言語化ブームの落とし穴――「すぐ答えを出す組織」が失っているネガティブ・ケイパビリティ

言語化がうまい人間が評価され、言葉に詰まる人間が弾き出される。そんな光景は、今や多くの組織で珍しくありません。しかし、言葉にする速さと、考える深さは、本当に比例するものでしょうか。「言語化至上主義」が削ぎ落としているものを、ネガティブ・ケイパビリティという概念から問い直します。

「結局、何が言いたいの?」 「もっと短く、結論から話してくれないかな」

会議の席で、あるいは1on1の中で、こうした言葉を部下に投げかけた経験はないでしょうか。

現代のビジネスシーンにおいて、「言語化能力」はいつしか最強の評価軸のひとつになっています。複雑な状況を論理的に整理し、淀みなくプレゼンテーションできる人。SNSで社会現象をワンフレーズに切り出す人。彼らは「地頭が良い」と称賛され、意思決定の主導権を握っていきます。

一方で、言葉に詰まる人、違和感を抱えたまま「うーん……」と沈黙する人は、「思考が浅い」「整理ができていない」と見なされ、評価の外へ弾き出されていく。それが今のビジネス社会の暗黙の物差しではないでしょうか。

ですが、本当にそうでしょうか。私たちは、言葉の「滑らかさ」と、思考の「深さ」を、致命的に混同してはいるのかもしれません。

言語化とは「何かを捨てるプロセス」である

言語化とは、バラバラな情報の断片に輪郭を与える作業だといえます。問題に名前をつけることで、はじめてそれを共有し、チームで動くことができます。マネジメントにおいて言語化が不可欠なことは、言うまでもありません。

ただし、忘れてはならない事実があります。「言葉にする=何かを捨てる」という側面です。

特定の言葉という枠組みに情報を収めた瞬間、その枠からはみ出た微細なニュアンスや、言葉になる前の違和感は、ノイズとして切り捨てられます。

あるマネージャーが、優秀な部下の突然の退職申し出に直面したとします。理由を問うと、「やりたい仕事とのミスマッチです」と返ってきました。マネージャーはその言葉を額面通りに受け取り、「次のプロジェクトでは希望を考慮する」と説得しましたが、決意は揺らぎませんでした。

後に明らかになったのは、部下が本当に抱えていたのは業務内容への不満ではなかった、ということです。組織全体に漂う「互いを消耗し合う空気」や、上司がふとした瞬間に見せる「他者への無関心」。そうした抽象的で、言葉にしにくい不信感の積み重ねでした。

しかし面談という「言語化を強いられる場」において、部下はそれらのモヤモヤを「ミスマッチ」という既成の言葉に押し込むしかなかった。本当の退職理由はマネジャーに届く前に消え、組織が改善する機会もそこで失われました。

「答えを急がない知性」――ネガティブ・ケイパビリティ

言語化の限界を認め、言葉の外側にある複雑な現実をそのまま受け止める。そのために必要な知性を、「ネガティブ・ケイパビリティ」と呼びます。

19世紀の英国の詩人ジョン・キーツが提唱したこの概念は、「事実や理由をせっかちに追い求めず、不確実さや不思議さ、疑いの中にいられる能力」を指します。

that is when man is capable of being in uncertainties, Mysteries, doubts, without any irritable reaching after fact & reason—(すなわち人が、事実や理由を性急に追い求めることなく、不確かさや神秘、疑念のただ中に留まることができるとき)

現代のビジネスで求められる、問題を即座に解決し言語化する能力が「問題を解く力」だとするなら、これは「問題の渦中に留まる力」と言い換えることができます。

重要なのは、これが「思考の停止」ではないという点です。安易に言葉にして問題が片付いたことにするのではなく、真の正解に辿り着くために考え続けるという、しぶとく、骨の折れる知性です。部下の沈黙や、プロジェクトの停滞という「不透明な時間」を、失敗として切り捨てるのではなく、「新しい意味が立ち上がってくるまでの熟成期間」として保留する。そのような姿勢を指します。

倫理的な直感を消し去ったマニュアル――DeNA「WELQ問題」

言語化を急いだことで、組織に取り返しのつかない傷を刻んだ事例があります。2016年に発覚した、DeNAが運営する医療情報サイト「WELQ」の問題です。

この不祥事の根底には、記事制作の徹底的な「仕組み化」がありました。検索上位を狙う構成や、他サイトの情報をリライトする手法が、事細かにマニュアルとして言語化されていたのです。

結果として現場から、「この記事の内容は本当に正しいのか?」という言葉になる前の倫理的な直感が消えました。マニュアル通りに動くことが正義とされた組織では、「何かがおかしい」という曖昧な感覚は、非効率なノイズとして処理されたのです。

効率のための言語化が、人間が本来もつ「立ち止まって考える」機能を麻痺させた。拙速な言語化が現場の思考を代替してしまったとき、何が起きうるかを示す事例です。

DeNA「WELQ問題」とは 2016年、DeNAが運営していた医療情報サイト「WELQ」において、不正確な記事や他サイトからの無断転載が大量に発覚した問題。専門知識のないライターが、SEOのみを目的として記事を量産していたことが判明し、全キュレーションサイトの休止に追い込まれた。

部下の沈黙を、ともに耐える

これからの時代、マネージャーに求められるのは、部下を「早く、うまく喋らせること」ではありません。部下の問いに「即レス」することでもない。それはもう、AIの土俵です。

部下の沈黙を受け入れ、「今はまだ言葉にならなくていい」と、その不透明な時間をともに耐えること。それが、人間のマネージャーにしかできないことではないでしょうか。

明日、目の前の部下が言い淀んだとき。それは彼が「考えていない」のではなく、言葉にするにはあまりに豊かな何かに触れているからかもしれません。

「分からない」の中に踏みとどまる力を持つこと。それが、記号としての「人材管理」ではなく、重みのある人と人との対話を取り戻す、最初の一歩だと思います。

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執筆者
HUMAN CAPITAL + 編集部

「HUMAN CAPITAL +」の編集部です。 社会変化を見据えた経営・人材戦略へのヒントから、明日から実践できる人事向けノウハウまで、<これからの人的資本>の活用により、企業を成長に導く情報をお届けします。