「生きる」を経営の軸に据えた会社が、社会を変えていく— 株式会社エムティーアイ 日根麻綾氏インタビュー

2026年8月に創業30周年を迎えるにあたり、株式会社エムティーアイは経営理念を刷新した。

掲げた新パーパスは「生きるを変えていく」。ヘルスケアでも女性支援でもなく、「生きる」という根源に言葉を置いた背景には、多様化した事業を束ねる哲学の再発見と、25年にわたってフェムテック領域を切り開いてきた歴史がある。

理念刷新プロジェクトを主導した執行役員・日根麻綾氏に、その軌跡と健康経営の実践知を聞いた。

日根麻綾氏プロフィール

株式会社エムティーアイ コーポレートサポート本部本部長 / 常務執行役員

2006年に株式会社エムティーアイ入社。子会社の広告代理店でプロモーションやマーケティング、新規事業立ち上げを経験後、2012年より『ルナルナ』事業部長として認知拡大とユーザー価値向上を推進。

医療機関・行政連携やデータ活用、教育プロジェクト「FEMCATION」の立ち上げにも従事。

2023年よりコーポレート・サポート本部長として組織運営や経営基盤強化に加え、経営理念刷新も主導。

社員の健康・多様性に配慮した働きやすい環境づくりを推進している。

バラバラな事業体を束ねる「旗印」を求めて パーパス、ミッション、バリュー刷新に動いた理由

— 御社のパーパス「生きるを変えていく」について。「健康」や「女性」という言葉が真ん中に来てもいいところを、あえて「生きる」という根源的な表現を選ばれた背景からお聞きできますか。

理念を刷新しようという動きが始まったのは2024年の秋ごろでした。背景から少し遡ると、当時は「ルナルナの会社」「ヘルスケアの会社」と言っていただくことが多かったです。しかし、実際にはそれ以外の事業も非常に多く、BtoBからBtoC、BtoGに至るまで、いろいろなビジネスモデルの事業を手がけています。当然そこに関わる人材も非常に多様で多彩なんですね。

2017年に掲げたビジョンから、事業は大きく変化し、全員で同じ方向を目指すための見直しが必要となっていました。

もともとモバイルコンテンツというBtoCが主軸だったたこともあり、一つの方向性をみんなで見ることができていましたが、この何年かで事業は多様に広がっていきました。社内で、「エムティーアイは何の会社か?」というアンケートを取ってもみんなバラバラな認識であるという状況がありました。

— 社員自身の捉え方が、それぞれ違っていた。

「ヘルスケアの会社です」という人もいれば、「モバイルコンテンツをずっとやってきた会社です」という人も、「スマホコンテンツの広告ネットワークの強い会社」という人もいる。これから会社がグッと成長していきたいという中で、組織として一体感を持つためには、共通の認識が必要だという課題があり、ビジョン刷新を決意し1年がかりで作成しました。

— 理念を作る時に「多様な事業、多彩な人材」という表現もされていますね。

「多彩」の「彩」は才能の「才」じゃなくて「彩り」。本当にいろんなスキル、いろんな考えを持った人たちが集まっている会社かなという意味で、10年前と比べると人材の幅は広がったなと思っていますね。

創業の哲学から掘り起こした「生きる」という普遍の軸

画像引用: 株式会社エムティーアイ コーポレートサイト

— 「生きる」という言葉は、どのように生まれてきたのでしょうか。

パーパスは会社の存在意義そのものなので、本来後付けするものじゃないと思うんですよね。ただ、我々の会社はパーパスというものを設定していなかったので、これからこうなりたいからというよりは、当社は今年30周年を迎えるんですが、エムティーアイという会社が30年前どういう思いで創業し、何を強みに、どういう哲学や文化を持ちながら来たんだっけ?と遡って考えていきました。今の代表が創業者でもあるので、創業の頃の話を深堀して聞いていきました。

バラバラな事業や想いを一つの言葉でまとめないとならず、その時点でもう「ヘルスケア」とか「健康」とか「女性」というワードではなくて、もっと広い意味でみんなのよりどころになるものを探していきました。

— 創業の話を遡る中で、見えてきたものがあったということですか。

エムティーアイは、バラバラで多様な事業をやっているようで、実は人の一番根源的なところに根ざしている課題を事業のテーマにしていっていることに気づきました。ヘルスケアは生きるうえで欠かせない領域であり、「生きる」というテーマの中核にありますが、music.jpやコミック事業などのエンタメも、笑うこととか楽しむことは、人間が人間であるための欠かせない価値です。どのような事業も人間社会のコアにあるものを追いかけており、創業から言語化されてこなかったけれども、ずっと追い求めているテーマである、ということが出てきました。

そういう議論をしていく中で、外部からコンサルティングで入っていただいた方から「すごく生々しくて躍動感がある会社だ」と言っていただいて。私たちは人の「生きること」をテーマに事業をやってきただけでなく、自分たち自身もすごく「生きている」会社なんだ、と気付きました。

「生きる」というキーワードが、社外に対しても社内に対しても、しっくりくるキーワードとして出てきました。じゃあ何をする会社なのだというと、やはり人の「生きる」を変えていく。それは私たち社員の「生きる」も変わっていくし、社会を変えていくことでもあり、一人一人の生活者の生活を変えることの一つのきっかけにもなっていく。そういう広い意味を持って「生きるを変えていく」というパーパスになりました。

カテゴリーで説明がしきれない点が一番の難しさではありましたが、完成後、社員にもお披露目し、コミュニケーションをとってみても、否定的な意見はなくエムティーアイらしいパーパスになったと感じています。今後も簡単には変わらない旗印として、長く使える言葉にできたと思っています。

理念は経営戦略のスタート地点だと、トップが腹落ちするまで

— 日根さんがこのプロジェクトを主導することになった背景はどこにあったのでしょうか。

理念の刷新について言えば、 言い出しっぺだからですかね(笑)。

2年半前まで、私はルナルナの事業統括を担っていたんですけど、突然コーポレートに異動になりました。

最初から「理念を刷新しろ」というお題目が降りてきたとか、そういう話では全然ないです。「コアがしっかりと定義しきれていなかった」というところから、コアを考えたい、というのが自分の主業務としての兼ね合いで出てきました。

一方で、ずっと事業部門にいて、コーポレートに来て初めて会社全般を見た時に、どうしても事業が違うので縦割りになりがちで、BtoB事業の社員からするとBtoC事業のことが全然わからないです。得意領域が違うから人材のローテーションも起こりにくくて、そうするとどんどん細分化された事業体の集まりみたいに、会社がなってしまう可能性がありました。

一方で、長く在籍する中で会社の文化の良さをたくさん体感してきたので、それらをエムティーアイのカルチャーとして言語化して残していきたいという思いもあったんです。何れ向き合うテーマであると認識してたこともあり、「やろう!」と立ち上がりました。

— 経営陣の巻き込みという点では、スムーズにいきましたか。

代表は言葉を作ること自体に価値を置くタイプではないんですね。理念とは掲げるものではなく、会社の中から自然と湧き出てくるものだという考え方を持っているように感じました。その中でも、2つよかった点がありました。

一つは、月に一回いろんなテーマを持っていき、取締役、社外取締役、顧問と一緒に議論する会議があります。そこに何回か人事の議題も持っていき、方向性が定まらないという課題は共通認識となっていました。そのため、「コアになる理念を決めようと思うんです」ということに対して、社外取締役や顧問の方たちは応援してくださいました。

もう一つは、2025年から新たに就任した取締役が、強い課題意識をもって、プロジェクトオーナーとして引っ張ってくれました。専門のコンサルタントも連れてきてくださり、議論を前向きに進める土台ができたんです。

前回のビジョン策定では、ボトムアップで作り経営層にはあまり浸透しなかったという反省点があります。経営理念は、経営戦略・経営方針のスタート地点なので、トップがしっかり腹落ちしていないと浸透していかないという課題感を当初から持っていました。そのため、一番初めにトップを巻き込めたことはプロジェクトとして非常に良かった点でした。

— 実際に変わってみて、今見えている風景はどんなものがありますか。

初めて見る光景なんですが、取締役陣がパーパスを日々口にし、意思決定の場において共通の問いとして活用してくれています。

比較的経営層から浸透が進み、「生きるを変えていく事業になっているのか」、「この仕組みは正しいのか」といった問いを経営の場面で言葉にしてくれるようになりました。また、執行役員と取締役を対象に2月に初めて経営合宿を実施し、そこでも理念を中心に議論を深めることができるなど、今のところはかなりいい滑り出しかなと思っています。

代表も会議の中で「理念を刷新したけど、それって社員向けのスローガンじゃ意味ない。全てを理念に紐付けて、社外の発信も全部整合性を持たせていくことに意味があるから、経営戦略のスタートなんだ。」と述べていました。すごく当たり前のことかもしれませんが、今までそのように語られることはなかったので、経営者含めて、皆さん腹落ちしてくれていると感じています。

— 理念の浸透という課題に対しては、ミドル層の自分事化というのが、一番難しいんじゃないかと思うんですが。

本部長クラスや執行役員が斜に構えてしまうと、現場の一人ひとりのスタッフがやる気になってエバンジェリストになってくれていても、受け止められにくくなってしまいます。そうならないように特に気をつけているポイントではありますね。

今期は評価体系や採用基準を少し見直して、行動指針を基準に入れていくところも進めています。経営層と現場から両方で浸透させていくことを推進しています。

25年かけてルナルナが社会に問い続けてきたこと

画像引用: ルナルナ公式サイト

— ルナルナは2000年の誕生から25年以上にわたって、ある種タブー視されていた領域を切り開いてこられた。どの部分を信じて、ここまで進めてこられたのでしょうか。

「これをやればうまくいく」と信じていたものが特にあるわけではないので、すごく難しい問いかもしれません。

ルナルナの運営をする中で一つ真ん中にあったのは、表向きは「月経」ですが、背景には、女性特有のリズムやホルモンによる揺らぎです。これは女性の月経人生40年ぐらい、ずっと寄り添っているものなんでが、この女性特有のリズムは女性の心身に影響が出るため、悪いことばかり言われますが、良い面も悪い面も両方あると思うんですよね。

人によっては本当に40年このリズムに振り回されると言っても過言ではないくらい辛い思いをする人もいれば、逆に出産という、その人にとってかけがえのない経験を幸せと捉える人もいるし、人それぞれで、必ずしも悪い面ばかりでもないと思っています。そういうものを私たちはずっとルナルナというサービスを通じて取り扱っていると思っているんですね。

現在、600万を超える月間アクティブユーザーがいて、累計2,300万(※2026年4月時点)を超える人にダウンロードしてもらっているのですが、それぞれに一人ひとり違う悩みがあって、生きたい人生とか叶えたい幸せは多種多様なんです。「ルナルナはこれにコミットするよ」という一つには絞れないけれども、いろんな悩みや叶えたい人生をルナルナが後押しし、生きやすくなったりするといいな、ということをミッションに掲げて事業を展開してきました。

マイナスの状態を0に近づける存在でありたいという思いのもと、サービスを提供してきました。その中心にあるのが女性特有のリズムです。体調やメンタルの揺らぎに加え、妊活中の方だったら妊娠のチャンスも含めて捉え、一人ひとりに寄り添ったサポートを行ってきました。こうした思いを信じ、向き合い続けてきました。

— その中で、大きな転換点があったとすればどこでしょうか。

2019年に経産省が「月経随伴症状による労働損失」を公表し、翌年ぐらいから日本でもフェムテックブームが起こりました。ルナルナが提供できるのは、アプリを通じてユーザー一人ひとりへの個別サポートに限られており、それ以上の広がりを持つことはできていなかった 。ただ、女性の健康に関する注目が集まったことで、女性の個人の問題が「社会の問題」として昇華されるきっかけになったと思っています。

それによって皆さんができることを考え始めてくれた。そこに我々もうまく乗っかっていく機運ができたので、2020年ぐらいからアプリでサポートするだけではなく、女性が生活しているいろんな場所や時間に寄り添うため、関連する企業などと連携して女性を支援する取り組みを増やしていきました。

10年前は「そうなったらいいのにね」と言いながらも「ならないよね」という諦めのような思いもあったのですが、そこから逆転できるような潮流が巻き起こったので、とてもチャンスだと思っています。

— 2026年に「健康経営優良法人」の認定基準にフェムテック導入が盛り込まれたことも、そのような流れの一つかと思います。

15年前だと想像できなかったのですが、2019年、2020年ぐらいから、そういう方向性になるよねと、なんとなく予想はできていました。

マクロ的に見れば働く女性が増えていて、企業としても女性のパフォーマンスへの関心が高まり、社会的にも女性の就業や活躍の重要性が一層増しています。また、若い世代を中心に女性は「もっと自分の生きたいように生きていいんだ」という考えが広まっていく中で、女性であることに起因する特有の課題を解決する方向になるというのは、必然的だと思っています。

健康経営は実態把握から始まる。声なき声をすくい上げるための工夫

— ルナルナ オフィスの導入効果についても聞かせてください。

当社は2020年のトライアルから始めて、実際に導入し活用した人の生産性が上がっているという結果も出ています。

また、他の導入企業でも効果が出ており、例えばパフォーマンススコア(月経や更年期症状に伴う不調がない時に発揮できる仕事の出来を100%とした場合)では、月経に関してはプログラム参加前が53.5%だったところが76.8%に改善しています。更年期に関しても23.2ポイントの改善がありました。さらに、生活影響日数も月経で2日、更年期では約4日の改善という効果も出ています。

このような数値で見える効果だけでなく、女性の健康課題を「会社として応援してくれることが心強い」、「ライフステージごとの課題があっても、チャレンジしていいんだと思える」という声も聞かれます。何か仕事のパフォーマンスを阻害する要因があるなら、会社が支援して取り除き、一人ひとりの活躍とチャレンジを後押しする。そうした会社の姿勢を示す施策でもあり、直接的な効果と間接的な効果の両方があるととらえています。

また、通院時間の確保や、婦人科受診に対する心理的ハードルの高さなどが原因で、不調を抱えていても受診できていない女性は少なくありません。そのような人が、オンライン診療という選択肢によって、受診するきっかけの一つとなっていると感じています。オンライン診療であれば、仕事の休憩時間などでも受けやすく、物理的なハードルが下がったことも、効果につながっていると感じます。

— 今年からエムティーアイ社内での社員向けの支援施策を「選択制」に変えられたとお聞きしました。

本来は月経に悩む女性社員にはルナルナ オフィスを使ってもらっていましたが、今年からルナルナ オフィス、クリニックでの対面診療、ルナルナ おくすり便いずれかを利用して、診療とピルの処方を受けられるように変更しました。女性社員が自身の状況に応じて最適な選択ができる方が良いと考え実行しました。

そして実際に、選択肢を広げたことで今まで利用していなかった女性社員が使い始めるなど変化がありました。女性に限らず、従業員が何か足かせになっていることがあるのであれば、そこに対して支援を入れていくことを会社として実施していきたいと考えています。

— 経営者や人事責任者の方から「健康経営、何から始めればいいか」と聞かれたら、どう答えますか。

正解はひとつではないと思いますが、私は「会社の社員が何に困っていて、どういう健康問題を抱えていて、その影響が具体的に何なのか」という実態把握がまずスタートラインだと思います。

当社も健康増進委員会を発足して、従業員調査の分析やアンケートの結果などから、委員会メンバーの議論を通じて、「今何に取り組むか」というテーマ選定しています。そのなかで「女性特有の不調」がずっと上位に上がってきていました。「何に一番初めに手をつけるべきか」というのは、会社ごとの属性や従業員の構成によって全然違うと思いますので、まず調べて声を聞くところからがスタートだと思います。

月経のプログラムを入れる時も、健康調査で8割ぐらいの女性がPMS(月経前症候群)や月経痛などの症状で課題を感じていることが分かり、実施することとなりました。「ルナルナの会社だからやっているんでしょ」と思われがちなんですが、意外にそこが出発点ではないんです。女性従業員も全体で見ると4割ぐらいで、女性がマジョリティでもないですが、課題としてあがってきたものにきちんと応えようという思いから実現しています。

— 実態把握の際に気をつけるべきことはありますか。

例えば経営層で話してしまうと、経営層の属性の中での視点で偏りが入ってしまうと思います。特にその「声を上げにくい属性がその会社にとって何か」という視点がすごく大事ではないでしょうか。

女性が多いけれども経営幹部に女性がいないとか、平均年齢が若い会社でまだ介護している人がほとんどいないとか、「声を上げにくい属性だけど存在している属性」というのが一番声を拾うべき層ではないかと思います。健康課題のような個人的に感じる問題は、経営幹部であっても、自分が身にしみていること、感じていることは、一般社員と同じ視点だと思うんですよね。個人の問題としてしかとらえられていない。

例えば、待機児童の問題も、以前から声が上がっていたのになかなか解決しなかったのは、当事者が卒業していくからという背景があると思っています。自分自身もそれを感じるので、会社全体で考えるときには「当事者を入れる」「当事者の声を確実に拾って数値化する」ことをしないと、自分もバイアスが入るんだなって思っていますね。当社であれば、健康増進委員会の委員の構成を意識的にばらつかせるであるとか、全社的なアンケートで把握をするとか、そういった工夫があると実態に合った問題が浮き彫りになるんじゃないかなと思います。

フルリモートで福利厚生制度が要らなくなった先に見える、働き方の未来

— 最後に、2030年とかその先を見た時に、企業と個人がどういう関係性になっていくかを描いていらっしゃいますか。

「正しい関係性って何だろうな」と考えると明確に答えは出ていないのですが、AIがこれだけ普及・発展してきている中で、働き方がどう変わるんだろと想像した時に、おそらくホワイトカラーの領域とブルーカラーの領域でかなり違うと思うんです。私はずっとIT業界で働いているので、ホワイトカラーのことしかわからないという偏りはあると思います。

今各社が実施している月経随伴症状をサポートする支援や、子育てと両立しやすい制度を実施しているのは、根本的には「同じ時間、同じ場所でオペレーションを含む仕事をしなきゃいけないからこそ」、体調の波とかをサポートしています。ところが去年から今年にかけてのAIの普及・発展を見ていると、あっという間にオペレーショナルな業務ってほぼなくなっていくのではないかと思っています。

そうなると、より必要なのは人間しかできない発想や、人間的なコミュニケーションのところです。「この時間にこの場所でみんなで」といった働き方は、今よりもっともっと求められなくなっていくかもしれない。介護や育児といった個々の状況にかかわらず、発想力や社内外との連携におけるコミュニケーション力が成果を左右するような気がしています。

究極的には今の福利厚生制度はなくなっているといいなと個人的には思っているんですよ。制度がなくても、自分のリズムや家族とのバランスを考えた働き方の中で、「何か一人ではできないことを一緒に実現する場所が会社なんだ」と考えることができれば、働き方はもっともっと自由になっていく。その結果、「今のネガティブな部分をゼロに持っていくような福利厚生制度は誰も使わなくなっている」のではないか、そうなっていてほしいなという思いも込めて、考えているところです。

— 実際にエムティーアイでは、その未来を先取りするような経験をされているわけですね。

私は、1人目を産んだのが2016年で、その時に人事部が社内の制度を色々変えてくれたんですね。幼い子どもがいる社員がもっと仕事をしやすく、柔軟に働けるような制度を作ってもらい、1人目を出産した時にはその制度にものすごく助けられました。一方で、2人目を2020年に産んだ際は、コロナ禍による緊急事態宣言が出ており、当社は3月からテレワークに移行し、それ以降フルリモート・フルフレックスを実施しています。そうすると何が起こったかというと、今その制度を使ってない人が増えました。

例えば「チャイルドタイム」といって、子供に関することでの1時間以内の遅刻と早退はお給料に影響しない制度もあるのですが、在宅で勤務しているため必要がなくなっています。最初は「使わないと制度なくなる」とネガティブに捉えていましたが、「この制度がいらないぐらいみんな働きやすくなっているという証拠だな」と思うようになりました。

現在、世の中的には出社回帰という動きもある中で、当社はフルフレックス・フルリモートを継続していく方針です。もちろんリモートでのネガティブな面もゼロではないですが、社員が機械的なオペレーションではなくて自律的に働いて成果を出す形になるほど、おそらくリモートワークとの親和性が高まり、そうした働き方になっていくと思っていますね。

AIが普及して働き方が変わっていくと、個人事業主でもよくなってくるという流れもあるかもしれません。いろいろな属性や働き方の人たちが、ひとつの目指すものに向かっていたり、一つの共通項というところで集まったりする。そういう働き方になったときに、一つのコミュニティに近くなっていくのかなという気はしています。

コミュニティと考えたときに、上から決めたものを一方的に落とすのではなく、みんなの意見を聞きながら一緒に作っていくものになっていくと考えています。

— 会社と個人の関係性は、これからどう変わっていくと思いますか。

会社というものが絶対的にあるというわけではなく、「その人の人生で誰と何を作るか、何を成し遂げるかを選んでもらえる場所」に会社がなっていかなければいけない。会社としても、働き手側からみても、それはお互いそうなのかなと思いますね。

そう考えると、「生きるを変えていく」というパーパスは、社会や生活者に向けたものであると同時に、私たち自身の働き方への問いかけでもあるんだと気づきました。自分たちが「生きている」会社であり続けることが、きっといちばん大事なことなんだと思っています。

【編集後記】一人ひとりの「生きる」を、組織と社会で引き受けること

経営理念の刷新とは、言葉を新しくすることではない。日根さんが繰り返し強調していたのは、パーパスが「社員向けのスローガン」に終わるのではなく、「経営戦略のスタート地点」になるかどうかという一点でした。それはトップが腹落ちしているか、ミドル層が自分事にしているか、評価の仕組みに紐付いているか。理念は問い続けることで初めて組織に根付くのだということを強く感じるインタビューでした。

健康経営についても、同じことが言えるでしょう。パフォーマンススコアの改善や生活影響日数の短縮は、支援の効果を示す確かな根拠です。しかしそれ以上に印象的だったのは、「会社として応援してくれるんだ」というメッセージが、女性だけでなく組織全体へのシグナルになるという視点でしょう。

健康課題をかつては個人の問題として抱え込んでいた人たちが、社会と組織の課題として共有されることで、初めてチャレンジできるようになる。その変化こそが、人的資本の活用につながっていくはずです。一人ひとりの「生きる」を組織と社会が引き受けること。その先に広がるのは、働くことと生きることが滑らかに一体化した、誰もが自分らしく力を発揮できる社会です。

関連リンク

株式会社エムティーアイ公式サイト

「私たちは何者なのか」から始まった、新パーパス誕生の舞台裏~経営理念刷新プロジェクト・インタビュー前編~(公式note)

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執筆者
オカダタクヤ | HUMAN CAPITAL+編集長

メディア・編集、コンサルティング・経営企画、起業家としての経験を横断的な背景に、組織開発・人材マネジメント、リーダーシップ論、人的資本経営への関心からHUMAN CAPITAL+を立ち上げ。 複数の組織で培った知見をベースに、「人と組織」をテーマとした一次情報の発信・編集に努める。経営者・実務家・研究者など多様なステークホルダーとの対話を通じ、現場に根ざした視点でコンテンツを企画している。 HUMAN CAPITAL+では、経営と人事の交差点にある本質的な問いと実践知を届けることをミッションとする。「一人ひとりが組織の中でいかに力を発揮できるか」を問い続けることがその核にある。