2026年7月14日に閣議決定された第Ⅱ期AI基本計画。産業政策として報じられる本計画を人的資本の視点で読み解くと、5つのAI人材像、人的主体性(Human Agency)など、国家版の人材要件定義書という別の顔が見えてきます。経営と人事への3つの示唆を整理しました。
2026年7月14日、第Ⅱ期となる人工知能基本計画が閣議決定されました。報道の多くは投資規模と「日本AX」という新しい旗印に注目しましたが、人的資本の視点でこの計画を読むと、別の顔が見えてきます。国が初めて、AI時代に求められる人材の要件を明文化した文書として読めるのです。本稿では、計画本文と脚注を手がかりに、経営と人事が応答すべき論点を整理します。
半年で改定された国家計画。「日本AX」とは何か

2026年7月14日、政府は「人工知能基本計画」の第Ⅱ期計画を閣議決定しました。副題は「日本AX、より強く、より豊かに」です。
第Ⅰ期の計画が閣議決定されたのは2025年12月23日でした。つまり、わずか半年余りでの改定となります。この計画はAI法(人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律、令和7年法律第53号)第18条に基づく法定計画であり、計画本文には「当面は毎年変更を行う」と明記されています。国家の基本計画が毎年書き換わる前提で設計されていること自体、従来の政策文書とは性格が異なります。
半年での改定を促したのは、エージェント型AIの急速な進展です。計画は、AIが「対話による文書作成等で業務を支援するツールから、組織や社会の意思決定と実行を担える主体へと進展している」と現状を認識しています。
そのうえで掲げられたのが「AX(AIトランスフォーメーション)」です。計画における定義は、あらゆる組織で「AIを前提として意思決定や業務の進め方を根底から見直す」こと。単なるツール導入ではなく、組織の設計思想そのものの変更を求める言葉です。
AXという耳慣れない言葉に面食らうかもしれませんが、恐れる必要はありません。多くの企業や職場で目下急ピッチで進んでいる「日常業務にどのようにAIを活かすか」という検討や試行は、AXの入口そのものです。ただし計画が求める水準は、その一歩先にあります。「業務にAIを活かす」から「AIを前提に業務を組み直す」へ。同じ延長線上にありながら、問いの立て方が反転していることは重要です。
なお、規模感として、計画は2040年度までにバーティカルAI(領域特化型AI)へ23.1兆円、フィジカルAIへ10.5兆円、半導体へ68.0兆円の官民投資を想定しています。
さて本記事が注目するのは、この投資規模ではありません。計画から見えてくる「人材」のあり方です。
第4節は「国家版の人材要件定義書」である
計画の第3章は4つの節で構成されています。AI利活用の推進、AI開発力の強化、AIガバナンスの主導、そして第4節「AI社会に向けた継続的変革」です。
経営者や人事担当者が読むべきは、この第4節です。産業政策の体裁をとりながら、実質的には人材政策の文書になっているからです。
計画は、AIの利活用や開発を担う人材として5つの人材像を整理しました。
- AI適正活用人材: 基礎的なリテラシーを身につけ、適正な形でAIを利活用できる人材。「全ての国民が目指すべきもの」とされます
- AI研究開発人材: 研究者やエンジニア等、基礎研究や開発を担う高度専門人材
- AI実装人材: 汎用的なソリューションではなく、現場に適合したAIソリューションを提供する人材。「産業・行政の現場とAIの双方を理解すること」が求められます
- AIガバナンス人材: 安全・安心で信頼できるAIのためのルールや仕組みを整備・運用する人材
- AIイノベーション人材: AIを利活用して経済・社会構造の変革や付加価値の創出を行い、課題解決を先導する人材
注目すべきは2点。第一に、「全ての国民がAI適正活用人材を目指す」という射程の広さ。これは特定の職種や産業に向けた人材育成方針ではなく、国民全体を対象にした要件定義だといえます。
第二に、AXの中核と位置づけられたのが、研究開発人材ではなくAI実装人材であること。現場を理解する人材が鍵だという整理は、技術者の頭数を競争力の指標にしてきた従来のIT人材論とは一線を画します。
AI社会の入口に立つ現時点で、この5類型は人材像の論点をよく押さえた整理だといえるでしょう。ただし問われるのは、この5類型で自社の人材を説明できる企業がどれだけあるかです。これは業種を問わず、すべての企業に突きつけられた問いです。
企業が人的資本経営で取り組んできた人材ポートフォリオの定義を、国が先回りして言語化した。そう読むことも可能でしょう。しかもこの定義は「必要に応じて柔軟に見直す」とされており、毎年の計画改定とあわせて更新されていく可能性があります。つまり、人材要件が国家レベルで毎年アップデートされる時代が始まったことになります。
国が定義した「AIに代替されない力」。人的主体性(Human Agency)

第4節にはもうひとつ、見過ごせない概念が置かれています。「人的主体性(Human Agency)」です。
計画は、人とAIの協働社会に向けて「判断責任を果たす人的主体性(Human Agency)を中核に『人間力』向上を図る」と述べています。そして脚注で、人的主体性の構成要素を列挙しています。課題設定能力、判断力及び批判的思考、アカウンタビリティ、非認知能力、自己価値感等。
政策文書が「人間の力」の中身をここまで具体的に定義するのは異例です。しかも並んでいるのは、資格やプログラミングスキルではなく、判断と責任にかかわる力ばかりです。
なぜ判断と責任なのか。計画は、人の責任の在り方について現在議論されている3つの考え方を紹介しています。
- Human in the loop: 人がAIのタスク実行の流れに直接関与する仕組み
- Human on the loop: タスク実行自体はAIに任せつつ、その流れの全体設計や監視は人が担う仕組み
- Human in the lead: AIをツールとして統制し、人が意思決定や価値創出の主導権を握る仕組み
エージェント型AIが業務を自律的に回すようになると、人の仕事は「作業をすること」から「どこまでをAIに任せ、何に責任を持つかを決めること」へ移ります。その判断を担える力が人的主体性であり、これを欠いたAI導入は責任の所在の曖昧化を招く。計画がエージェント型AIのリスクとして「責任の所在の曖昧化、働き方や雇用への影響の拡大」を挙げているのは、この裏返しでしょう。
あわせて計画は、「浅慮につながるAIへの過度な依存を回避する」ことや、リベラルアーツ教育を含むAI時代にふさわしい教育の推進、オフライン学習など「AI依存により身につけるべき能力が低下しないための教育環境の整備」にも言及しています。AI推進の計画でありながら、AIに委ねすぎないための設計が同じ文書に書き込まれている。この両面性は、企業のAI活用方針を考えるうえでも示唆的です。
HUMAN CAPITAL+でも、第一人者の方々への取材を通じて、たびたび「人のあり方と可能性」という問いに向き合ってきました。研究知と実践をつなぐ論者、企業のCHRO、自律的なキャリアを歩む実践者。立場の異なる方々への取材で繰り返し浮かび上がってきたのは、人を管理の対象としてではなく、自律する主体として捉える視点です。国の計画が「人的主体性」という言葉で中核に据えたものは、まさにこの延長線上にあります。AIの進化によって、この問いは一部の先進企業のテーマから、すべての組織の前提へと引き上げられたのだといえます。
アドバンスト・エッセンシャルワーカー。賃金と人的資本が接続される
第4節の脚注には、もうひとつ注目すべき言葉があります。第Ⅰ期から引き続き掲げられている「アドバンスト・エッセンシャルワーカー」です。定義は「AIに限らずデジタル技術等も活用し現在より高い賃金を得るエッセンシャルワーカー」。
さらりと書かれていますが、定義の中に「現在より高い賃金を得る」という結果まで含まれている点は重要です。人材育成の目標が、スキルの習得ではなく処遇の向上で記述されています。政府は「職種や業務内容に応じたリ・スキリング支援」によってこの人材層の創出を目指すとしています。
これは、AI人材論がホワイトカラーやエンジニアという特定領域に閉じていないことの表れでもあります。介護、物流、建設といった現場を支える仕事こそ、フィジカルAIやバーティカルAIの実装先であり、そこで働く人の賃金が上がらなければ「日本AX」は成立しない。そういう設計思想が読み取れます。
また計画は、AIの雇用への影響について「代替性と補完性の両面から調査・分析を行い、その結果を踏まえた包括的な対策を継続的に実施する」と明記しました。「AIに仕事が奪われるか」という単純な代替論ではなく、補完性、つまりAIによって価値が上がる仕事を同時に見る枠組みです。企業が自社の業務をこの両面で棚卸しする際の、共通言語になり得ます。
経営と人事への3つの示唆
ここまで、人工知能基本計画を「人」の観点から読み解いてきました。そこから読み取れる重要な示唆をまとめておきます。
第一に、人材ポートフォリオを5類型で棚卸しすること。 自社にAI実装人材は何人いるか。AIガバナンス人材という職能を定義できているか。採用要件や等級定義にこの語彙を持ち込めるか。国の類型をそのまま使う必要はありませんが、毎年更新される国家の人材要件定義と自社の定義がどうずれているかを把握しておくことは、開示の観点からも無駄にならず、自社のAI対応力を測る意味でも重要でしょう。
第二に、「判断責任の設計」を人事の仕事にすること。 どの業務をHuman in the loopに残し、どの業務をon the loopに移し、誰がin the leadに立つのか。これはAI導入の技術論ではなく、職務設計と権限設計の問題です。エージェント型AIの導入が進むほど、「この判断は誰のものか」を定義する仕事が組織に必要になります。人的主体性とは、突き詰めればこの問いに答え続ける力のことだといえます。
第三に、リスキリングを「スキル習得」から「主体性の増進」へ再定義すること。 計画がリスキリング支援を掲げていることは事実です。しかし計画の中核に置かれたのは、ツールの操作スキルではなく、課題設定能力や批判的思考を含む人的主体性でした。研修メニューを生成AI講座で埋めることと、判断を委ねない人を育てることは、同じではありません。
これら3つの観点を持つだけでも、「効率化、合理化、生産性向上のためのAI導入」という視座から一段高いところで、AIとの付き合い方を考えられるはずです。そしてこれは、経営者だけの話ではありません。フリーランスを含めた働き手一人ひとりにとっても、キャリアの築き方へのヒントになります。時代の変化に受け身で合わせるのではなく、自ら選択し、より良い活躍の場を見出すための羅針盤として、この計画は読めるのです。
結び: 人材要件が「社会的に共有」される時代へ
人的資本経営は、これまで各社が自社の物差しで進めてきました。第Ⅱ期AI基本計画は、その物差しの少なくとも一部を、国家レベルで、毎年更新される形で提示し始めたといえます。5つの人材像も、人的主体性も、アドバンスト・エッセンシャルワーカーも、企業の外側で定義され、社会全体で共有される人材の言葉であることは明らかです。
つまり、人的資本経営が会社という枠組みを越えて広がり、注目の対象が「企業の人材」から「社会で活躍する一人ひとりの人的資本」へと移り始めたということです。企業においても、国においても、人への眼差しが同じ方向に、肯定的に変化してきた。まさに、人的資本の社会的共有の時代が始まりつつあることを示しています。
計画は毎年改定されます。来年の第Ⅲ期で人材像がどう書き換わるか。それを追うこと自体が、これからの人的資本経営の定点観測になるはずです。










