なぜ今の若者は「求めない」「頑張らない」のか|無欲な時代のエンゲージメント設計

無欲な時代のエンゲージメント設計

出世を望まず、必要最低限の仕事だけをこなす。そんな若手像が「静かな退職」という言葉とともに語られることも珍しくなくなりました。確かに40代〜50代のミドル世代の目には、20代から30代半ばの若年層の働き方は消極的に映るかもしれません。しかし果たして本当に若者の“熱”は消えてしまったのでしょうか。本稿では、若年層が置かれている環境を彼らの目線から捉え直し、無欲な時代のエンゲージメント設計を考えます。

「タイパ重視」で「効率的」に働く若年層

近年のメディアにおける若者論の多くは、過度な出世や成長を望まず必要最低限の業務だけをこなす「静かな退職」の広がりを指摘しています。

企業や社会が提示し続ける“出世街道”などの言葉に代表される直線的な成長モデル。そんなステレオタイプに疑問を持ち、自分の心と体を必要以上にすり減らさないよう働く若年層のスタンスは、ミドル世代から「求めない」「頑張らない」若者たちとして(ともすれば溜息混じりに)見られています。

実際、一般社団法人 社会構想デザイン機構『「頑張らない世代」は本当か』でも、こうした若者の価値観の変容と採用市場におけるミスマッチが議論されています。しかしながら、様々な調査に目を通せば、今の若者たちが無欲になるのも無理はない、とも言えます。

公益財団法人日本生産性本部の「働くことの意識調査」や、株式会社トランストラクチャによる就労意識の年齢階層別分析によれば、10年前の売り手市場期に見られた「そこそこ働いて、あとはプライベートを楽しく暮らしたい」という余裕は影を潜めています。

では現在の若年層が何のために働いているのかと言えば、物価高騰や実質賃金の伸び悩み、さらには奨学金返済の負担などを見据え、「将来困らないための確実な安定収入」。生活防衛が最優先なのです。

出世はもちろん、起業なんてもってのほか。先の見えない経済で過度な責任やリスク、負担を背負うことは、自らのウェルビーイングを脅かすリスクでしかない。彼らが「求めない」のは、夢を持ったり、贅沢を望んだりできるほど社会の先行きが明るくないことに対する、彼らなりの現実的な防御反応なのです。

若者たちの実相――本当に「無欲」になったのか?

では、果たして若者たちは本当に無欲になったのでしょうか?彼らの日々の時間の使い方に目を向けると、全く異なる実相が浮かび上がってきます。

例えば、特定の趣味や「推し活」で見せる驚異的な熱量は、おおよそタイパやコスパといった言葉からは対極にあります。企業の出世競争や社内政治には見向きもせず、自分にとって価値があると感じるものに対しては、寝る間を惜しんで情報収集をし、時には地方(もしくは都心)に遠征し、月の給料の半分以上を限定グッズに注ぎ込みます。

あるいは、「半径5メートルの人間関係」や小さなコミュニティ内での信頼を維持するためにリソースの多くを割いているケースも少なくありません。

沖縄国際大学の髭白晃宜氏の分析によれば、Z世代はマクロな社会での成功や「すごい人だと思われたい」という上昇志向よりも、自分の所属するSNSのタイムラインや、身近な友人関係における調和、そして「他者との不和・衝突の回避」を重要視する傾向があることがわかっています。

「そんな狭い世界に閉じこもっていてはダメだ」
「社会に認められてこそ、ようやく一人前だ」

と思う人もいるかもしれません。しかし、彼らが徹底して個人的な世界に注力するのは、今の世の中で、健康的に、機嫌よく生きるための知恵にほかなりません。

政治やマクロ経済の変革、あるいは巨大企業の風土改革といった、個人の努力ではどうにもならない世界からは静かに退場し、その代わり、自分の手の届く範囲(趣味・身内の関係性)の幸福度を確実に最大化することに情熱を注ぎ込む。

もちろん単なる不安から動けなくなっている層がいないわけではありません。しかし若者全般が無欲になったのではなく、“熱”の向かう先が変わっただけという層が確かに存在するのです。

機能していないのは、若者か、それとも仕組みか?

スマートフォンを通じて、手の届く範囲に安くて居心地の良いコミュニティやコンテンツが溢れている若年層にとって、わざわざ会社や仕事は自分のリソースを割くほど魅力的なものとして映らなくなった。このように捉え直すと、問題は若年層の側ではなく、ミドル世代と企業が作り上げた仕組みの側にあることがわかります。

例えば年単位の下積みが前提となっているキャリアパス。これは「労働市場における自分の価値をできるだけ早く高めたい」という若者のタイパ至上主義と大きくかけはなれた世界観です。

リクルートワークス研究所が「『ゆるい職場』と若手の研究」で指摘するように、現代の若者は「単に労働時間が短くて優しいだけの職場」にいると、「ここでは自分の市場価値が上がらないのではないか」という強烈な不安に襲われます。

彼らが求める「市場価値の早期獲得」に対し、企業側が依然として「とりあえず3年は黙って下積みをしろ」という旧来の不透明な長期育成モデルを提示しているため、その時間感覚のズレがミスマッチとなり、早期離職や「静かな退職」を引き起こしているのです。

あるいは、「自分の頭で考えて行動しろ」「自分の意見を積極的に発信しろ」といった主体性や個性を強く求めるやり方も、ネット上での炎上や、コミュニティ内での「あいつは浮いている」というバッシングへの恐怖を日常的に肌で感じている若者たちからすれば、「周囲から突出すること(目立つこと)」を要請されても実行に移すのは簡単ではありません。

彼らが求めているのは、誰かを蹴落として勝者になることを求める成果主義や、上意下達の命令ではなく、お互いの個性がグラデーションのように尊重される「フラットな関係性」なのです。

【国内外の先進事例】もう一度“熱”を職場に向けてもらうために

若年層のエンゲージメントに苦心しているのは、日本の企業だけではありません。

アメリカでも「静かな退職」は喫緊の課題になっていますし、韓国では、超学歴社会でありながら、財閥系の大企業に入社できるのはごく一握りという過酷な競争社会に疲れ果てた若者たちが、恋愛、結婚、出産を諦めた(放り投げた)「三放世代」、家や人間関係、あらゆる希望を諦めた「n放世代」として新しい生き方を模索しています。

各国の企業はこのような状況を何とかしようと、様々な施策に取り組んでいます。これらの先進企業は若者をかつて自分たちが敷いたレールに戻すことを諦め、組織のOS自体を彼らの価値観へ適応させる道を選んだのです。

社内ギグ・エコノミー

欧米企業で広がる社内ギグ・エコノミー(Internal Gig Platforms)は、若年層の従業員に社内プロジェクトの自由な選択権を渡すことで、組織に縛られている感覚をリセットする仕組みです。

ユニリーバなどのグローバル企業では、所属部署の通常業務をこなしながら、社内の他部署がプラットフォーム上で公募している単発のプロジェクト(週の就業時間の15〜20%を充てる)に、個人の意志で自由に応募・参加できるシステムを90カ国・10万人規模で運用しています。

これにより、社内にいながらフリーランスのように複数の領域を行き来し、自律的に自身のキャリアポートフォリオを形成することができる、というわけです。

社内ベンチャーのインフラ化

韓国のヒョンデ自動車(Hyundai)が実施する社内ベンチャーのインフラ化は、若者の「自分の手で物事をコントロールしたい」という欲求の受け皿を社内にまるごと構築する施策と言えます。

同社では若手社員のアイデアを事業化する「H-Startups」を制度化。既存の硬直化した序列や役員の決裁ルートを一切通さずに、若手自らが主導権を握れる独自の予算と権限を付与しています。

さらに、万が一事業が失敗しても元の部署に何のリスクもなく復職できるセーフティネットを整備することで、若者が受動的な殻を破り、情熱を傾けられる新しい戦場を社内に作り出しています。

韓国は儒教思想に基づく厳しい序列社会や深刻な少子高齢化、大企業のポスト不足など、日本とよく似たボトルネックを抱えています。そのため日本企業は、ヒョンデ自動車以外の同国の企業で実践されている施策から、より多くのヒントを得られるはずです。

まとめ:真の“熱”を引き出すエンゲージメント設計

現代の若年層の「求めない、頑張らない」というスタンスは、決して若者ならではのエネルギーが失われたからではありません。それは、投資対効果の悪くなった古い社会システムに対する、至極まっとうな適応の結果なのです。

彼らを「やる気がないからダメだ」と切り捨てていては、人材不足の時代を生き抜くことはできません。会社や仕事といったコミュニティやコンテンツが、彼らにとって「リソースを投じる価値のある魅力的なものになっているか」を問い直す必要があります。

先進企業が証明しているように、彼らが安心して主導権を握り、半径5メートルの仲間とともに意味を感じられるように組織をアップデートすること。それこそが、無欲に見える世代の心の奥底にある、真の“熱”を引き出すエンゲージメント設計の第一歩なのです。

SNSシェア
執筆者
鈴木 直人

あらゆる文脈で急速に「人である価値」が問い直される時代に、企業と人材の関係性の変化を探求中。現場の実践知と経営視点、ときにアートや歴史、科学の分野も渉猟しながら、新たな視点を掘り起こす。ライター歴12年。分野横断の取材を行う。