アルムナイ採用の「本質」ーー辞めた人が戻ってくる会社は何が違うのか?

採用難の時代。企業は求人媒体、スカウト、採用広報、リファラル採用など、さまざまな採用チャネルを広げています。近年では、退職した元社員を再び雇用する「アルムナイ採用」にも注目が集まっています。しかし「採用チャネルの数を増やす」というのは、人材不足の解決策として本当に優先的な課題なのでしょうか?採用難の時代に企業が向き合うべきなのは「入口の拡張」だけでなく、「退職という出口の再設計」かもしれません。

「採用チャネル拡大施策」の限界

人材不足が深刻化するなかで、多くの企業は「採用チャネルを広げる」方向に動いています。

  • 求人媒体を増やす
  • ダイレクトリクルーティングでスカウトメールを送る
  • 採用広報のコンテンツを充実させる
  • リファラル採用を導入する

さらに近年では、退職した元社員との再接点を目指す「アルムナイ採用」も選択肢に加わっています。

しかしこれらはすべて、あくまで人を「見つけるための手段」です。どれほど多様なチャネルを整備しても、「この会社で働きたい」と思われなければ採用には至りません。採用が決まっても、入社前に期待した環境や役割と、実際の就業体験とのあいだにギャップがあれば、定着しません。

組織心理学では、入社前後のこのギャップを「心理的契約の破綻」と呼びます。求職者は採用プロセスを通じて、給与や職場環境、成長機会について「言葉にしていない期待」を持ちます。その期待が入社後に裏切られたと感じたとき、人は静かに気持ちを切り離し、やがて離職を選びます。

採用難の本質は、人材市場に人がいないことだけではありません。自社が「選ばれ続ける会社」でいられているか、一度離れた人が「もう一度関わりたい」と思える会社でいられているか、その点が問われているのです。

アルムナイ(出戻り)採用は「企業体質の診断装置」

元社員を採用する、というのは企業にとって大きなメリットがあります。過去の仕事ぶりを双方が把握しているうえ、社内の意思決定の順番や押さえておくべき人間関係をすでに知っていますし、外部で経験を積んで戻ったのであれば、新しい視点を取り込むことも可能です。

事実、コーネル大学のJ・R・ケラー教授らによれば「出戻り組」の方が、高いパフォーマンスを発揮しやすい領域があることがわかっています。彼らがヘルスケア組織のデータを分析したところ、再入社した元社員が特に社内調整や人間関係が重要な職種で新規採用者よりも高いパフォーマンスを発揮しやすいことを示したのです。

“退職の原因”と真剣に向き合っているか?

しかし、アルムナイ採用は万能ではありません。

それを示すのが、ミズーリ大学のジョン・D・アーノルド教授らがマネージャー職1,318名(アルムナイ採用)と外部からの採用者20,850名・内部昇進者8,546名を比較した研究です。元社員は初年度こそ内部・外部採用者と同程度のパフォーマンスを示すものの、その後の成長率は内部昇進者・外部採用者の方が高くなる傾向があったのです。

また、同研究では再離職リスクが相対的に高いという指摘もあります。企業体質の改善など、退職した根本的な理由が解消されていなければ、組織へのエンゲージメントは再構築されず、同じ結末を繰り返す可能性がある、ということです。

日本企業のアルムナイ採用施策の現状

欧米の大手企業などでは一般化している退職者のネットワークと、そこからのアルムナイ採用ですが、国内でも、徐々に環境整備が進んでいます。

トヨタ自動車は480名を超える登録者を持つアルムナイネットワークを構築し、三菱UFJ銀行は2025年度からアルムナイ採用を本格化させ、ウェルカムバック制度を整えています。

サイボウズはkintone上でアルムナイコミュニティ「CIA」を運営し、協業関係も視野に入れた運用をしています。こうした動きは、アルムナイ採用が採用難時代の現実的な選択肢になりつつあることを示しています。

しかし当然ながら、制度を整えるだけで元社員が自然に戻ってくるわけではありません。アルムナイ採用が制度化されたから元社員が戻ってくるのではなく、元社員が戻りたいと思うような会社が制度を整えるから戻ってくるのです。

逆に言えば、内情を知っている元社員から戻りたいと思われない会社には、外部の採用市場からも「あそこはやめておこう」と思われる理由があるのかもしれません。

一人ひとりの人材と、それぞれの“退職の原因”と真剣に向き合い、組織として変化・改善していくことができる会社なのか?アルムナイ採用という施策は、そうした自社の体質を浮き彫りにする診断装置でもあるのです。

「どうやって採るか」より「どうやって送り出すか」を考える

「退職者とは良好な関係を保ちましょう」
「人から選ばれる会社になりましょう」
「人を大切にしましょう」

これらを理解していない経営者・人事担当者はほとんどいないでしょう。

しかし、現場は忙しい。採用・育成・評価・定着のための業務が切れ目なく続くなかで、「辞めていく人間のことにまで気を遣っていられない」と考えてしまっても仕方のない部分もあります。誰が退職者との関係構築を担うかも、曖昧なままになっている、というところも少なくないでしょう。

実際、日本の退職者のネットワークやアルムナイ採用制度の整備は遅れています。

パーソル総合研究所の調査によれば、元在籍企業に「もう一度入社したい」意向を持つ人は8.3%いますが、5年以内に実際に再入社した人は2.1%にとどまります。再入社時に年収・職位が低下しやすい処遇面の課題があり、公式な再入社制度を持つ企業は全体の8.6%に過ぎません。

再入社経路の75.7%が「人づて・縁故」に依存しているという実態も、制度整備の遅れを示しています。

しかしだからといって、いったい何から始めればいいのか?前例が少ない中で、いきなり大きな仕組みをつくろうとすると途方に暮れてしまいます。まずは、「どうやって採るか」より「どうやって送り出すか」から考えることから始めるのが現実的です。

「どうやって送り出すか」の設計

具体的には、

  • 退職面談のセッティング
  • 退職者への最後の接し方の改善
  • 退職後3〜6ヶ月でのフォロー
  • 業務委託・副業という形で再び関わるための選択肢の整備

などです。失うのは一瞬なのに、作り上げるには時間がかかるのが信頼関係。こうした小さな接点の整備と積み重ねが、将来の関係性を左右するのです。

退職面談については、ザールラント大学(ドイツ)のCJ・König氏らの研究が重要な問いを投げかけています。というのも、退職を控えた従業員の多くは、組織との摩擦を避けようとして本当の離職理由を率直に話さない傾向があるというのです。

「キャリアアップのため」と語られても、実際には評価への不満や職場の閉塞感が背景にある場合も少なくありません。この構造的な限界があるからこそ、König氏らは退職面談を「本音の情報収集の場」ではなく「最後に誠実な印象を残す場」として捉え直すことをすすめています。

  • 退職の意思決定を尊重されたか
  • これまでの貢献に感謝されたか
  • 責められることなく、次の挑戦に向けて送り出してくれたか

この「最後の体験」が元社員の記憶に長く残り、将来の関係性や、社外でその会社について話す時の言葉の質を決めていきます。アルムナイ採用を検討するなら、まず見るべきは再雇用制度の整備ではありません。退職する人に、最後にどんな体験を残しているかなのです。

退職を採用につなげるための4つのポイント

従来は“別れの場”であった退職を、雇用や協業という“再会の場”にするためには、従業員が退職の意思を明らかにしたところから、実際に手続きを終えるまでの一連のイベントを、再定義するところから始めましょう。それができれば、具体的に何をどうするべきかは自ずと見えてくるはずです。

退職を「裏切り」ではなく「選択」として扱う

かつての雇用慣行では、会社を辞める行為は「不忠義」としてネガティブに捉えられることが多くありました。退職決定後、周囲の態度が冷たくなったり、実務から外されたりする経験をした人は少なくないでしょう。

しかし、退職は会社への背信ではありません。個人がキャリアの場を移すための選択です。最後にどう扱われたか。貢献に感謝されたか。次の道を尊重されたか。退職後にその会社の話をする時、最初に思い出すのはそうした記憶です。「去り際も誠実だった」という“印象”が、将来の雇用や協業へとつながるのです。

「在籍か退職か」の0-100で考えるのをやめる

元社員との関係は、正社員として戻るか、完全に切れるかという0か100かではありません。業務委託、副業、プロジェクト単位の参画、顧客や協業パートナーとしての関係、自社に合う人材の紹介、社外からの自社ブランドの発信――組織との接点には、さまざまな形態があり得ます。

「戻るか、戻らないか」ではなく「どんな形でまた関われるか」と考え方を変えるだけで、退職後の対話の可能性は広がります。

元社員には、採用広報の美辞麗句は通用しないことを知る

当然ですが、元社員は会社の過去を知っています。組織内の意思決定のリアル、言葉と実態のずれ、何度異議を唱えても変わらない古い慣習。採用広報がどれほど洗練されていても、それが実態と一致しているかを、自分の経験に照らせばすぐに検証できます。

アルムナイ採用が機能しない会社の多くは、退職の根本的な原因が解消されていないか、退職者が「誠実に扱われた」という体験を持っていません。元社員が戻りたいと思わないとしたら、答えは外部の採用市場ではなく、自社の過去と現在の中にある。そう考えることからスタートしましょう。

退職者への態度は、現社員へのメッセージでもあると考える

退職していく同僚がどう扱われるか、あるいは扱ったかを、残った社員は注意深く見て、憶えています。

あからさまに冷たい態度をとる上司。
本人がいなくなった途端、愚痴を言い始める古株。
送別会翌日にもかかわらず、誰もその人の話をしない。

それらを目にすることで、現社員の心のなかには「自分も辞めるとき、同じように扱われるのだろう」という不安が生まれます。その不安は、組織に対する信頼感の低下に確実につながっていきます。

逆に、退職者の決断を尊重し、感謝を込めて送り出す組織であれば、残った社員も「自分も次のステージに行きたい時は、胸を張って会社に伝えられる」と安心するはず。退職者への接し方は、採用広報では届かない現社員の気持ちを、数字や言葉にならないところで動かしているのです。

まとめ:元社員が戻ってくる会社は、社外の人からも選ばれる

元社員が戻ってくる会社とは、単に再雇用制度を持つ会社ではありません。退職後も関係が切れず、「また一緒に仕事がしたい」と思われている会社です。そうした会社に共通するのは、制度が整備されているだけでなく、人が離れた後にも信頼関係が続く文化や風土が根付いている点です。

退職者との関係が良好に保たれている組織は、元社員による口コミや紹介を通じて、採用の接点が自然に広がります。「あの会社は信頼できる」という評価が、まだ接点のない求職者にも伝わっていくからです。一度離れた人が「また関わりたい」と思える会社は、まだその会社を知らない人にも、働いてみたい場所として映るからです。

採用力とは、入口で候補者を集める力だけではありません。働いた人の記憶のなかに、どれだけ信頼を残せるか。その積み重ねが、これからの採用力の根幹をつくります。

退職という出口を、感謝と誠実さで満たすことから始める。アルムナイ採用を「チャネルの一つ」として眺めるのではなく、そこに映る自社の姿を見つめ直す機会として捉えたとき、採用活動の意味は大きく変わるのです。

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執筆者
鈴木 直人

あらゆる文脈で急速に「人である価値」が問い直される時代に、企業と人材の関係性の変化を探求中。現場の実践知と経営視点、ときにアートや歴史、科学の分野も渉猟しながら、新たな視点を掘り起こす。ライター歴12年。分野横断の取材を行う。