人材のアンバンドリングとは?|VTuberが実現した、人的資本の再定義
人材のアンバンドリングとは、仕事の能力とセットで求められてきた条件——人前でうまく振る舞えること、体力、資金、長年の下積みなど——の重要性が下がり、その条件を満たせなかった人が力を発揮できるようになる現象です。Vtuber、eスポーツ、生成AI以降のクリエイティブ、D2C。これらの領域で共通して起きており、企業の採用・人材活用にも同じ構造を応用できます。本稿ではその仕組みに加え、どのように組織に実装していくべきかの論点についても解説します。
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企業はずっと「同じ種類の優秀さ」ばかり探し続けている

直接顔を合わせ、その場でやりとりし、本人が身ひとつで臨む。これまでの人材評価は、そういう場面で下されることが大前提でした。その際の主な基準は大きく二つです。一つは対面でのコミュニケーション能力や、粘り強さといった社会的スキル。もう一つはビジュアルや表現力といったスター性です。
しかし、よくよく考えてみると、これらは「能力そのもの」ではありません。なぜならいずれも特定の環境での適性にすぎないからです。面接、オフィス、会議といった企業が人の能力を測る場は、すべて同じ種類の環境に属しています。つまり私たちは、一つのルールでしか人を測っていないのです。
このルールの中で弱いカード(能力)を配られた人は、ゲーム(採用市場)では見向きもされません。
トランプゲームの「大富豪」でいえば、3や4といった弱いカードばかり手札に配られているようなものです。厄介なことに、このゲームはいつ始まったのか誰もわからないほど長く続いています。その結果、カードの強弱が能力の高低・有無に直結すると信じられるようになりました。
そうして、コミュニケーション能力はいつのまにか「地頭の良さ」や「人間性」の指標として扱われ、レスポンスの早さが「デキる人」の証明のようになった。本来は一つの環境における適性でしかないものが、総合的な評価にすり替わっていったのです。
VTuberが引き起こした人的資本の「革命」

VTuberとは2Dや3DのCGキャラクター(アバター)を使って、YouTubeなどで動画投稿や生配信を行う配信者のこと。外見はアニメ風のキャラクターですが、中に人間(「中の人」や「キャスト」と呼ばれます)が入っており、モーショントラッキングの技術を使って、中の人の表情や動きをリアルタイムでキャラクターに反映させて動かしています。
2016年にキズナアイが「バーチャルYouTuber」を名乗って以来、活躍の場を拡大し続け、今ではYouTubeにとどまらず、エンターテインメントの1つの大きなジャンルとして定着しています。2021年のYouTubeスーパーチャット世界ランキング上位9名までをVTuberが占めたことでも話題になりました。
一見、「人事」「採用」「人材」とは無縁の世界に思えるVTuberですが、これをビジネスとして見た時、そこには人的資本の「革命」が起きていることがわかります。大富豪の「革命」とは、同じ数字のカードを4枚以上同時に場に出すことで、カードの強さを逆転させられるルールのことです。
VTuberの「中の人」は、もともと“弱いカード”のプレイヤー

彼らが証明したのは、人材の価値を決めるのは能力の有無ではなく、能力を“検出”する環境の有無である、ということです。
VTuberの「中の人」たちの中には、雑談配信などで自分を「コミュ障(コミュニケーション能力が低い)」で「社不(社会になじめない)」人間である、と表現する人もいます。もちろん全員が全員そうではありませんが、実際普段は流暢に話している人でも、初対面のVTuberとの配信になると、全く話せなくなる人は少なくありません。
一方で、彼らは数時間の配信をひとりで回せるトーク力、毎日のように配信を続ける持久力、歌唱の技術、ゲームの腕前などのスキルは持っています。とはいえ、ゲームや歌が一般社会で評価される場面は少なく、配信中のトーク力や持久力は活きる場面があまりに限定的で評価の対象にはなりません。いわば彼らはもともと“弱いカード”のプレイヤーなのです。
しかし一度VTuberのアバターを手に入れ、配信を始めれば、既存のルールでは日が当たらなかったそれらの能力が輝き出します。一般的な企業ではそもそも能力とさえ呼ばれないものであっても、彼らはそれらを使って経済圏を築き上げたのです。まさに「革命」です。
拍車をかけたのは、「にじさんじ」「ホロライブ」といった上場企業が運営するVTuber事務所の存在です。
事務所の運営が用意したのは、アバターであり、配信プラットフォームとの関係性であり、マネジメントや権利処理を担う機能でした。こうした企業は、従来の芸能スカウトのように才能ある人材を発掘するというよりは、能力が発揮される環境を設計することで、タレントの魅力を急速に広めたのです。
もちろん、全ての“弱いカード”のプレイヤーが人気を集められるわけではありません。トップVTuberはむしろ極めて高いスキルの持ち主とも言えます。
ですがそれほどまでに高い能力を持つ人たちであっても、「履歴書」「面接」という環境から「配信」という環境に移っただけで、同じ1人の人間の評価が「不採用」から「同時接続数万人」へと極端に変わる。そうした逆転が起き得るのも事実です。これでもなお、今までと同じルールで人材を評価し続けて良いと言えるでしょうか。
進む、人材のアンバンドリング

こうした、従来は仕事の能力とセットで求められてきた条件の重要性が下がり、その条件を満たせなかった人が力を発揮できるルートが新たに生まれる現象「アンバンドリング」は、何もVTuberビジネス特有のものではありません。全く同じ構造の革命が、他業界でも着々と進行しています。
ただし、アンバンドリングが起きただけでは、人材は入れ替わりません。従来の条件が締め出していた人たちの能力が、その領域で価値を持つものである必要があるからです。下表はVTuberに加え、eスポーツ、生成AIを使ったクリエイティブ(イラスト、プログラム)、D2Cビジネスの4つの領域で起きている現象を整理したものです。
| 領域 | 重要性が下がった条件 | 重要性が上がった能力 | 環境の再設計のカギ |
|---|---|---|---|
| VTuber | 顔と本名を出せること、対面で物おじしないこと | 数時間を持たせるトーク力、毎日続ける持久力、視聴者を惹きつける愛嬌 | 配信プラットフォーム、VTuber事務所 |
| eスポーツ | 体格・体力といった身体の資本 | 状況を読む力、判断の速さ、戦術の理解 | プロリーグ、大会の賞金 |
| 生成AIクリエイティブ | 描画やコーディングを身につけるまでの期間 | 構想力、コンセプト設計、ディレクション | 誰でも触れるツール、発表の場、クラウドソーシング |
| D2C | まとまった資金、問屋・小売とのつながり | 独自の商品企画力、顧客への深い理解 | EC、SNS |
当然、求められる条件が変わっただけで、誰にでもできる世界になったわけではありません。重要なのは、環境が再設計されたことでこれまでとは違う人材が“検出”されるようになった、という点です。つまるところ、この再設計さえ実現できれば、もっと色々な領域でもこの“革命”を起こし得るということです。
採用のルールを書き換えるための3つの論点

では、環境すなわち採用のルールを再設計するためには、何から始めれば良いのでしょうか。論点になるのは以下の3つです。じっくりと自分たちの状況を振り返り、自社にとってのアバターは何に当たるのかを考えてみましょう。
①面接で見極めているのは、本当に「仕事の能力」?
まず考えたいのは、面接で見ているのが職務を遂行する力なのか、それとも「面接という場での振る舞い」なのか、という点です。これはこれで大切な技能ですが、入社後の仕事とどこまで重なるでしょうか。もしそれが小さいなら、私たちは面接というゲームに強いだけの人材を選んでいることになります。
対策として実際に採られているのが、選考の一部を実務課題に置き換える方法です。
海外の先行例として注目するべきが、世界最大級の業務ソフトウェア会社「SAP」が2013年に始めた、自閉スペクトラム症の人を対象にした採用プログラム「Autism at Work」。同社では、従来型の質問による面接の代わりに、応募者に実際の業務に近い課題へ取り組んでもらう形式を採用しています。
Microsoftも2015年に始めた、自閉スペクトラム症の人を対象にした採用プログラムで、通常の面接ではなく、数日間にわたって技術課題やチーム作業に取り組む場を設けています。いずれも、特定の特性を持つ人が優秀だという話ではありません。能力を測る環境を変えたら、これまで測れていなかった能力が見えるようになったという話です。
②その条件は本当に必要?
次は要件そのものです。自社の求人票と職務記述書を開いて、書かれている条件を2つに仕分けてみてください。本当に必要な能力と、慣習で求めてきただけの条件です。
仕分けの基準は単純です。ある条件を満たすことが、成果にどう結びつくのかを問い直します。その条件を外しても別の方法で同じ成果を出せるなら、それは絶対に必要なものではなく、従来の仕事の進め方にたまたまくっついていたオマケのようなものかもしれません。
対面での適性、その場ですぐ応答できること、勤続年数、学歴、そして年齢。やってみると、慣習で求めてきただけの条件が要件の大半を占めていた、ということは珍しくありません。この気づきのプロセスこそが、人材のアンバンドリングへの第一歩です。
③自社にとっての「アバター」は何?
しかしアンバンドリングだけをしても、環境の再設計までは実現できません。アンバンドリングの後に組織に参加した人がきちんと機能するには、その能力が発揮される条件をこちら側が用意する必要があります。
ツール、勤務形態、コミュニケーションの様式、評価システムの見直しなど……。具体的にやるべきことは業界ごと、企業ごとに異なりますが、こうした一つひとつを①、②と連動させることで、環境の再設計のカギが集まってくるのです。
まとめ:ゲームのルールを変えてみる
人材不足の時代、社内外の人材を“発掘”するのは、業界を問わず企業の重要課題です。この「人材を発掘する」という発想は、「自分たちが追い求めている人材が、どこかに隠れている」という前提の上に成り立っています。しかし人材の発掘現場には、すでに競合他社が溢れかえっています。その中で争奪戦を続けるのは、もしかすると不毛な戦略かもしれません。
であれば、今いるメンバーのまま、プレイするゲームのルールを変えてみるのはどうでしょう。既存のルールでは負け通しだったプレイヤーも、もしかしたら新ルールではトッププレイヤーになる可能性は十分にあります。今企業が問うべきは「優秀な人はどこにいるか」ではなく、「今までどんな人を締め出してきたのか」なのかもしれません。








