前編では、AIエージェント時代において「何を頼むか」という問いが人間に突きつけられていることを確認した。では人事の現場は今、どこにいるのか。そして私たちは何から始めればいいのか。後編からは藤村氏も加わり、人事現場の実態と、私たちが今日から何を始めるべきかを深掘りする。
人事現場は今、黎明期の期待と混迷のただ中にある

—- 前編では広木さんにAIエージェントの全体像を語っていただきました。藤村さんは人事の現場を日々見ていらっしゃいますが、実際にどんな使われ方が広がっていますか。
藤村:新しい期待をすごく感じる一方で、混迷を極めているという感覚も正直あります。各種ベンダーが新興サービスとして次々と勃興してきて、現場が混乱しているような印象です。
毎年発行されている『DX白書(旧AI白書)』などのマクロな調査データを見ても、日本企業におけるAI導入の壁として「リテラシーの不足」や「目的の不明確さ」が常に上位に挙がっています。ツールだけが先行している状態ですね。
使われ方でいうと、採用領域では書類のスクリーニング、スカウト文面のパーソナライズ、面談日程の自動調整。評価・育成では1on1を代わりに行うエージェントや、評価コメントのドラフト作成。労務では従業員向けのチャットボット的なものが導入されているケースは多いと思います。
—- うまくいっているケースとそうでないケースで、何か違いはありますか。
藤村:うまくいっている例は、結構局所的なんですよね。「この質問にはこう答えましょう」という、明確な正解がある領域、たとえば社内規定と照らし合わせた労務対応などは、ある程度うまくいっている印象があります。
一方で、複雑な評価とそれに紐づくフィードバックとか、メンタルヘルス不調者への対応とか、人間的な感情や複雑な文脈が絡む領域は難しい。「AIがこうやって言っているのでこうしました」とは言えないですし、アカウンタビリティが果たしづらくなっているなという印象を受けています。すごく人文的な領域で頑張ってきた人が、急に合理的な世界と合流しなきゃいけないみたいな感じで、混乱している人も多いんじゃないかなと。
スカウト一斉送信の炎上が示した本質。意思はどこに宿るのか

—- スカウトメールのAI自動化が「人らしさを失う」として批判を受けるケースも出てきていますね。広木さんはどう見ていますか。
広木:AIを使っているか使っていないかということに、僕はそんなに差がないと思っているんです。RPOのスタッフが、アルバイトで1、2時間だけ働いているような人の意思で転職する人なんかいないのに、「人間の意思」みたいなことを言うのって変じゃないですかと思っています。
意思を感じるかどうかは、もっと先にあるものなんですよね。例えばある経営者の本って、ほとんどが口述筆記で書かれていますよね。「俺はこうなんだよ」と喋った内容が本になっている。それが何の意味もないかといえば、そんなことはない。
藤村:まさに。各所でもAIのリスク管理やガイドライン策定が強く議論されていますが、その根底にあるのは広木さんの言う「意思はどこにあるのか」という問いなんです。手段としてAIを使うのはいいけれど、最終的な出力に対する責任と意思を人間が放棄した途端に、倫理的な問題や炎上が起きるんですよね。
—- 手段よりも、その先にある意思の中身が問われているということですね。
広木:そうです。僕が学生のころ、パソコン社会になっていく時にも同じことを言われていました。「手書きじゃない文字なんて気持ちが入っていない」と。でも今、手書きで書いている文字がどれだけあります? 散々言われた割に、手書きはここまで消えてしまった。いま、「手書きって本当に心がこもっているんです」という話をする人に会ったらちょっと引いちゃうと思うんですよ。AIに関しても、僕は同じことだと思っています。
「AIか人間か」という問いより、魂がこもっているかどうかだ
広木:確かに今のAIは粗製乱造しやすい文章が生まれるかもしれない。でも文例サイトからコピペしたようなことは今までも起きていて、それが響かないのは普通に淘汰されるというだけの話ですよね。スカウトの自動化そのものが問題なのではなくて、一個一個に魂がこもれる仕組みになっていないことが問題だと思います。
もう一つ言うと、「大量に送った方が優位」という状況はそもそもフェアじゃない。送られる方も一番いい条件を引き出すまで引かないエージェントが動き始めたら、後に残るのは本気でやろうとしている条件のいいところだけになるはずで、それは候補者にとってもハッピーだし、適切な市場原理が働いている状態だと思います。
—- 人事評価も同じ話ですよね。
広木:まったく同じです。本当に仕事がわかっているのかわからない上司に評価されて、それが適切だと思いますかという話ですよね。全ての仕事を見て、統一の評価基準でやっていたことだけを評価して、「飲み会に行った」「覚えがめでたい」「声が高い」「可愛い」、そういうことじゃない軸で評価された方が社会として公正だし、会社としてハッピーだと思うんですよ。
「人事×人間が真にやるべきこと」という問い自体がずれていた

—- 藤村さん、今の話を聞いてどう感じますか。
藤村:正直、食らいました。人事を代弁するわけじゃないですが、すごく反省するというか。一生懸命AIと人間を切り離して、「人間にしかできないことがあるんじゃないか」ということを頑なに信じていて、「人事が真にやるべきことは何か」という論ばかりになっていますよね、
今日ここで話そうかなと思っていたことが全部なくなるぐらいの、そういう衝撃がありました。同時に、マクロな技術トレンドが「AIによる人間の代替」というフェーズから、「AIによる人間の能力拡張(Augmentation)」へと明確に変わってきている事実とリンクしました。人事そのものが、自らを拡張するフェーズに来ているんですね。
—- 人間中心で考えるんじゃなくて、AIと一緒に自分のスキルを拡張していく、という方針に切り替えていく必要があるということですね。広木さんのご見解はいかがでしょうか。
広木:そうですね。「人がいないからできない」「スキルがないからできない」「予算がないからできない」、いろいろなできない理由が今まであったと思います。でも例えば、人事の面談記録からデータを分析して、どういう傾向の人がローパフォーマーになるのか、どういう人が早期退職するのか。これに対して、データサイエンスチームがいないといけないのか、専門組織にお願いしないといけないのかというと、今はもう皆さんの手元でできるかもしれない。
今まで数十万、数百万払わなきゃいけなかった領域に、あなたが指示することができるかもしれない。この時初めて、AIは価値を生み得るんです。
MBOもOKRも、日本は30年間「by self」を忘れてきた
—- 人事制度の話が出ましたが、AI時代にあわせて制度から変えていく必要もあるでしょうか。
藤村:そう思っています。今も多くの企業でMBO(目標管理制度)が背骨として機能していますが、問題は制度そのものというより、それを減点主義的に運用してしまう企業側の考え方にあると思っていて。そこから変えていく必要があるかもしれない。挑戦を誘う制度設計とか、AI活用を評価に織り込むとか。
実は様々な有識者の分析でも、日本のAI活用が進まない根本要因として、技術力ではなく『失敗を許容しない硬直化した組織文化と評価制度』が挙げられ始めています。評価のOSが変わらない限り、AI活用に対して及び腰になりますよね。
広木:MBOってManagement by Objectivesですが、本来はその後に「and Self-Control」、つまり「自己統制によって」という言葉がつきます。自分自身によって目標を立てることによる管理だったのが、「and Self-Control」の部分が抜け落ちてしまって、ノルマと同じような扱いになっている。
MBOって今のイメージとは違って人間主義的な価値観から生まれてきたものなんです。それ以前の工場で画一的にたくさんのものを作らせるぞというモダニズム的な管理、テイラーの科学的管理法みたいなところから始まったものへのアンチテーゼでもあったのですが、日本ではノルマ管理のような手法から名前だけ横滑りで導入されてしまった。目標管理というのは極めて誤解されてきた歴史があるんです。
—- OKRも同じ問題がありますよね。
広木:何度やっても同じになるんですよ。MBOの代わりにOKRが入ってきます。実際には評価制度ではないOKRも「OKRというのは新しい人事評価制度なのです」と言って導入されてしまいました。結果的にMBOと同じぐらい憂鬱なものだとみんな思っていますよ。「名前変わったな、MBOと何か違うのかな、入力欄がちょっと違うな」ぐらいの感じで。世の中で流行っているものを、自分たちの知っているもののように加工して使っているだけなんです。
藤村:人事界はやっぱり言葉にすごく引っ張られるきらいがあって。OKR、MBO、人的資本経営と、キーワードだけが先行しがちなんですよね。
広木:エンジニア界隈もそうなんですが、流行っているキーワードだけ輸入してきて、なんだかよくわからずに使うのは全人類のあるあるだと思います。大体のことは歴史的経緯で生まれているんですが、その経緯が書かれた本はビジネス書の中では売れない棚になるんです。売れる本の最初のキーワードだけ拾って満足して「これはこういうもんだ」と思ってしまう。マニュアルをちゃんと読めばやり方が書いてありますよ、という話は、実は多々あります。
足し算の社会から掛け算の社会へ。ダイバーシティが武器になる

—- 話を組織全体の在り方に広げてみましょう。AI時代の組織設計において、広木さんはどんなことを重要視していますか。
広木:ダイバーシティの話をすると「またその話か」と思われるかもしれないですが、今まで作業員がたくさん必要だった社会では、ダイバーシティはノイズでした。製造業のように、たくさん同じものを作らなきゃいけない時代は全部が足し算で、画一的に問題を起こさずものを作り続ける人が必要だった。そこにはダイバーシティは必要ないと見られてもおかしくなかった。
でも2000年以降、IT以降の現代的な社会は「掛け算的な組織」になってきています。作業よりも構想することにエネルギーが割かれて、その構想の中に独自の目線や独自のスキルが入ることが、企業の価値を押し上げていく。
—- AIによって、その掛け算の性質がさらに強まるということでしょうか。
広木:そうです。僕がやりたいと思うことと、ある人がやりたいと思うことにギャップがあって、それが10倍20倍にAIによって拡張されるとなった場合に、この「拡張される元」があることが組織の強みになる。性別や性的指向といったことによらず、あるものが好きな人、違う切り口を持った人、いろいろな個性がある。それぞれがAIで10倍20倍に拡張される世界では、個性的な人間が多い組織の方が強くなっていくはずです。
小さいチームで大きな成果を出す時代がやってくる
—- 組織の規模や雇用の未来については、どう見ていますか。
広木:まず「小さくても大きな成果を出す」ということがしやすくなると思います。スタートアップが抱えている人数が従来の産業に比べてどんどん一桁小さくなって、一人当たりの利益や売上が大きくなっているのはすでに起きていることで、同じような流れが加速していくでしょう。
ただ、社会変化のスピードには注意が必要で、技術の進歩は想像より若干早いけど、社会の変化は想像よりだいぶ遅い。スマートフォンが出てきた2010年ごろから2015年ごろの変化と、2020年からコロナで変化した数年間を比べると、後者の方がはるかに変化したと感じるはずです。社会変化による前借りみたいなことが起きない限り、そんなに急速には変わらない。
—- 雇用がなくなる不安を煽る声も多いですが。
広木:日本のように労働供給が制約になってGDP上昇できなくなっている国で、AIによって雇用があぶれるという心配をするより、どんどん活用して一人当たり生産性を上げることを考えた方がいいと思うんですよ。「一人が12人分ぐらい働いてくれたっていいじゃん」という状況を目指していければいい。雇用全体が減るかどうかは、AIよりも景況感の方がはるかに大きな要因ですし。
今日から始めるための問い。あなたはAIを「使いこなせている」か
—- 最後に、読んでいる人事の方々へ向けて、今日から何を始めればいいかを聞かせてください。
広木:「もう使っているよ」と思っている方も多いと思うんですが、実はみんな「使いこなせていると思い込んでいる病」にかかっているのではないかと考えています。ChatGPTに聞いてみたらこうだったよとXで貼り付ける人、AIで作ってきた雑な資料を誇らしげに見せてくる人、それがうまくまとまっていればいいんですが、ゴミが増えただけになっていたらあまり意味がない。
そのギャップが白日の下にさらされていないのが現状で、二つのことを問いかけたいと思っています。
—- その二つとは何でしょうか。
広木:まず一つは、「AIで自動化をするソフトウェアを作ってみたことがあるか」ということです。シンプルに、何か作ってみてほしい。
もう一つは、「日常業務で使っているAIツールで、自分のローカルのデータに接続しているものが何個あるか」ということです。デスクトップから操作できない状態は、道具を渡せていない状態です。道具を渡した状態でお願いするということをやっていなかったら、「メールを送って」という依頼と「メールの文面を考えて」という依頼の間のギャップを埋められない。
例えば名刺をいただいた時、今どうしていますか。撮影して、文字起こしして、名刺管理ソフトに登録して、メールを打って文面を考えて送る。でもAIに道具を渡せていれば、「これ名刺だからお礼メール送っといて」と言うだけで済む。前者は「AIに使われている側」で、後者が「AIを使っている側」です。
藤村:本当におっしゃる通りで、「使いこなしている」と自認している方が多いと思うんですが、それを客観的に誰かが教えてくれるわけでもない。自分で「もっとこういう使い方があるんだ」と知らない限り、次のステージには行けないんですよね。これからの企業競争力は『汎用的なAIモデル』と『独自の社内データ』の掛け合わせによって決まる、というのはマクロな視点でも間違いなく言えることです。広木さんがおっしゃる『ローカルのデータに接続する』というのは、まさにその第一歩ですね。これは人事だけじゃなくて、全領域の人が今直面していく話だと思います。
広木:何でもいいんですよ。例えばナーチャリングリストに対して、過去の記録データを基に3ヶ月ぐらい経った頃に「最近どうですか」というメールを送る仕組みを作ってみるとか。「人を1,000人雇えるぐらい余裕があったらやりたいんだけど」という仕事を、今できるかもしれない。個々人のAI活用がどこまで進んでいるか、まだ組織から見たら暗黙知のままです。まずその実態を取りに行くところから始めてもいいかもしれませんね。
—- 「実現したい欲求はあるか」という問いが、すべての出発点になりそうですね。今日はありがとうございました。
広木:ありがとうございました。
藤村:ありがとうございました。

前編「AIエージェントが突きつける問い。「何を頼むか」を問われる時代」もあわせてお読みください。









