フリーランス新法がもたらすのは<発注者側の“逆”淘汰>ーー「安く、便利に」のツケを払うのは誰だ?

フリーランス新法がもたらすのは<発注者側の“逆”淘汰>

いわゆる「フリーランス新法」。その背景には「なんとなく」「今まで通り」の曖昧な取引の慣習化がありました。ところが新法施行後も、実務コストを理由に従来の契約を続けている企業も少なくありません。しかし、そうしたスタンスが長期的には自社の首を絞めかねないことに、どれだけの企業が気づいているでしょうか。

「取引条件を明示されなかったことがある」ーー44.6%。
「契約満了日の30日前までに解除の予告がなかった」ーー18.7%。

2024年11月1日の「フリーランス新法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)」の施行直前に行われた公正取引委員会・厚生労働省の合同実態調査での、フリーランスの回答結果です。

新法成立の背景には、こうした報酬や業務内容が口頭やチャットの曖昧なやり取りで決まり、ある日突然契約を切られるといった実態がありました。一人の個人として業務を受託するフリーランスと、組織として発注する事業者。その間にある交渉力・情報量の格差を見直し、健全な取引環境を整えるために誕生したのが同法です。

人的資源不足が深刻化している日本において、フリーランスとの取引が健全化し、企業の外部人材の利活用や、専門人材の流動性が高まるのは望ましいことです。ところが、この法律に対し、多くの企業は「事務負担が増える」「現場の足枷だ」とややネガティブに受け止めているのが実情です。

しかしフリーランスを「安く、便利に使える外部ソース」と考え、新法への対応を後回しにしてしまうと、実務コスト以上のしっぺ返しを受ける可能性があります。本稿では具体例を挙げながら、そうしたリスクについて解説するとともに、これからのフリーランスとの付き合い方をどのように社内で仕組み化していけば良いのかについて考えていきます。

見える化される「仕事して良い企業/してはいけない企業」

実務コスト以上のしっぺ返し、それはフリーランスに「あの会社とは仕事をしないほうがいいな」と避けられてしまうことです。これまでは、「なんとなく」や「今まで通り」で進められることも多かったフリーランスとの契約。発注企業側・フリーランス側どちらも「取引の品質」についての基準を持ち合わせていなかったからです。

フリーランス新法が行なったことの一つは、この基準の明文化です。これはすなわち、フリーランスにとっての「仕事して良い企業/してはいけない企業」が見える化されるということです。

POINT① 口約束から「証跡」へ

これまで最も多発していたトラブルは、「ちょっと追加でやっておいて(無償で)」「仕様が変わったからやり直して」といった、口頭やチャットでの曖昧な要求でした。”言った/言わない”のグレーゾーンで仕事が動き、気がつけば採算が崩れている──そんな状況です。

新法第3条は、給付内容・報酬額・支払期日などを発注時に、書面または電磁的方法で明示することを発注者に義務付けています。さらに6か月以上の取引については、第16条で「30日前までの解除予告」と「請求があった場合の理由開示」が法定義務となりました。これにより、「いつ・どんな条件で発注され、なぜ切られたのか」が、客観的な証跡(エビデンス)としてフリーランスの手元に残ります。

フリーランス同士のクローズドなコミュニティやSNSでは、

「あの会社は3条の書面を出してこない」
「16条の理由開示を求めたら、不誠実な返事が来た」

そんな具体的なクチコミが、証拠とともに流通する素地が整えられたのです。

POINT② 行政による「事業者名の実名公表」

最もわかりやすい「見える化」の例が、行政による実名公表でしょう(フリーランス・事業者間取引適正化等法勧告一覧)。公正取引委員会は、新法違反に対する勧告を行った段階で、事業者名・違反事実の概要・勧告内容を公的に実名公表する運用方針を打ち出しています。

実際に2025年6月、出版大手の小学館と光文社が、第3条の取引条件明示義務違反で初の勧告を受け、事業者名が公表されました。同年12月には結婚相談所大手のZWEIも、134名のフリーランスに対する明示違反で勧告を受けています。さらに、勧告に至らないレベルの「指導」も、施行から約1年で放送業・広告業を中心に128社に及んでいます。

情報感度の高いプロほど、新しい取引を始める前に、こうした行政の公表リストやSNS上の評判を確認します。「仕事してはいけない企業」のリストが、もはやプロの常識として共有されつつあるのです。

POINT③ フリーランス側が手にした「物差し」

もっとも本質的な変化は、フリーランス自身の頭の中で起きています。先に触れたとおり、これまでは発注企業側もフリーランス側も「取引の品質」を測る共通の物差しを持っていませんでした。だから買いたたきや無償のやり直しを迫られても、「業務委託とはこういうものだ」と諦めて泣き寝入りするケースが多かったのです。

しかし新法の施行により、彼らの頭の中に「1か月以上の取引でこれをされたら一発アウト(第5条の禁止行為)」「6か月以上なら30日前の予告と理由開示を求められる『権利』がある」という、共通の物差しがインストールされました。新法を守っているか、守っていないかで、まず仕事して良い企業と、仕事してはいけない企業を振り分けられるようになったのです。

この判断のスピードは、新法の浸透とともにますます加速していくはずです。

“今まで通り”を続ける企業を待ち受ける「逆淘汰」

これまで多くの日本企業にとって、外部人材活用の最大の動機は

  • 「簡単に発注できて、不要になればすぐ切れる」
  • 「正社員と違って福利厚生も社会保険料もかからない」

という、利便性の論理だったことは否めません。しかし、この「都合よく使い捨てる」マインドを今後も持ち続けていると、市場による「逆淘汰*」の罰が下ります。

一線級の人材ほど他社からも引く手あまたです。新法によって、どの企業が誠実な取引をしているかが口コミや行政の公表によって見えるようになると、彼らは真っ先に「自分を使い捨てる企業」を見切り、よりホワイトな協働先へとスイッチします。

すると、「簡単に切れる」発注態度を改めない企業のもとには、他社の選考からあぶれた、交渉力もスキルも限定的な人材しか集まらなくなります。結果として、こうした企業は手戻りの多さや成果物の質の低さに悩みながら、自社の競争力を自ら削っていきます。しかも、その原因が「自社の使い捨てマインド」にあることに、最後まで気づけません。

たとえば、あるソフトウェア開発プロジェクトのエンジニアAさんは、当初はクライアントのビジョンに共感し、契約のスコープを超えて深夜までシステムのエラーをカバーし、社内メンバーの技術育成まで買って出ていました。ところがある日、クライアント担当者から「採算が合わなくなったので条件を見直したい」と一方的に告げられます。

仲間だと思っていた相手から、突然ドライな金銭尺度だけで切り捨てられそうになった瞬間、Aさんの態度は変わりました。それ以降、契約書に書かれた最低限の作業だけをこなすようになり、これまで無償でカバーしていたバグや設計の粗はすべてスルー。

悲劇的なのは、クライアント側に「Aさんがどれほど自発的に動いてくれていたか」を測る仕組みがなかったことです。同社は「Aさんの質が下がった」と認識さえできないまま、プロジェクトの推進力を徐々に失っていきました。

「都合よく切れるパーツ」を求めていた企業が、実は優秀な人材側から真っ先に切り捨てられていく──これが逆淘汰の実相です。

※「逆淘汰(レモンの市場)」。ノーベル経済学賞受賞者のジョージ・アカロフが提唱した理論で、情報の非対称性がある市場では質の良い商品が去り、質の低い「不良品(レモン)」だけが残る現象を指す。

では、どうすればいいのか──「関係的契約」を仕組み化する4ステップ

ここまで読んで、こう感じた方も多いはずです。「では、具体的にどうすればいいのか」と。精神論で「フリーランスを大切にしよう」と唱えるだけでは、何も変わりません。担当者個人の善意や人柄に頼った関係は、担当者が変わった瞬間に崩れます。必要なのは、誠実さを”仕組み”として組織に埋め込むことです。

近年の組織ガバナンス研究は、書面による「契約的ガバナンス(厳密なルール設定)」と、信頼に基づく「関係的ガバナンス(対話)」が、対立ではなく補完関係にあることを示しています。責任と業務範囲が契約書で明確だからこそ、フリーランスは「ここから先の追加作業は不当に搾取されない」と安心して創意工夫できる──そういう関係です。

ここでは、こうした「関係的契約」を組織のオペレーションに落とし込むための4ステップを紹介します。

STEP①「こう進めて」ではなく「どう進めますか?」

業務委託契約のはずなのに、進め方に細かく口を出し、稼働時間や場所を一方的に拘束する──これは「偽装請負*」として法的ペナルティの対象になるだけでなく、プロとしての誇りを深く傷つけます。発注の単位は「目的・成果物・納期」に限定し、手段はフリーランスの裁量に委ねるのが原則です。

ミーティングでも、「こう進めてください」という指示ではなく、「この目的を達成するうえで、あなたの専門性からはどんなアプローチが最適だと思いますか」という問いかけに変える。たったこれだけのことで、相手は「作業員としてしか見られていない」から「プロとしての専門性を頼られている」と認識が変わります。

※実態は「労働者派遣」であるにもかかわらず、形式上は「請負契約」や「業務委託契約」を装って働く形態のこと。本来、請負契約では「発注者が作業者に指示を出してはならない」というルールがあるため、法律(職業安定法や労働者派遣法)で禁止されている。

STEP②定期的な対話で「突然の打ち切り」を防止

「採算悪化を理由とした一方的な打ち切り」は、フリーランスにとって最も致命的な”裏切り”です。これを防ぐには、コストと成果のバランスを定期的に見直す場を設定しておく必要があります。

たとえば「四半期に一度、成果物の質・稼働時間・予算状況について、フラットに対話する時間」を業務スケジュールに組み込んでおく。これがあれば、状況が変化したとき、あるいは変化しそうなときに「ではこのタイミングで一度、お互い気持ちよく区切りをつけましょう」という納得感ある合意形成も可能になります。

「いきなり切られた」ではなく「話し合って区切った」──結末は同じでも、受ける印象は正反対になります。

STEP③「誠実さ」を事務オペレーションに組み込む

フリーランスが「この会社は不誠実だ」と判断する最大のトリガーは、現場担当者による「支払遅延」「請求書の放置」「連絡の遅さ」といった、雑な事務管理です。意外かもしれませんが、報酬の絶対額よりも、こうした事務処理の丁寧さが取引品質の評価を決めます。

これを担当者の「がんばり」や「人柄」に委ねてはいけません。業務委託管理ツールを導入し、請求書の受領確認・支払予定日のリマインドを自動通知する仕組みを整えるなど、金銭的・認知的な不安を仕組み化で排除する。それこそ、企業が示せる最大の「誠実さ」の制度設計です。

STEP④ナレッジ移転を「役割のアップデート」として組み込む

外部人材の活用が、その場しのぎの労働力の補填で終わってしまい、契約終了後に社内に何も残らない──。

これを防ぐために、契約初期から「成果物の納品だけでなく、ドキュメント化やレクチャーで社内に知見を残すこと」を業務範囲に明示しておくのは有効な手段です。しかし、ここで多くの企業が致命的なミスを犯します。「今までの作業単価のまま、ノウハウもタダで教えてね」と、発注者側の都合だけでノウハウを搾取しようとするのです。

フリーランスにとって、自らのナレッジやスキルは生計を立てるためのメシのタネ(資産)。それを社内メンバーにすべて伝授してしまえば、「自分は不要になり、契約を切られてしまうのではないか」と警戒し、ノウハウの移転を拒んだり、最低限の内容しか教えないのは極めて自然な自己防衛です。

だからこそ企業は、ナレッジ移転を一方的な搾取ではなく、フリーランス側の「役割のアップデート」として以下の仕組みとセットで設計しなければなりません。

報酬の「二階建て」設計(作業費+コンサルティング費)

単なる作業の対価にノウハウ伝授をただ乗りさせるのではなく、社内メンバーを育成・マニュアル化する「教育・コンサルティング対価」を別途上乗せして支払うことを、契約書に明示的に定義します。

作業者から「アドバイザー(監修者)」への役割シフト

「内製化が完了したら契約終了」ではなく、次のフェーズ(現場の作業から抜けた上流の監修・トラブル対応アドバイザー)への「キャリアパス」を用意します。

「実作業は社内メンバーに任せ、あなたは月数時間の監修者として、高い時間単価でアドバイザリー契約を継続する」という約束があれば、フリーランスは安心して、自身の作業時間を減らすために喜んで教育にコミットしてくれます。

「組織変革コンサルタント」としての実績ポートフォリオの提供

「単に一過性の作業をこなした人」という実績よりも、「ゼロからチームの内製化を成功させ、組織を自走させたコンサルタント」という実績のほうが、市場における彼らの価値は高まります。この経験報酬をセットで提示することで、お互いにリスペクトを持ったノウハウ還元のハッピーな合意形成と、良好で健全な取引関係の維持が可能になるのです。

まとめ:「人手の調達」から「人と人による共創」へ

今のところ、日本が抱える人的資源不足を根本から解決する方法は見つかっていません。そんな中で、フリーランス新法の施行は、企業の外部人材の利活用を推し進め、専門人材の流動性を高める大きなターニングポイントになるでしょう。

確かに、短期的に見れば、発注者側の事務負担は増えるかもしれません。しかし同時にこれは「不透明な発注・曖昧な業務範囲・短期的な買いたたき」を前提とした従来型の“人手の調達”から、相互の尊厳と信頼にもとづいた“人と人による共創”へと進化する絶好の機会でもあります。

取引条件と法令順守の姿勢を確立し、フリーランスの自律性をリスペクトしながら、金銭以上の社会的・経験的価値を共有する関係的契約を仕組み化すること。それこそが、使い捨てモデルの限界を超え、優秀な専門人材とともにイノベーションを共創し続けるための切符となるのではないでしょうか。

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執筆者
鈴木 直人

あらゆる文脈で急速に「人である価値」が問い直される時代に、企業と人材の関係性の変化を探求中。現場の実践知と経営視点、ときにアートや歴史、科学の分野も渉猟しながら、新たな視点を掘り起こす。ライター歴12年。分野横断の取材を行う。