「多動力」がビジネススキルの一つとして定着してから10年弱。その結果として「考えすぎて行動できない人はダメ」とされることも。しかし彼らは本当に「行動が遅く、消極的で、仕事ができない」のでしょうか。本稿では、忙しさの中でつい切り捨てられがちな<思索>の価値について考えます。
新しい施策を話し合う会議で、参加者の意見がおおむね前向きにまとまりかけたとき、一人の部下が「もう少し考えた方がよいのではないでしょうか」と口にする。管理職としてその場にいれば、「また慎重論か」「まず動いてみなければ何もわからない」と言いたくなる場面もあるでしょう。
実際、顧客に会う、試作品を出す、小さく始めて反応を見るなど、行動によってしか得られない情報はあります。では、すぐに動けない部下は、本当に「実行力がない」だけなのでしょうか。誰も疑っていない前提に引っかかり、現状のままでは成果に届かない理由を考えている人まで、行動の速さだけで評価してよいのでしょうか。
生成AIが思考の展開を補助できるようになった今、これまで「考えすぎ」と見なされがちだった<思索>の価値を、改めて問い直す必要があります。
『多動力』ーー“考えるより先に動く”の正しさ

堀江貴文氏の『多動力』が刊行されたのは2017年です。同書は、あらゆるモノがインターネットにつながり、産業の「タテの壁」が溶けていく時代には、業界を軽やかに越える「越境者」が求められると説きました。「一つのことをコツコツとやる時代は終わった」という強い言葉も、領域を越えて動くことの価値を強く打ち出したものでした。
顧客の反応は、机上で悩み続けるより、提案を持って訪問した方が早くわかるかもしれません。新規サービスも、完璧な設計を待つより、小さく公開して改善した方がよい場面があります。失敗しても修正できる課題であれば、行動の速さは競争力です。ここまでは確かです。
しかしそれでは、行動する前に机にじっと座って、納得がいくまで考える人は、果たして「行動が遅く、消極的で、仕事ができない」のでしょうか。
“動くより先に考え抜く”の価値

イソップ寓話に、水差しの底にある水に嘴が届かなかったカラスの話があります。カラスはほかの水場を探すでもなく、水差しを倒すでもなく、石を一つずつ落として水位を上げ、最後に水を飲むことに成功します。この寓話が示しているのは、じっくりと現状を観察し、目的を達成するための方法を考え抜くことの大切さです。
本稿における<思索>も、単に考え込むことではありません。不安に囚われて判断を先延ばしすることと、見落とされた前提や失敗要因を洗い出し、実行可能な別案をつくることは異なります。
実際、英・サリー大学が行った、仕事について考え続ける状態を扱った研究では、ネガティブな感情を伴ってぐるぐると考え続ける「感情的反芻」と、問題解決へ向けて考える「問題解決的熟考」は区別されています。
多様な職業の成人労働者を対象にした研究では、前者が強い人ほど疲労感も強い一方、後者が強い人ほど疲労感は低い傾向が示されました。重要なのは、考えること自体ではなく、どのような思考を何へつなげるか、なのです。
AI時代、「考えすぎ」は組織の武器になる

ChatGPTが世に出てから数年が経ち、業務でLLM(大規模言語モデル)を使う社員は、もはや珍しい存在ではなくなりました。資料の下書き、コードの叩き台、議事録の要約、外国語のチェック。AIは、これまで人間にしかできないと思われていた知的作業を、急速に肩代わりしつつあります。
では、AIにできるのは、与えられた指示を速く形にすることだけでしょうか。実は、AIにはもう一つの役割があります。それは、人間が抱えた違和感や仮説を引き取り、別の視点や失敗パターンへ広げてみせる「思考の伴走役」としての役割です。
たとえば、社内会議で新たに1on1やリスキリング研修を導入する、という提案があったとしましょう。それを聞いたある社員が「なんとなく失敗する気がする」と感じ、その違和感をAIに投げてみる。すると、AIは「典型的な失敗パターン」「見落とされやすい前提」「比較すべき代替案」を返してきます。
たとえば1on1であれば、「全管理職が週1回実施する」という案をそのまま進めるのではなく、
- 若手の配属が多い部署でまず試行する
- 面談後に人事へ相談を接続できる窓口を設ける
- 実施回数だけでなく部下側の有用感や管理職の負荷も確認する
といった、より現実的な導入案へ組み替えられます。もちろん、AIの出力をそのまま正解として採用できるわけではありません。しかし、漠然としていた違和感は、検討すべき論点のリストへと姿を変えます。いわば前述した感情的反芻が問題解決的熟考に転じるのです。
行動に起こす前に失敗の可能性を網羅するのは、本来1人では難しい作業です。なぜなら、自分の盲点はそもそも見えないものだからです。AIは、その盲点を引き出す壁打ち相手として機能します。

もちろんAIが言っていることが常に正しいわけではありません。
だからこそ、AIが広げた仮説のうち、どれが自社の現実に当てはまり、どれが当てはまらないのかを見極める力——AIの出力を一次情報に照らして選別する能力や、自身の経験や直感に基づいて判断する能力——が、価値を持つ時代になっているのです。
そしてこの力こそ、従来「考えすぎ」と言われがちだった社員に秘められているものに他なりません。
- 誰も疑わない前提に違和感を覚える。
- 実行前に失敗の筋道を辿ってみる。
- 表面的な合意の下に潜む条件を点検する。
これまで「動きが遅い」と評価されてきたこれらの思考は、AIという伴走役を得たことで、スピーディに具体的な仮説と代替案へ変換できるようになったわけです。
AIと現実を行き来しながらアイデアや施策の精度を上げられる人材。それは人材やリソース不足が深刻化し、見切り発車をリカバリーする余力が小さくなっていく時代に、組織が手にしうる頼もしい武器となるはずです。
「考えすぎる部下」の思索力を目覚めさせる

しかし当然ですが、会議で意見を言わない部下、慎重論を口にする部下が、必ずしも思索力に長けているわけではありません。
単に発言する勇気が出ないだけかもしれません。場の空気を読みすぎているだけかもしれません。あるいは、業務を増やされたくないという防衛反応で、反対の姿勢を取っているだけかもしれません。「考えすぎ」に見える部下のすべてが、組織にまだ活かされていない力の持ち主だ、と決めつけるのは楽観的すぎます。
しかし一方で、高い思索力を秘めた部下も、「いつまで考えているんだ」「いいから黙ってやってみろ」と返されてきた職場では、自分の本来の力を発揮できていません。つまりマネジメントには、二つの作業が同時に求められます。
ただ反対しているだけの部下と、思索力の芽を持つ部下を見分けること。そして、後者の力を組織の成果へとつなげていくことです。そのとき手がかりとなるのが、マネージャー自身が普段から胸に置いておきたい、4つの“合言葉”です。

- 「何が引っかかってるんだ?」
- 「仮に失敗するとして、どこから崩れると思う?」
- 「どんな条件が揃えば、うまくいくと思う?」
- 「◯日の◯時までに、答えを用意できるか?」
いずれも、まだ言葉になっていない違和感や不安を、検討すべき論点へと言語化するための質問です。大切なのは「考えすぎること」への許可を与え、その期限を設定すること。思索力を秘めている部下であれば、最初は荒削りでも、徐々にアウトプットの質を高めていきます。やがてそれは、組織にとっての武器になるはずです。
そして重要なのは、自分の違和感や不安を意見として整理する技術を手にしたその部下は、以降の会議の場でももう黙り込むことはないでしょう。違和感を言葉にし、失敗仮説を立て、条件を設計する。そのスキームが確立されているからです。
まとめ:「行動力」「アウトプット量」だけで、人手不足は乗り越えられない
「長期かつ粘着的」
厚生労働省は「令和6年版 労働経済の分析」の中で、今なお続く多くの産業・職業における人手不足をそう表現しました。人が足りないからこそ新たな施策は必要ですが、「考える前に手を動かす」を闇雲に続ける体力が徐々に減退していっているのも事実。もちろん行動力やアウトプット量は、これからも組織にとって不可欠です。
百聞は一見にしかず。
幸運の女神(チャンスの神)には前髪しかない。
といった言葉があるように、現場でしか得られない学びも、素早くつかまなければ失われる機会もあります。しかしイソップ寓話のカラスは、ただ動きが遅かったのではありません。水差しの中の水を飲むという目的のために、じっと頭の中で条件を組み替えていたのです。
生成AIによって、<思索>は仮説や代替案として、以前より速く、具体的に、実行へ結びつけられるようになりました。「考えすぎて動けない」と見られてきた人の中に、組織がまだ活かしきれていない知性がないか。いま見直すべきなのは、部下の性格ではなく、優秀さを測る組織の物差しなのかもしれません。










