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教養の身につけ方|教養とは「生きるために役に立たないもの」である

教養とは、「生きるために役に立たないもの」である
INTRODUCTION

教養を身につけたいけれど、名著を読んでも何が面白いのかわからない。そんな悩みを抱える人は少なくありません。

「それでも我慢して読むべき」?本当にそうでしょうか?教養を身につけるのは、本当に、そんなに忍耐が必要なことなのでしょうか?本稿では「そもそも教養ってなんだっけ?」というところからはじめ、哲学や芸術、脳科学の側面からその身につけ方・磨き方を考えます。

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  1. 教養に、挫折はつきもの?
  2. 教養とは、「生きるために役に立たないもの」である
  3. 教養は、「無我夢中」の先にある
    1. 教養は、脳が「勝手に」作ってくれる
  4. まとめ:「教養人」の第一歩は、自分の「好き」を信じることから

教養に、挫折はつきもの?

18世紀風の書斎で、本や地球儀に囲まれて語り合う紳士淑女を描いた絵画風イラスト

「教養としての〜」を冠した本のヒットが相次ぎ、教養系の動画やポッドキャストも大きな人気を集めています。日本は今、まさに大教養ブームです。

「教養」という言葉は、不思議な言葉です。「教養がある人」はいつの時代も尊敬の対象になっていますが、同時にどこか「教養がない人」をこの言葉自体が見下しているように感じたり、「わかっている人」だけの閉じたコミュニティや特権のにおいもします。

だからこそ、私たちはSNSや本屋、日々の雑談の中で教養という言葉を見たり聞いたりすると、なんとなく責められているような、ドキッとしたものを感じるのかもしれません。

しかし、実際に教養を身につけるとなると、その歩みは重くなりがちです。読んだこともない古典や分厚い専門書、教養系の動画を見て、その場では知的になり、世界を理解したような気になってみるものの、翌日にはその内容の大半をきれいさっぱり忘れている。感想らしい感想も思い浮かばない。

教養を身につけるにはそんな「挫折」を乗り越える我慢と忍耐が求められる。そう考えている人もいるのではないでしょうか。「なぜなら、教養は高尚なもので、偉い人が決めた権威ある知見なのだから」と。

本稿では、まずこの「教養とは価値あるものである」という前提から疑ってみたいと思います。

教養とは、「生きるために役に立たないもの」である

牙をむいてこちらをにらむ雌ライオンの写真

何を当たり前のことを、と思うかもしれませんが、人間以外に教養なるものをもてはやす生き物は地球上に存在しません。ライオンが生き延びるために必要なのは狩りの連携力や指導力であり、ミツバチの繁栄のカギになるのは、どこに花蜜があるかという空間認識力と、それを伝えるコミュニケーション力(ダンススキル)です。

教養なんて屁の突っ張りにもなりません。彼らにとっては、古代ローマの興亡史やモネの絵画、ソクラテスや夏目漱石も、等しく価値がない。つまり、単に生き延びる(生存する)だけなら、教養とは端的に「無駄」なものなのです。

しかし過去の賢人たちは「この無駄にこそ、人間が人間であるための本質が眠っている」と指摘しました。

社会心理学者のフロムは『愛するということ』で、自分の目的のために役立たない相手を愛するときにこそ、愛は開花しはじめると書きましたし、詩人であり、歴史学者や思想家でもあったシラーは、「人間は、言葉の完全な意味で人間であるときにのみ遊び、遊びにおいてのみ完全に人間となる」と書きました。そして文化史家ホイジンガは、人間を「ホモ・ルーデンス(遊ぶ人)」と呼び、人間の文化そのものが遊びのなかから生まれ、発展してきたと論じました。

役に立たないものへの愛。目的のない遊び。生き延びるためには一切必要のない、その営み。彼ら三人が、口を揃えて「人間らしさの源泉」として指さしているもの。それは、いずれも「生存に役立たないもの=無駄」なのです。

教養=無駄、無駄=人間らしさの源泉であるなら、彼らが「遊び」や「役に立たないもの」と呼んだものと、私たちが「教養」と呼ぶものは呼び名が違うだけで、指しているものは同じと言えるのではないでしょうか。

したがって、「教養とは価値あるものである」という前提は半分正しく、半分は間違っています。「教養とは人が人として生きるためには価値があるが、それ単体では価値のない、無駄なもの」だからです。

こうして教養についての先入観を分解してみると、高尚な哲学書もくだらないとされる漫画も、もう区別がつきません。同じ一つの無駄であり、その意味で上も下もなく、等しく教養の材料です。つまり、教養とは本来、難しく考える必要などない、もっと単純で、個人的なものなのです。

教養は、「無我夢中」の先にある

白い格子状の仕切りが並び、その中に小さな白い造形物が置かれたミニチュア空間の写真

誰に強制されるでもなく、無我夢中で「好きなこと」に没頭している瞬間、人はとてつもない熱量で動いています。そうしてハマっていくと日常生活にはおよそ役に立たない、マニアックな知識や自分だけの経験が蓄積していきます。そのプロセスこそが教養です。

「それは偏った趣味の知識であって、教養ではない」と言いたくなる人は、まだ「教養とは価値があるものであり、役に立つものである」という毒が抜けきっていません。

価値や役に立つことを求めた瞬間、人は効率を考え始めます。けれど本来、教養の値打ちは、知識や経験それ自体にあるのではなく、何かに夢中になって生きるその時間のなかに、紙切れ一枚ほどの薄さで積み重なっていくものです。だから夢中になるということを飛ばして、効率的に集めた“教養”には、いちばん大事なところが最初から抜け落ちているのです。

何か一つのことに没頭していくと、本来目的だったもの以外の知識や経験につながっていきます。

推しアイドルの現場に通ううちに、会場ごとの音の反響の違いが気になりはじめ、いつしか建築音響を語れるようになっていた。一杯のコーヒーの酸味を追求していくうちに、標高と品種の関係を調べ始め、気づけば赤道付近の気候変動と農業経済にまでたどり着いていた。こうした事例は枚挙にいとまがありません。

かくいう筆者も、自他共に認めるファッション好きですが、その好きを追求した結果、アパレル産業やショップビジネス、職人たちの事情や技術、生地や繊維についての知識が身につきました。

購入した服を美しく記録しておきたくて、カメラの技術も身につけましたし、写真を学ぶために写真集だけでなく画集も買い漁り、好きな写真家や画家にもたくさん出会うことができました。

たいそうなことを並べたようですが、要するに好きなものを追いかけていたら、いつの間にか隣の部屋のドアまで開けてズンズン進んでいた、というだけの話です。皆さんの中にも、心当たりが一つや二つ、あるのではないでしょうか。

教養は、脳が「勝手に」作ってくれる

「本当にそんなにうまくいくものか?」
「たまたまなんじゃないの?」

そう思う人もいるかもしれません。しかしこの無我夢中の先にある別分野の知識の習得や経験は、脳科学からも説明がつきます。カリフォルニア大学デービス校のグルーバーらが2014年、学術誌『Neuron』に発表した「付随学習」というメカニズムです。

研究チームはfMRIで人の脳を観察しました。すると、好奇心が高まっている状態では、中脳の報酬系※と、記憶を司る海馬とが連動して働くことがわかりました。重要なのは、この状態の脳が、知りたかったこと「そのもの」だけでなく、たまたま周囲にあった無関係な情報まで、一緒に記憶に取り込んでしまうということ。これを「付随学習」と呼びます。

※…その行動への意欲や学習、幸福感を生み出す脳の神経回路。

自分の意志や才能の産物ではありません。夢中になりさえすれば、あとは脳が勝手にやってくれるのです。

研究者たちはこれを、夢中になることが、本来なら忘れられていたはずの記憶を「救済(rescue)」している、という言葉で表現しています。

夢中になった脳が、周辺情報の切れ端をすくいあげ、忘却から助け出していく。そうして積み重なった薄く、頼りない記憶はやがて、現代アーティストの安部典子が薄い紙を重ねて作る立体アートのように、確かな“かたち”を持つようになります。教養を身につけることとは、こうしたアートを自分の中に組み上げることなのかもしれません。

白い紙を幾重にも重ね、山や谷の地形のように仕上げた立体作品のイメージ画像

※薄い紙を重ねて作る立体アートのイメージ画像です(安部典子氏の作品ではありません)。

まとめ:「教養人」の第一歩は、自分の「好き」を信じることから

いわゆる「教養」を、義務的にお勉強として消化しても、生きる役には立たず、人としての喜びにもならず、ただ疲れるだけで終わりかねません。

必要なのは、我慢することでも背伸びすることでも、ましてやマウントをとることでもありません。ただ一つ、自分の「好き」をとことん突き詰めていいのだという“免罪符”を、自分自身に与えること。それだけです。不思議なことに、免罪符を手にした瞬間、人はむしろ真剣になるものです。誰にも強制されない、心底くだらない遊びだからこそ、いちばん妥協ができなくなるのです。

まずは自分の好きを信じることから、教養人の第一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。

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