「横柄で尊大な上司」は加害者か?被害者か?【シリーズ:礼節は”旧文化”か?②】

「横柄で尊大な上司」は加害者か?被害者か?【シリーズ:礼節は

「いくら上司だからって、もうちょっと言い方ってものがあるんじゃないの?」組織に勤めていれば、大なり小なり、こんな不満を抱いたことがあるはず。でも果たしてその「横柄で尊大な上司」は、本当に“加害者”なのでしょうか。もしかすると、相手も組織が作り出した“被害者”の一人かも。本稿では組織が抱える、「“いい人”が昇進してから変わってしまう」原因を考えます。

社内チャットを開くと、未読が15件たまっていました。抱えている締切は3つ。役員からは資料の差し戻し、若手からは体調不良の相談。そこへ、部下から確認のメッセージが届きます。迷う時間はありません。指は半ば自動的に動き、こう打ち込んで送信しました。

「それ、今日中で。」

送った瞬間、ほんの少しだけ胸に引っかかりました。「そっけなかったかもしれない」。けれど、考え直す余裕はありません。次の通知が、もう画面の上で点滅しています。

シリーズ:礼節は”旧文化”か?第1回のちょっとした「無礼」が組織をダメにする理由では、この一言を、受け取った部下の側から眺めました。ちょっとした無礼が、工場の煙のように組織のリソースを静かに蝕んでいく――そんな「公害」としての側面です。

今回は視点を反転させて、上司の立場から考えてみましょう。「それ、今日中で。」と打ってしまった上司は、はたして「礼節を欠いた、横柄で尊大な人」なのでしょうか。それとも「そうせざるを得ない状況に追い込まれた人」なのでしょうか。

管理職は「罰ゲーム」である

まず、ひとつの前提を直視しましょう。いまの管理職は、かつてないほど過酷な状況に置かれています。パーソル総合研究所の調査によれば、正社員のうち「現在の会社で管理職になりたい」と答えた人は、2026年時点でわずか15.7%でした。3年前の24.0%から、7.3ポイントも下がっています。

現場の管理職の45.8%が「負担が大きい」と感じ、働き方改革が進んだ企業ほど状況は厳しく、62.1%が「自分の業務量が増えた」と答えています。部下の残業を減らした分の仕事を、上司が肩代わりしているのです。

「それなら、AIに任せればいい」と思われるかもしれません。ところが、ここに皮肉なねじれがあります。

同研究所の2026年の調査では、生成AIによる業務時間の削減効果は、平均で16.7%にのぼりました。しかし、それが労働時間全体の短縮にまでつながった人は、利用者の25.4%にとどまります。削減できた時間の61.2%は、別の日常業務へと再び吸い込まれました。

それどころか、AIが出した数字を管理し、不正確な出力を点検して手直しする――そうした「確認」と「判断」の仕事が、新たな負荷として積み上がります。生成AIを多用する人ほど残業が長い、という傾向すら報告されているのです。

労働社会学者の小林祐児氏は、こうした状況を『罰ゲーム化する管理職』と表現しましたが、実際、管理職は誰もやりたがらない、辛く、苦しい罰ゲームと化しているのです。

“いい人”が「昇進してから変わった」理由

「高い給料をもらっているんだからいいじゃないか」?
「そのことと部下への態度が横柄になるのは別問題」?
「自分の態度が原因でチームのパフォーマンスまで下げるのは、マネージャー失格」?

確かにそれも一理あるかもしれません。しかし、上司が部下に対して礼節を欠いた態度をとるのには、本人の問題だけでなく、「上司」というポジションそのものにも原因があるとしたらどうでしょうか。

余裕がなくなると、人は礼節から手放す

心理学者ホブフォルは、人は、時間や体力、そして心の余白といった「資源(リソース)」を、なるべく失わないように守ろうとする、という「資源保存理論」を提唱しました。リソースが脅かされ、バッファが急速に減少していくとき、人はそれ以上のリソースを奪われまいとして「守りの姿勢」に入ります。

そのとき真っ先に切り捨てられるのが、最もコストが高い振る舞い――つまり、相手の気持ちを想像し、言葉を選び、一文を推敲する「礼節」なのです。挨拶も、前置きも、クッションになる一言も消え、残るのは用件だけ。「それ、今日中で。」とは、まさにこの「コスパ至上主義コミュニケーション」の典型と言えます。

たとえるなら、ブレーカーです。使う電力が容量を超えた瞬間、回路は自分を守るために、非常灯以外の電気を落とす。礼節は、その「真っ先に落とされる電気」に分類されてしまうのです。罰ゲームと化した現代日本の「上司」である以上、こうした状況を避けるのは非常に難しいのが実情でしょう。

「権力」そのものが、人を無礼にする

ただでさえ礼節に気が回せなくなっている管理職たち。しかし組織心理学では、そもそも「上司」「マネージャー」といった、組織内で権力を持つポジションに立てば、人は無礼になるものである、という研究もあります。

しかも同じ研究では、そうして“無礼化”した人たちが、自分自身の無礼な言動に傷ついている、ということも明らかになっています。その研究は、2018年に学術誌『Academy of Management Journal』に掲載された、応用心理学の論文「Heavy Is the Head that Wears the Crown(王冠を戴く頭は重い)」にまとめられています。

研究チームは、100名を超える管理職に、10日間、毎日その日の心理状態を記録してもらいました。すると、次のような連鎖が見えてきたのです。まず、ある日「自分は他人に影響を与えられる」という権力の感覚を強く抱くと、他者との心理的な距離が広がります。相手の感情への配慮が薄れ、無礼な振る舞いが増えるのです。

さらに厄介なのは、その権力感が「自分は尊重されて当然だ」という期待をふくらませることです。その結果、相手のなんでもない中立的な態度までもが、「無礼だ」と歪んで見えてしまう。猜疑心が肥大化していくのです。

しかし一方で、こうして無礼に振る舞い、他者を疑った夜、リーダー自身もまた傷ついていました。心の充足感が削られ、家に帰ってもうまくくつろげなくなっていたのです。とくに本来良心的な人ほど、自分の態度への後ろめたさから、消耗が激しくなる傾向がありました。

つまり管理職は、加害者であると同時に、最大の被害者でもある。そのため「あの人は性格が悪い」「昇進してから変わっちゃったよな」という見方は、原因と結果を取り違えている可能性があると言えます。

なお、この研究では、協調性の高い人は権力の影響を受けにくい、という個人差も示されています。誰もが必ず無礼になるわけではない。けれど、そこに構造的な圧力が働いていることは、間違いないのです。

上司もまた、無礼の「感染者」である

管理職は、管理職同士の会議ややり取りを通じて、また別の管理職とコミュニケーションをとっています。場合によっては、別の管理職がその部下と話している場面に遭遇することもあるでしょう。

余裕がなくなると、人は礼節から手放し、「権力」そのものが、人を無礼にするのだとしたら、上司もまた、無礼な振る舞いを受け、目撃していることになります。この時その上司は、管理職会議や他部署から“無礼菌”を移されている可能性があります。

というのも、2016年に学術誌『Journal of Applied Psychology』で発表された「Catching Rudeness Is Like Catching a Cold(無礼は風邪のようにうつる)」という論文では、無礼な振る舞いがまるで風邪のように段階を経て広がることを明らかにしました。

第一に、無礼な言動を受けたり、ただ目撃したりするだけで、脳のなかで「敵意」や「無礼」に関する概念のネットワークが活性化します。第二に、それによって、他者の中立的で曖昧な言動までもが、「悪意」や「無礼」として過剰に解釈されるようになります。第三に、その人は無関係な第三者、たとえば部下や同僚に対して、防衛的で無礼な態度を返すようになります。

恐ろしいのは、これがたった一度きりのやりとりでも起こり、誰もが“無礼菌”の保菌者になり得るということです。しかもこうした伝染は、対面の場面だけでなく、チャットやメールといった画面越しのやりとりでも起こることも確認されています。

だから、管理職を責めても意味がない

このように見ていくと、管理職が横柄で尊大な態度をとってしまうのは、ある意味でどうしようもないと言えます。「個人の心がけ」だけでなんとかするのは、まず無理でしょう。それができる人なら、最初から部下にそんな態度を取ることもないはずです。

だから管理職を責めても、状況は良くなりません。問題を解決するためには、まず何よりも礼節を手放す元凶である「余白不足」を解消できるようなルールから設計する必要があります。軸となるのは「仕事の移譲」「即レス文化の根絶」「“無礼菌感染”の阻止」です。

管理職の仕事の一部を、部下に移譲する

2019年のリクルートワークス研究所の調査によれば、日本の管理職の約9割がプレイングマネージャー。とにかく抱えている仕事量が多いのが、日本の管理職の問題です。「とりあえず管理職が巻き取る」といったことを続けていては、いつまで経っても余白は生まれません。

そのため、まずは管理職がなし崩し的に請け負っている仕事をあぶり出すための棚卸しから始めましょう。プレイヤーとしての実務、管理の責任、部下のケア。この三重の荷物を一度すべて書き出し、段階的にでも構わないので「管理職でなければできない仕事」だけに絞り込む。そうして心と時間に余白が戻れば、防衛反応としての無礼の原因を断てるはずです。

即レス=仕事ができる、という認識を解体する

いつの間にか、「デキる人の流儀」「相手の時間を奪わないための配慮」として通用するようになった即レス文化。しかし即レスは、また別の即レスを生むため、即レス=正しい行為という図式がある以上、仕事の量は増えこそすれ、減ることはありません。

もちろん即レスによってプロジェクトの進行スピードが速くなるのは良いことですが、その結果チームのパフォーマンスが下がるようでは本末転倒です。

組織内、チーム内で即レスを求める空気をやめ、メッセージを送る側が「いつまでに、どのレベルの返信が必要なのか」を明示し、受け取る側はそれを確認したうえで対応する。言うまでもなく、これは単に「気持ちよくみんなが働くため」ではありません。「組織やチームのパフォーマンスを最大化するため」に必要な施策です。

コミュニケーションに「型」を使う

職場における「無礼」のパンデミックは、次のような段階を踏んで引き起こされます。

この時、“無礼菌”を媒介しているのは、何かしらのコミュニケーションです。そのコミュニケーションの中に無礼な振る舞いが入り込むことで、感染が拡大していきます。こうした余計な感染を起こさないために効果的なのは、定型的なコミュニケーションに「型」を用意すること。依頼や進捗確認の際に、「背景」「目的」「優先度」「期限」を埋めるフォーマットを使うのです。

そもそも「嫌な態度を取られた」「高圧的なメッセージが来た」と感じる余地をなくせば、感染のリスクを大幅に抑えることができるはずです。

まとめ:上司が偉そうなのは、上司のせいじゃない

少なくとも今の日本の状況では、管理職が偉そうになるのは、その人自身のせいではない、と言えます。

「そんなことはない。とても礼儀正しい管理職もいる!」

という声が聞こえてきそうですが、そうして問題を個人に押し付けている限り、「仕事もデキて、人間的に成熟していて、どんなに大変な状況でも人に優しくできる人間」という物語の登場人物のような人材しか、優秀な管理職にはなれないという話になってしまいます。

人材不足の時代においては、既存の人材をいかにして輝かせるかが重要です。そのためには、人間と人間が信頼という土台の上で、最大限のパフォーマンスを発揮できる仕組みを作っていかなければなりません。

その歯車の一つが、礼節です。礼節は企業にとってこれからを生き抜くための生存戦略と言えるでしょう。

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執筆者
鈴木 直人

あらゆる文脈で急速に「人である価値」が問い直される時代に、企業と人材の関係性の変化を探求中。現場の実践知と経営視点、ときにアートや歴史、科学の分野も渉猟しながら、新たな視点を掘り起こす。ライター歴12年。分野横断の取材を行う。