X(旧Twitter)での連載から始まった『ちいかわ』は、いまや街中では見かけない日がないほどの一大コンテンツとなりました。
人気の理由は当然その可愛らしい絵柄……だけではなく、どこか哲学的な世界観やストーリー展開。今年7月に公開された映画も例に漏れず、YouTubeには「あの作品はフランス革命の寓話である」「国際政治との類似性がみてとれる」など、およそ作品名から想像もつかないタイトルの動画がいくつも挙げられています。
では「人的資本」からこの作品を読み解くとどうなるのか。驚くべきことに、なんと『ちいかわ』は、企業組織が見落としがちな評価制度の盲点をつまびらかにする作品として読むことができるのです。
【ご注意ください】本記事には、漫画『ちいかわ』原作および『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』に関する重大なネタバレが含まれています。
『ちいかわ なんか小さくてかわいいやつ』

正式名称は『ちいかわ なんか小さくてかわいいやつ』。イラストレーターのナガノ氏がX(旧Twitter)上で連載しているWeb漫画であり、朝の情報番組内でのアニメ放送や、街のいたるところで見かけるコラボグッズなど、今や目にしない日はないほどの国民的コンテンツです。
7月24日に公開された『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』は公開から52日で動員約1,000万人、興行収入約146億円。シリーズ累計部数(電子版含む)は500万部超。作者のXフォロワー数はまもなく180万人に到達します。
白くて丸いフォルムに、潤んだ瞳。「ああ、子どもや女性にウケている癒やし系のマスコットキャラクターね」と、もし経営者や人事担当者であるあなたが思っているとしたら、それは非常にもったいない誤解です。
本作は読み方によっては、上質なプロレタリア文学、あるいは極めてハイコンテクストな風刺文学、ともすれば生々しい実存主義文学としても読むことができる、極上の文学作品であり、同時にビジネスパーソンにとっても様々な示唆に富む作品でもあるからです。
『ちいかわ』と評価のスコープ

現代の企業経営において、最大の経営課題の一つが慢性的な人材不足です。「優秀な人材からの応募がない」「会社の現状を変えられる人材が社内にいない」と、どの企業の人事担当者も頭を抱えています。
しかし、本当にそうでしょうか?
私たちが設定している「優秀さ」の物差し――たとえば、営業成績や昨対比、コミュニケーション能力やプレゼン力、資格の数といった画一的な基準、あるいは「こういうタイプは仕事がデキる」といった経験則が、実は現場を救う能力を持った人材を、知らずのうちに「無能」として切り捨ててしまってはいないでしょうか。
『ちいかわ』はこうした評価のスコープから漏れがちな盲点にスポットライトを当てた作品として読むことができます。少し立派な言い方をすれば、「構造的弱者のスキル発掘」を描いた作品なのです。
「構造的弱者」としてのちいかわ

白くて丸いフォルム、潤んだ瞳にさくら色のほっぺた。本作の主人公「ちいかわ」は“可愛い”を絵にしたようなキャラクターですが、彼が暮らす世界は、決して牧歌的なユートピアではありません。というのも、この世界のキャラクターたちは、生計を立てるために日々「労働」に従事しているのです。
労働内容は極めて過酷。敷地内の雑草を取り除く「草むしり」や、生活圏を脅かす危険な怪異を退治する「討伐」など、肉体労働や命がけの危険業務が中心です。労働を終えると管理組織(鎧さん)からその日の報酬を手渡され、その日銭で質素な生活を送るという、極めて生々しい日雇い労働社会が築かれています。
このシビアな世界において、主人公のちいかわは、あらゆる面で「構造的弱者*」として描かれています。
※…個人の能力や努力の不足ではなく、社会の制度、法律、経済的な仕組み、あるいは歴史的な文化背景(=構造)によって、不利益や差別を被りやすい立場に置かれた人々のこと
それらの描写に基づけば、もしちいかわが現代企業の採用選考にエントリーしてきたら、面接での受け答えも成立せず、適性検査やペーパーテストは落第点。奇跡的に入社できたとしても、業務の処理の遅さから「人事はどうして採用したのか?」と現場から不満が上がってくることは必至です。
しかしそんな「最弱」であるはずのちいかわは、最弱であるからこそ、自分が生き延びるだけでなく、ハチワレやうさぎを救うこともできるのです。
ちいかわの最大の強みは「弱さ」

ちいかわには、2つの突出した「現場スキル」を備えています。ただし、これは定型的な評価制度では測定するのが難しい、「弱さ」に根差した能力なのです。
【ご注意ください】本記事には、漫画『ちいかわ』原作および『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』に関する重大なネタバレが含まれています。
臆病だからこそ研ぎ澄まされる「異常察知力」
ちいかわは、誰よりも怖がりであるため、その場のちょっとした違和感やリスクの兆候を察知するセンサーが周囲に比べて発達しています。
ちいかわの異常察知力を象徴するエピソードは、街全体が同じ日付をループし続ける超常現象に見舞われた「黒い流れ星編」です。
周囲の誰もが時間の歪みに気づかず日常を送る中、最も早く「昨日と同じことが起きている」という異変に気づき、自宅の置き時計に寄生した怪異(「黒い流れ星」)が原因であることを突き止めたのは、ちいかわでした。
臆病だからこそ、現場のノイズや違和感を全身でキャッチする。この卓越した「リスク感知力」は、異常事態でこそ価値を持つ能力であるがゆえに、資格試験のような定型的な評価制度では可視化されない才能です。
武器がないからこそ生まれる「現場適応力」
もうひとつの強みが顕著に現れたのは、廃旅館に潜む怪異によって仲間たちが瞬く間に石化され、ちいかわが完全な孤立無援となった「拾魔編」。
武器を持たないちいかわは、迫り来る敵を前に逃げ惑いながらも、部屋の隅にあった「姿見(鏡)」の裏に隠れるという機転を利かせます。敵が放った石化光線を鏡に反射させ、敵自身を自滅させて窮地を脱したのです。
「自分の戦闘能力ではどうにもならない」という前提に立つからこそ、現場にあるありあわせの備品を瞬時に「武器」へと再定義する。経営学でいう「ブリコラージュ(手元にあるものを組み合わせて新しい価値を作る力)」を、恐怖の中で体現してみせた瞬間でした。
この自前の資源(リソース)に頼らず、その場にある環境を即座に味方につける適応力もまた、状況が逼迫しなければ発揮されないため、平時は評価されない能力と言えます。
映画『人魚の島のひみつ』が描く、もうひとつの「強み」
異常察知力と現場適応力に加えてもう一つ、ちいかわには現場スキルとは異なる強みがあるということが、原作「セイレーン編」および映画『人魚の島のひみつ』では描かれています。
それはともすれば「優柔不断」「決断力不足」と言われかねないスキル。「すぐ答えを出す組織」が失っているネガティブ・ケイパビリティでも触れた、「事実や理由をせっかちに追い求めず、不確実さや不思議さ、疑いの中にいられる能力(ネガティブ・ケイパビリティ)」です。
本編のストーリーは大きく以下の流れで進行していきます。
島への到着:「特別な島へご招待」というチラシをきっかけに、ちいかわ・ハチワレ・うさぎ達が島を訪れ、美味しい食事や温かい島民からの歓待を受けます。
セイレーンとの遭遇:ちいかわたちはその日の夜、言葉を話す巨大な海棲生物「セイレーン」と出会います。セイレーンは「仲間(人魚)を島民に食べられた」という報復のために島民を襲っている、と話します。翌朝、ちいかわたちは島民の依頼でセイレーン討伐に駆り出されることになります。
事件の真相:人魚を食べたのは島民であるヒトハとフタバでした。かつてセイレーンによる海難事故で瀕死となったフタバにヒトハが人魚の肉を食べさせ、二人は死なない体になりました。しかしこの真相を知っているのは読者(観客)と“あともう一人だけ”です。
決着とその後:セイレーンとの激しい戦いや騒動の末、最後は一応の解決を迎え、島民たちと盛大な宴が開かれます。しかしその後、ヒトハとフタバはセイレーンの敵意を逃れて別の島へ移りました。
つまりこの物語は次のような、単純な善悪の二項対立では割り切れない対立構造を描いているのです。

セイレーン:自分の仲間である人魚を島民に殺され、食べられた。犯人を見つけて復讐するために島民を手当たり次第に襲っている。
ヒトハとフタバ:セイレーンによる海難事故(セイレーンに自覚はない)から友人を救うために、人魚を殺害せざるを得なかった*。生き延びるため、島民たちが襲われていても黙ってみていることしかできなかった。
他の島民たち:うまく関係を築けていたはずのセイレーンが島民を襲うようになった。自分たちの身を守るため、セイレーンを討伐せざるを得なかった。
物語のキーとなっているのは、言うまでもなくヒトハとフタバが隠し続けた事件の真相です。このキーは、ともすれば物語を全く違う結末に向かせられたはずです。
にもかかわらず、真実を知った“あともう一人”ーーちいかわは逡巡した結果、島民にはもちろんハチワレやうさぎにも言わずに、元の生活へと戻っていくのです。
正義感を振りかざして犯人を告発することは簡単です。しかし上図に整理したように、誰が正しく、誰が間違っているという単純な状況ではありません。それでも、本当にその選択を両手をあげて「正解!」と言い切れるでしょうか。
ちいかわは考えに考えて、全てを自分の胸の内に閉じ込めて、「今は答えを出さないでいる」という道を選んだのです。まさにネガティブ・ケイパビリティです。
ビジネスの現場においても、正論をぶつけるだけでは解決できない複雑な利害関係や、矛盾に満ちた現実は存在します。しかしその中で結論を出さず、割り切れない重荷を背負ったまま問題と向き合い続けることは、簡単ではありません。
映画『ちいかわ』は、この不確実な時代にこそ求められる「矛盾を抱え込むタフさ」の意味を考えるための、ぴったりの教材と言えるでしょう。
まとめ:御社は“ちいかわ”を採用できますか?
先行きが読めない不確実な現代においては、いつ、どのようなスキルが思わぬ価値を発揮するか誰にも分かりません。
今までの評価のスコープでは測れない能力ーーちいかわで言えば「現場の違和感に気づく観察眼」や「ありあわせのリソースを武器に変える適応力」、あるいは「矛盾を抱え込むタフさ」ーーが、組織を大きく前進させるカギになる可能性は十分あります。
人材不足の原因の一つは、前例主義の固定的なスコープでしか人材を評価できていないことにあります。そんな当たり前のようで、つい見落とされがちな盲点を、漫画『ちいかわ』や『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』は静かに、そして何より可愛らしく、教えてくれます。
「マスコットキャラクターの日常系作品」として侮るなかれ。ぜひ一度ご覧になることをおすすめします。










