあるけれど、ちゃんとわかっていなかった、というものって意外と多いんですよ。

あとは、私はよく写真を撮ります。テレビ画面でも、気になった特集はスマホで撮影する。広告もよく見ます。スマホで上がってくる広告はかなりの数をスクショします。「今この広告が出ているなら、その背景に何かあるはず」と。写真は文章で書くよりラクだし、思い出しやすい。スマホのメモ機能でも構いません。とにかく「ん?」を捨てない仕組みを持っておくと、認識を変える筋力が育っていきます。

── 同じ組織にいると、「うちはこういう会社だから」という前提も知らず固まっていきます。

その前提を疑うのが、ビジネスパーソンにとっての入り口だと思います。「うちの会社だからできない」「うちはこういう職種だから」「上司がこう言っているから」。本当にそうなのか。特に会社や上司から「ウチの会社はこういうもんだから」と言われていることには、ひっくり返すチャンスがあると思います。

もうひとつおすすめしたいのが、「嫌い」を「好き」にひっくり返す思考訓練です。

「嫌いでも好きでもなく、どうでもいい」と思っているものは、認識を変えにくいんです。どうでもよすぎて、そもそも認識自体がないので。でも「嫌い」という認識があれば、好きに変わる可能性がある。

カルビーフルグラもそうでした。当時のシリアルのパッケージは、率直に言ってペットフードのそれと変わらない印象だった。「餌っぽい」「手抜きっぽい」という声があって、8割近くの人がもう食べていなかった。だからこそ、振れ幅が大きかった。嫌いの裏側には、好きに変わるエネルギーが眠っている。 テコの原理みたいなものですね。

ジョブローテーションをやめてくれ──「深さ」が武器になる時代

── パブリックリレーションズの専門家、そして企業経営者として、今後の日本企業の働き方や人的資本に対する課題感をお聞かせください。

人を資源化し、さらに資産・武器にしていくプロセスにおいて、いま一番の邪魔だと感じているのが、ジョブローテーションです。

日本企業は本当にぐるぐるぐるぐる回しますよね。経営者の意図は「うちの会社のことを全部知っていてほしい」なのでしょうが、結局それで育つのは、社内事情には詳しいけれど何の専門性も持たない「普通の人」です。それは人的資源にすらなり得ていない。ただの人件費です。

AIの議論と重ねるとよくわかります。専門性があるからこそ、AIにインプットできる。ある領域を深く掘り下げて、社内一、あるいは業界一のスペシャリストに育てる。それをAIに搭載すれば、全社の資産になる。

ジョブローテーションで得られるのは、いろんな職種に対応できるよう人材を標準化する人事政策にすぎません。標準化レベルの仕事は、人件費というコストにしかなりません。BSシートに資産として残る人的資本にするためには、「専門性を育てる」ことこそ、もっとも大事な視点です。

もちろん、本人の希望に基づく「ジョブチャレンジ」は否定しません。否定するのは、会社の都合で3年、5年でぐるぐる回し、「普通の人」を量産するだけの仕組みのほう。その根っこにあるのも、やっぱり「所有」の発想です。自分の分身パーソンを作ろうとするから、新卒一括採用、終身雇用、ジョブローテーション、全部がつながっている。

AIと共に働く時代になれば、「普通の人」では成り立たない。AIが標準まで連れていってくれるので、標準にすら届かない人材は要らないという話になります。だからこそ、いかに尖った人材をバリエーション豊かに「持っているか」が、企業の強みになる。「こういう人材がいます」が、これからの会社概要に書くべきことかもしれません。

仕事の本質は、結局のところ「深さ」だと思います。私だって30年やってきたから、こうして偉そうに話せている。会社を移ること自体は否定しませんが、ストーリーのないキャリアチェンジはおすすめしません。今やっていることを深めるために、これを足す。これを使って全体の深度を上げていく。そう積み上げていくことです。

「驚き」だけは、AIには作れない

── AIが広報・PRの実務にも入ってきた今、「認識をつくる仕事」はどう変わると見ていますか。また、人間にしかできない「認識転換」の本質はどこにあるとお考えですか。

PRの仕事のうち、プレスリリースを書く、配信する、取材対応する、というのは標準化できる仕事です。当社では商品の仕様書をAIに読み込ませてレイアウト込みでリリースを出力できる広報・PR業務に特化したAIエージェントをすでに開発しています。

AIはすべての仕事を標準まで押し上げる力がある。人は、その標準に対して精度やクオリティ、個別具体性を付加して、業務を完成・完了させていく。AI時代の働き方は、そういう構造になります。

そして、ここまで話してきた認識転換の核心と重ねると、「驚き」だけはAIには作れないんです。AIで標準化されていく認識を変えるには、標準から突き抜けたクリエイティビティと、専門性が求められます。

AIが生成する情報は、フラットでメリハリがなくなりがちです。人が書けば「揺れ」がある部分も、AIはならして出してしまう。だからどこを見たらいいかわからない。凹凸をつける、尖らせる・・・。ここが、人にしかできない仕事です。そして「凹凸をつける」ためには、自分の中の深い専門性と、世の中の前提を疑える視点の両方が必要になります。

人材育成の方向性も、ここに帰着すると思いますね。

【編集後記】すべては「認識」から始まる

「PR=空気づくり」「PR=認知拡大」と捉えがちな業界のなかで、松本氏は一貫して「認識を変える」という、もう一段深いレイヤーを言語化してきました。ヒット商品の事例として語られる話は、いずれも<商品の中身は何も変えていない>。

変えたのは、消費者の頭の中にある「前提」だけ。しかしその「前提」を変えたことで、市場の景色がまるごと書き換わっていく。

本インタビューで最も鮮烈だったのは、その認識転換の理論を、商品ではなく経営の文脈に持ち込んだ瞬間でした。「人件費はPLからBSへ」。販管費というPL上の常識を疑い、AIと人の経験がセットで蓄積される「資産」としてのBS発想に置き換える。人的資本経営、人への投資、リスキリング。さまざまな言葉が踊りますが、突き詰めていけば、私たちはまず、「人をどの欄に書くかという認識」を変えなければならない、ということでしょう。

そして松本氏は、認識転換が一過性のブームに終わらないために、「迷路の壁」のようなKPI設計を語る。「文化」とは結局、当たり前になった状態のことであり、文化に至るための体験装置を経営側がどう設計するかが問われています。

所有から共有へ。PLからBSへ。標準から尖りへ。

複数の「認識転換」が同時並行で進む先に、企業も個人も豊かであり続ける循環型社会の姿があるのだと思います。

関連リンク

松本淳氏の最新著作:『ヒット商品を生み出す! 認識のからくり』

株式会社 エムスリー・カンパニー公式サイト

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執筆者
オカダタクヤ | HUMAN CAPITAL+編集長

メディア・編集、コンサルティング・経営企画、起業家としての経験を横断的な背景に、組織開発・人材マネジメント、リーダーシップ論、人的資本経営への関心からHUMAN CAPITAL+を立ち上げ。 複数の組織で培った知見をベースに、「人と組織」をテーマとした一次情報の発信・編集に努める。経営者・実務家・研究者など多様なステークホルダーとの対話を通じ、現場に根ざした視点でコンテンツを企画している。 HUMAN CAPITAL+では、経営と人事の交差点にある本質的な問いと実践知を届けることをミッションとする。「一人ひとりが組織の中でいかに力を発揮できるか」を問い続けることがその核にある。