なぜデンソーやヤマハは「哲学対話」を研修に取り入れたのか|AI時代に問われる「Should」を考える力

今こそ「Should」を問え

デンソーやヤマハといった大企業が、社内の研修に専門の哲学者を招き、哲学対話を実施している。そう聞くと、奇妙に思う人も多いのではないでしょうか。この背景には、2030年代に向けてビジネスパーソンや企業が、個人としてのスキル養成や組織開発の文脈で考えておくべきテーマ、すなわち「Should(何をすべきか、何を適切な判断とするか)」があります。

今の現役ビジネスパーソンは「Should」が苦手

「What」から「Should」へーー“倫理の授業”のある重要な変化

今の現役のビジネスパーソン、特に管理職層を務める世代にとって、高校時代の「倫理」という科目をどんなふうに記憶していますか。大学受験のために必要な暗記科目の一つに過ぎなかったという人も多いかもしれません。

しかし、近年の高校教育では状況が変わっています。現行の高等学校学習指導要領では、従来の知識の習得に加えて、

自立した人間として他者と共によりよく生きる自己の生き方についてより深く思索する力や、現代の倫理的諸課題を解決するために倫理に関する概念や理論などを活用して,論理的に思考し、思索を深め,説明したり対話したりする力を養う。

出典:高等学校学習指導要領(平成30年告示)

と、「説明」「対話」といった言葉が明記されているのです。

すなわち倫理の授業は、従来の概念や人名といった「What」を知り、覚える場所から、それをベースに「Should」について考え、対話する場所へと変化しているということです。「Should」の重要性は、学校教育に大きな変化を迫るほどに高まってきているのです。

“正解のある世界”では、「Must」こそ大事

哲学や宗教、倫理といった分野は、現役のビジネスパーソンにとってこれまで「考えても仕方のない話」「知っていても役に立たない知識」というのが一般的な認識でした。なぜなら社会がそう思うように仕向けてきたからです。

日本の多くの企業は長く減点主義を採用してきました。自分の判断で「あるべき姿」を選んで失敗すれば、責任は個人に跳ね返ります。であれば、明文化された社内のルール(Must/Must not)を守ることは、きわめて合理的な自己防衛です。組織の一貫性を保つマネジメント層にとって、ルールの遵守はむしろ優秀さの証明でもあるのです。

問題は、その合理的な選択の積み重ねが、思わぬ副作用を生んだことにあります。それは、「正解のないグレーゾーンを自分で考え抜く筋力」が知らない間に失われていったことです。

「どうあるべきか」を考えるのは、コストがかかる

VUCA(ブーカ)の時代にあって、多様な文脈や価値観の対立を考慮に入れながら「どうあるべきか」を自ら考えるという行為は、かなりの思考コストがかかります。

だから企業はこの思考コストと、個人の判断のブレから生じるリスクを回避するため、あらゆる倫理的な問いや複雑なグレーゾーンを、白黒明確なルールに固定しました。かくして、倫理のような世界は個人が知らなくてもよく、考えなくても良いことになったのです。

しかし筋肉と同様、思考力も使わなければ衰えていきます。結果、「どうあるべきか」を考え、他者と対話を根気よく続ける力が減退していった、というわけです。

もちろんこのような力を厳密に測定することは困難ですが、デンソーやヤマハが社員を鍛え直すべくわざわざ研修の場を設けているのですから、一定以上の割合のビジネスパーソンからも失われてきていると考えて差し支えはないでしょう。

「Must」と「Should」が入り混じりがちな日本の組織

加えて日本の組織の中に色濃く漂う「空気を読む文化」が、事態を複雑にしています。日本の組織には、就業規則やコンプライアンスマニュアルといった建前上のルールの他に、同調圧力や集団規範といった、インフォーマルで強力な“常識”が根を張っています。

本来建前上のルールの方が強制力が強く、“常識”はあくまで個人の価値観や判断に委ねられるもののはず。しかし場合によっては後者の方が強制力が強いため、「Must」と「Should」が転倒することがしばしばあるのです。結果として両者が入り混じり、何が本来の正しさ(倫理)であるかの境界線がますます曖昧になっていった、というわけです。

生成AIが「Must化」を加速させる

生成AIは、資料作成やデータ集計といった「作業」を効率化するだけでなく、いまや「どう判断すべきか」という問いにまで、高度な計算と推測に基づいた、もっともらしい答えを返すようになりました。

例えば、採用や人事評価の現場を想像してみてください。AIツールが弾き出した「採用おすすめ度:A」や「この部署への配置が最適」というスコアは、本来なら一つの参考データに過ぎないはずです。しかし担当者が「本当にこの人をこのポストに据えるべきか」を考えることを放棄すると、AIの評価は採用を判断する新しいルールになります。

また、新しい事業の計画を立てる際、AIから「成功確率30%」という予測データが出てきたとします。このとき、本来であれば「たとえリスクがあっても、我が社の理念としてこの事業に挑戦すべきか」という組織の意志を議論しなければならないはずです。しかし、ここでもAIの計算した数字がルールとして機能すれば、議論は行われません。

人はラクをしたい生き物。考えなくて良い、判断しなくて良いわけですから、生成AIに頼りたくなるのも仕方がありません。もしこのまま無批判に生成AIが使われ続ければ、ますます「Must化」は加速していくでしょう。

今、あえて「非効率な対話」の時間が必要な理由

だからこそ今、あえて時間とコストをかけて組織の中に「Should」を考え、他者と対話する場を意識的に設けることが、個人にとっても企業にもとっても、重要な生存戦略になります。その理由は、現代の職場が抱える3つの課題にあります。これらを改善するために、今、あえて「非効率な対話」の時間が必要なのです。

AIと多様性による「組織の分断」

現代のビジネス現場は膨大なデータと多様化した個人の主観で構成されています。

多様性の推進により、個人の主観はかつてよりも分断が進んでいます。そのため、AIなどが出力する客観的なデータと個人の主観だけで会話を続けると、なおさら「データはこうだし、私はこう思う。あなたとは価値観が違うから、お互い干渉しないでおこう」という理屈が成り立ってしまい、職場の中での分断が深まってしまうのです。

思考トレーニング不足

このように職場での分断が深まると、組織としての進むべき方角をみんなで議論して決めることができなくなります。その結果、どれだけ実務を高速化しても、企業として致命的な選択ミスを犯しかねません。なぜなら、これまでのビジネスで優秀さとされてきた「いかに速く、低コストでやるか」という効率の競争は、いまやAIが最も得意とする領域だからです。

AIがボタン一つで最も効率的な手順を教えてくれる時代だからこそ、私たちは一歩立ち止まって、「そもそも、なぜこの事業をやるのか」「この判断は社会に対して本当に正しいのか」を熟考しなければなりません。

増加し続けるタスク

私たち人間の脳は、複数のタスクを同時に処理できるようには作られていません。自分では目の前の作業に集中しているつもりでも、許容範囲を超えたタスク量になると、頭は今手をつけていないはずのタスクについても考え続けてしまいます。

AIが生み出す大量のテキストや資料のチェック、フィードバック、承認といったタスクは、私たちの脳から考える余白を奪っていきます。するといくら思考のトレーニングをしようとしても、良い結果にはつながりません。

一流企業は哲学対話で何を話したのか?

デンソー、ヤマハが活用するのは、いずれも株式会社ShiruBeが提供する、組織課題の解決や人材育成を目的とした法人向けマネジメントプラットフォーム「哲学クラウド」です。実際に哲学対話を導入している両社では、どんな対話が行われているのでしょうか。

「幸せ」について対話するデンソー

徹底した効率主義と「ジャストインタイム」のDNAを持つデンソー(エンジン機器技術部など)の事例です。同社は当時、メンバー間で働くモチベーションが乖離しているという組織課題を抱えていました。

そこで、普段の業務上の役割や上下関係から一度距離を取り、「幸せ」というテーマで哲学対話を行いました。実務の経験値だけで話してしまいがちなベテランの上司と、新世代の若手社員が、フラットな立場でそれぞれの価値観を共有したのです。

これは、業務命令やマニュアルといった「Must」の手段では決して埋めることのできなかった、世代間の断絶を解消するアプローチとして大きな意味を持ちました。

哲学クラウド導入インタビュー:デンソー編

考え抜くことで偏見から解放される「哲学対話」の魅力

「成長」について対話するヤマハ

社内規定や評価制度といったルールを量産しがちな人事部が、自らの変革のために哲学対話を導入したのがヤマハ。メンバーの育成プログラムとして「成長」をテーマに哲学対話を実践しました。

目的は、組織にありがちな「誰かが持っている正解を要領よく探る」「空気を読んで同調する」という暗黙のルールを壊し、いつの間にかチームの中に生まれていた固定観念を打ち破ること。

成果は上々で、ルールを作る側がみずから「Should」の思考力を鍛えたことで、施策を企画する際にも、短期的な手法に偏らず、「何のためにやるのか」を熟考する風土が生まれ始めています。

哲学クラウド導入インタビュー:ヤマハ編

「正解探し」のコミュニケーションを打ち破る「哲学対話」の魅力

注意するべき落とし穴

こうした事例をリサーチし、自社への導入を検討する際に注意したいのは、ルール化への誘惑です。例えば哲学対話を「出席義務」にしたり「研修の評価対象」にしたりした瞬間、それは社員にとって新たなルールとなってしまい、主体的な思考ができなくなってしまいます。

また、知識の量や論理の強さを競い合う、従来のディベートになってしまっても意味がありません。「発言の優劣を競わない」「うまく話せなくてもいい」といった約束を遵守し、正解を出すことを求められない、自分の迷いや前提を安全に開示できる場所として維持し続けることが極めて重要な条件です。

まとめ:今こそ「Should」を問え

これからは、AIの出す最適解に寄りかかるのではなく、自らの頭で「Should(どうあるべきか)」を問い続けられるビジネスパーソンや企業だけが残っていく世の中になっていくでしょう。

学校教育を通じて「何をすべきか、何を適切な判断とするか」についての対話力を身につけてきた、これからの若い世代の企業選びでは、待遇や働き方に加えて、企業の理念がどのように語られているかも無視できない要素になりつつあります。実務がAIに代替される時代だからこそ、働く意味を再確認できるかどうかが、企業を選ぶ際の重要な判断基準になるからです。

自ら考え、Shouldを問い続ける姿勢。それこそが、これからの企業の“本当の強さ”になるはずです。

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執筆者
鈴木 直人 | HUMAN CAPITAL+ライター

あらゆる文脈で急速に「人である価値」が問い直される時代に、企業と人材の関係性の変化を探求中。現場の実践知と経営視点、ときにアートや歴史、科学の分野も渉猟しながら、新たな視点を掘り起こす。ライター歴12年。分野横断の取材を行う。