夕方の営業所に、青いシエンタが次々と戻ってくる。「今日はどうだった?」「あっちで長距離が拾えたよ」。帰着した乗務員たちが、その日の成果を語り合う。先月の夜勤売上トップは、入社3ヶ月ほどのドライバー。自分の走り方の戦略をAIでスライドにまとめ、仲間に共有していた。社長がたまに事務所の業務に入れば、「今日は社長なんですね」「今日はこんなにいきましたよ」と、ホクホク顔の成果報告が飛んでくる。
ここは沖縄県那覇市。2026年4月の開業から約半年、ゆいかじ交通が早くも二拠点目として開いた壺川営業所だ。
沖縄県のタクシー乗務員はこの12年で約半減し、現役乗務員の78%超が60歳以上、平均年齢は64.3歳と全国平均(60.2歳)を大きく上回る。一方で観光客数は2025年に過去最多の1,075万人を記録した。移動の需要は増え続けるのに、担い手だけが減っていく。この島に、2024年10月の参入規制解除を受けてゼロから立ち上がったのがゆいかじ交通である。母体は、大阪を中心にタクシー会社のM&Aで拡大してきたnewmoグループ。そして同社の入社者平均年齢は38.5歳、乗務員の9割以上がタクシー未経験だという。
なぜ平均年齢64.3歳の業界のただなかで、冒頭のような光景が生まれるのか。代表取締役の松本龍祐氏は、メルカリの新規事業子会社ソウゾウ代表やメルペイ取締役CPOを歴任してきた人物。その松本氏がいまタクシー会社の社長としてデザインしているのは、車両でも配車アプリでもなく、「働く体験」そのものだった。前編では、ブランドづくりから採用・育成・労務まで、その設計の中身を聞く。
松本龍祐氏プロフィール

大学在学中から起業し、コミュニティファクトリーをヤフーに売却。メルカリグループでソウゾウ代表、メルペイ取締役CPOを歴任。カンカクの創業・売却を経て、2024年にnewmoを共同創業。現在は同社CXO兼九州・沖縄担当執行役員として、沖縄の地域交通づくりに取り組む。
乗り越えるべきは、タクシーで働くことへの固定観念だった

― 沖縄のタクシー業界は、乗務員数が12年で約半減し、平均年齢も64歳を超えています。一方で観光需要は伸び続けている。この構図を見ながらの参入だったと想像しますが、事業立ち上げの背景から伺えますか。
まず前提として、商機があったんです。タクシー業界は基本的に国の認可が必要で、過去にリーマンショックの頃、ドライバーが増えすぎて皆さん稼げなくなり、過重労働で事故も増えたという反省から、新規参入や増車を認めない法律ができています。私たちが展開している大阪や東京、神奈川では、既存の会社をM&Aし、グループインしていただくことでしか参入できません。ところが沖縄では、2024年10月にその規制が解除されて、自由に新規参入できるようになった。これが見えたことが、会社を作った直接の理由です。規制解除の背景には、ご指摘の通りドライバーが減る一方で観光需要が増えて、需要と供給が合っていない。皆さん困っているのだから、新しい会社を作ってでも供給を出した方がいい、という国の判断があったわけです。
ただ、個人的にはもう一つあって。沖縄は交通の課題だけでなく、「働く」ことの課題も大きい場所です。平均所得が全都道府県で最下位であったり、非正規雇用の割合が高かったり、ワーキングマザーを取り巻く環境が社会課題になっていたり。会社の設立から開業までは1年半ほどかかっているんですが、最初は毎月、出張ベースで沖縄の方々の話を聞いていました。その中で、newmoグループのミッションである「移動で地域社会をカラフルに」の、特に「働き手をカラフルにする、豊かにする」ということが、直接的にできる場所なんじゃないかと思ったんです。それが僕の中で火がついたというか、本当にここで大きい事業をしたいなと思った理由ですね。
― 「ゆいかじ交通」という社名も、かりゆし風の制服も、ブルーの車両も、newmoの名前を前面に出していません。地域ブランドとして根付いていく意図があったのでしょうか。
立ち上げのタイミングで月2回ほど沖縄に来て、いろんな方の話を聞く中で、「内地(本土)からnewmoが来た」というのが、あまりピンとこないなと思ったんです。これは非常に感覚的な話なんですが、沖縄に受け入れられる社名の方がいいんじゃないかと。ちょうどオリオンビールさんが上場した頃で、県内の企業であることに対して、県内の皆さんが応援する気持ちというのを感じていました。どこまで行っても、僕らが本当の意味で「県内の会社」にはならないとは思っています。それでも、内地からオラっと来たんじゃないよ、僕らは寄り添いたいと思っているよ、ということは示したかった。
社名はデザイナーとずっとブレストしました。「うみかじテラス*」ってすごくいい名前だよな、でも「うみかじ交通」はやりすぎだよな、とか。「かじ(風)」という言葉が気になっていて、ブレストの中で「ゆいかじ」が出てきた時に、いいかも、となりました。沖縄の言葉で連帯を表す「結(ゆい)」との組み合わせです。1〜2週間で、メンバーの中に完全にしっくりきましたね。
― 社名は感覚的に決まったんですね。では、狙って設計した部分はどこですか。
社名以外のブランドづくりは、もっと明確に決めてやっていました。いろんな方のお話を聞く中で、僕らが一番乗り越えなきゃいけないのは、競合でもなければ、お客様に乗っていただくことでもなくて、タクシーで働くという仕事の価値が、まだ十分に伝わっていないことだと思ったんです。そこを変えるのが一番大事だと。本当は働き方次第でしっかり稼げて、誇りも持てる仕事なのに、世の中には古い固定観念が残っていて、特に若い人にとって、働く場所の選択肢として思い浮かびにくくなっている。
東京は日本交通さんの影響が大きくて、かっこいいジャパンタクシーとカチッとした制服で、だいぶ印象が変わったと思うんですが、地方はまだまだそうじゃない。僕らが目指すのは、沖縄のタクシーカルチャー、タクシーを取り巻く環境を丸ごとアップデートしていくことなので、わかりやすくブランドを作り、そこに投資することが、結果的に一番費用対効果が高いだろうと考えました。
制服はサンプルを取り寄せながらデザイナーにオリジナルで作ってもらって、2〜3ヶ月かけています。空港に着くと、思い思いの格好をした出迎えの方々がいるじゃないですか。ああいう感じではなくて、でもスーツも違うよなと。
車両の青にも理屈があります。地域によっては、法人のお仕事のために黒塗りでなければいけないといった事情があるんですが、沖縄のホテルは皆さんリゾートで来ているのに、青いタクシーがダメなわけがないよなと思って。それに、お客様にとって「綺麗で清潔なタクシー」というのは、それだけで選ぶ理由になる。その認知をしっかり取れれば、はっきり差別化できると考えたんです。大手各社の色を見たら、青がなかった。しかもシエンタのベースカラーの一つなので、塗装もしなくていい。だから日本中から状態のいい青のシエンタを集めているんですよ。白いストライプを付けているだけです。そして、この車両の色から逆算してコーポレートカラーを作っています。代表をやりながら、ブランド責任者として全部作り上げていく。これは非常に楽しい仕事でしたね。
「稼ぐ技術」の民主化。配車アプリが変えたゲームのルール

― 結果として、業界平均64.3歳に対して入社者平均38.5歳。9割以上が未経験というのは、業界の常識からすると異例です。手応えはいかがですか。
想定していた以上に、ちゃんと効果が出たなという印象を持っています。会社に感じていただきたい印象を伝えるチャンネルの一つとして、このカラーやデザインがあるわけですが、それが比較的正しかったのが一つ。もう一つはマーケティングの側面で、うちは基本オンラインで採用を訴求しているので、チャネルとブランドの掛け算がはまって、たくさん若い方に来ていただけた。沖縄は採用市場での激しい取り合いがそこまでなくて、我々が目立てたのも大きいと思います。それまでタクシー業界に興味があったわけでもない方が、うちの発信を見て、ちょっと応募してみようかなと来てくれるんです。
― 二種免許の取得費用を、島外での合宿手配まで含めて全額会社負担にされています。未経験者を主対象にするなら支援も必要だ、という設計は最初からですか。
ここはゆいかじに限らず、グループで一貫しています。二種免許の養成費用は会社が出す。ただ、うちが大々的に始めた話ではなくて、いま伸びているタクシー会社さんは、まわりから引っ張ってくるより、新人の採用と育成がうまくいっている会社なんです。僕らはそのやり方を教わったまでで。
それを紐解くと、タクシードライバーの働き方、稼ぎ方が、この10年ほどで大きく変わってきているんです。配車アプリの影響ですね。非都市部でない限り、売上の5割強がアプリ経由という地域がすごく多くなっている。今までは職人技で、駅と病院を行ったり来たりしていればとりあえず20万円は稼げる、という世界だったと思うんです。それがアプリの普及で変わった。飲み屋通りでひたすら客待ちするだけでなく、店と店の間のエリアを人が動き出す少し前の時間に回遊しているとアプリが鳴ったりする。お客様は街に分散していますから、客待ちでは取れなかった需要が拾えるようになっているんです。
もちろん、この人は手を上げそうだなと察知して寄せていくとか、安全運転という点では、長年の経験は大きい。でもアプリを使いこなすという点では、過去の経験よりも、早く学ぶ力の方が大事だと思うんですよね。新人を採って育てるという僕らの方針と、この構造変化はすごく相性がいいんです。
― 同席されている広報の方に伺うと、先月の夜勤売上トップは入社3ヶ月ほどの方で、自分の戦略をAIでスライドにまとめて共有されているとか。帰着後に教え合う様子も含めて、世間の固定観念とは、ずいぶん違う光景です。
そうなんですよ、すごく楽しそうなんです。ちょっとゲームっぽいというか。この広大なフィールドで、武器を使いこなす。人によって売上は全然違うので、工夫の余地が大きくて、それがノウハウ化できる。皆さん一服しながら情報交換したりはするんですけど、自分の戦略を資料にまとめて共有するような取り組みは、僕はいままで聞いたことがないですね。ちなみにあの方の数字は、大手の会社さんでもちゃんと稼げている水準だと思います。
会社としても、運行データを基にAIがウィークリーで通知書のようなものを作って、「ここをもう少しこういう走り方をすると稼げますよ」ということをフィードバックしています。これができている会社は、他にはないと思います。
― データが個人の勘を補っていく。運行データの活用は、労務の面でも意味がありそうです。
うちはSDカードを差し込めば運行データがそのまま出力されて、労働時間が全部自動でカウントされます。当たり前に聞こえるかもしれませんが、この業界、いまだに手で書いている会社の方が多いくらいで、労働基準法をしっかり守っている会社は残念ながらすごく少ない。ちゃんと守ると、稼げていない人には最低賃金との差額を会社が補填することになるし、すごく稼げる人には、安全のために法律で決められた上限以上は走らせられない。稼いでくれているから目をつぶる、ということが横行しがちな構造なんです。
でも僕らは、どうやったら全員が最低賃金を超えて稼げるか、走りすぎなくても満足のいく給料になるよう効率を上げられるか、というところに乗務員と一緒に取り組みたい。ルールに沿った上で稼ぐことを大事に考えています。
ゼロから決められることは、資産である

― ここまでの打ち手は、既存のタクシー会社ではなかなか実行できない気がします。newmoグループは大阪では既存会社のM&Aで拡大してきましたが、沖縄はゼロからの新設です。この違いは大きいですか。
両方やってみての感想ですが、全然違いますね。M&Aは、すでにできあがっているので、day1から事業が動いている状態というのが大きな魅力です。それに、当初の僕らはタクシー業界の素人の集まりだったので、未来都さんをM&Aし、グループインしていただいたことで、タクシーってこうやって経営するんだな、と本当に学ばせていただいた。あのノウハウは大きなメリットでした。
一方、ゼロからだと、あらゆることを自分たちで決めなきゃいけない。たとえばうちの営業所は月極駐車場をまとめて借りているので、そこでは洗車ができないんですよ。だからシフトを組んで洗車場に通っているんですが、これも週2でいいのか、手洗いの場合と同じように週5が必要なのかとか、前例がない。台風が来たら翌日に全車を洗わないといけない、その時どう回すのか。こういうことを全部ゼロから決めるのは大変で、メンバーにも相当な負荷がかかっていると思います。
でも反面、特にルールがないので、何でも自由に決められるんです。「タクシー会社といえばこうだよね」「前のルールはこうだったから」が、ない。インターネットやAIの力を使って最適な業務フローを考えた時に「これだよね」というものを、最初から定めることができる。既存の組織だと、業界の常識と違うやり方を受け入れていただく、アンラーニングしていただくのが結構大変なんです。うちはゼロからの会社で、しかも乗務員の9割以上が未経験なので、そもそも「タクシー業界ってこうだよね」を知っている人がいない。逆に、すごくやりやすいところですね。僕個人もずっとスタートアップ畑にいるので、ゼロイチの方があっています。
― とはいえIT出身の松本さんにとって、車両という現物への投資と、人の命を預かる事業は、勝手が違うのではないですか。
全く違いますね。ITなら、この機能を作ってみてダメだったら戻せばいい。でも車は買ったらずっとある。何より、お客様を乗せて走っている安全に対する責任は、ネットのコンシューマーサービスやゲームを作っている時とは全く違う責任感です。
近い感覚があるとすれば、newmo代表の青柳と一緒にメルペイを立ち上げた時です。金融は、シビアな個人情報を預かり、与信をさせていただく。漏れたらお客様に大変な影響が出るし、監査でNGが出れば事業がいきなり全部止まるかもしれない。その世界で、スタートアップ的なスピード感とリスクテイクのバランスをどう取るか。あの時の感覚に近くて、そこから安全という意味でさらに一段、二段上がっている。非常に複雑なパズルです。
でも、この難しいチャレンジをする人自体が少ないんですよ。タクシーは2兆円ほどある市場なのに、タクシー事業そのものに取り組むザ・スタートアップと言えるのは我々くらいしかいない。難しいけれど、ちゃんと解ければ面白い。スタートアップ業界が成熟してインターネットが普及したがゆえに、カジュアルに解ける問いはもうなくなってきていると思うんです。本当に大きい課題は、往々にして、インターネット技術だけではなく、リアルなアセットやたくさんの人が関わるから、なかなか変わらなかったもの。スタートアップが向き合わなきゃいけない問題自体が、変わってきているんだと思います。
― ゼロから決められることが、そのまま「働く体験」の設計自由度になっている構造が、よく見えてきました。一方で気になるのは、こうして投資した免許やノウハウは、個人に帰属する「持ち運べる資本」でもあるということです。後編では、その問いから伺います。
(後編に続く)
編集後記
取材を終えて印象に残ったのは、「求人力」という言葉の解像度だった。給与や待遇の数字を積む前に、働くことへの固定観念という最大の壁を特定し、社名、制服、車両の色、労務のホワイトさ、AIのフィードバックまでを一貫した「働く体験」として設計する。その引力が、平均年齢64.3歳の業界に38.5歳の会社を実現させた。後編では、この投資が個人に帰属することを承知の上で「囲わない」と言い切る松本氏の人材哲学と、タクシーの先にある沖縄の移動の未来を聞く。
*瀬長島ウミカジテラス。那覇空港近くの瀬長島(豊見城市)にある商業施設・観光地。









