部下の話をうまく聞けない。本音を引き出したいのに、会話がどこか表面的で終わってしまう。
こうした悩みは、多くの人事やマネージャーにとって、決して他人事ではないはずです。
2025年9月、産業技術総合研究所、情報処理推進機などが後援するHRテクノロジー大賞の第10回の受賞事例が発表されました。受賞事例は全22件。その中にはAIを活用して社員とのコミュニケーションを支援するサービスがいくつも選出されました。これらのツールは、単なるデータ分析にとどまらず、社員の感情を拾い上げ、フィードバックを行い、ときには相談相手すら担います。そして実際に、エンゲージメント向上や離職率の改善といった成果も報告されています。
ここまで来ると、こう考えるのが自然かもしれません。――もはや、人事=社員の相談窓口という従来の役割は失われつつあるのではないか、と。AIの方が、否定せず、感情的にならず、一貫した対応ができるうえ、ハラスメントのリスクもありません。確かに「聴き手」としては、人間より優れているように思えます。
では、AIが「聴く」ことを担い始めたとき、人事やマネージャーの聴き手としての仕事は、もう必要ないのでしょうか。
本稿では、第10回HRテクノロジー大賞の受賞事例を手がかりに、AI時代における人材マネジメントの変化を読み解きながら、「聴く」とは何か、そして人間に残された役割とは何かを問い直していきます。
AIはすでに「聴く力」を手に入れたか?

HRテクノロジー大賞は、人事・組織領域における優れたテクノロジーや取り組みを表彰するもので、毎年、その時代のHRのトレンドを象徴する事例が選ばれます。
第10回の受賞事例で着目したいのが、いくつかの「コミュニケーション」や「対話」に踏み込むAIシステムの登場です。
株式会社SHIFT「AIエージェント|mentai」
大賞を受賞した株式会社SHIFTの「AIエージェント|mentai」は、プロのメンター技術を学習したAIが上司と社員の間に入り、コミュニケーションの質を高めることを目的としています。
具体的には、社員とのやり取りをもとに個人の悩みを収集。別途入力されたパーソナルな情報と組み合わせて分析にかけ、上司に対して適切な面談方法を提案します。
つまり、AIが“聴き手の補助”をするのではなく、聴き手の質を底上げする役割を担っているのです。
株式会社コアバリュ「会話型AIエージェント|ValueTalk」
「ValueTalk」は注目スタートアップ賞を受賞した事例の一つで、AIとの対話を通じて従業員のコンディションをリアルタイムで解析・可視化するエージェントサービスです。
単なる数値の集計にとどまらず、従来の1on1や定期調査では見落としがちな、日々の感情や行動の変化を自動分析する点に特徴があります。
組織課題を早期に発見し、対応することで、人材定着率を向上させるサービスとして表化されています。
「話に耳を傾ける」「気持ちをくみ取る」AIたち

これら2つの事例に共通しているのは、単なる業務効率化ではなく、人と人とのコミュニケーションに介入しているという点です。
言い換えれば、これまで人間にしかできないと考えられてきた「話に耳を傾ける」「気持ちをくみ取る」といった領域に、AIが入り込んできているのです。
注目すべきは、これらの取り組みが実際に成果を上げているという点です。
「mentai」は「退職リスクを従来の約3倍の精度で検知」「AIレコメンドを活用した上司の退職防止アクションにより、退職リスクの高い社員の71.9%がポジティブに変化」したとしています。
「ValueTalk」では、導入企業における「エンゲージメントスコアの改善や離職率の低下の効果」が確認されています。
また、AIによる面談には、
- ハラスメントリスクの低減
- 感情に左右されない、一定の質のフィードバックの提供
- 関係性による「言いづらい」「伝わりづらい」の回避
といった上司・部下だけでなく、企業全体にとってのメリットもあります。
なぜAIエージェントは成果が出せるのか?

今紹介した2つのAIエージェントは、いずれも高い成果を出しています。
事実、カウンセリング、1on1、日常的な相談──多くの場面で、AIとの対話のほうが「満足度が高い」と感じるケースは確実に存在します。
ここにはどのようなメカニズムがあるのでしょうか?
「ロジャーズの三原則」の“模倣”

相手が心を開き、自分自身で問題を解決していけるような人間関係を築くための、聴き手側の基本的な態度として心理学者カール・ロジャーズが提唱した「ロジャーズの三原則」というものがあります。
ロジャーズの三原則

人間はついその日の体調や余裕がないなどの理由で、この三原則を守れないことがあります。
一方、AIはこの三原則を高い精度で模倣するので、結果として「理解されている感覚」を高い確率で成立させることが可能です。
信頼“のようなもの”の生成

AIを「人間よりも信頼できる」と感じる人が多いのには理由があります。なぜなら、そもそもAIは信頼“のようなもの”を感じられるように設計されているからです。
私たち人間は、以下の3つを満たすものを信頼する傾向があります。

実はこの3つには、OECD(経済協力開発機構)が定めた「AI原則」や、米国国立標準技術研究所(NIST)が定めた「AIリスクマネジメントフレームワーク(AI RMF)」の内容と一致する内容が見られるのです。

だからこそAIは人間よりも高い精度で、「良い聴き手」として振る舞い、信頼“のようなもの”を築くことができるので、高い成果を出すことができたのです。
人事に「聴く力」はもういらないのか?

かつて人事の仕事の一つは、確実に「従業員の相談窓口」でした。時にはプライベートな相談にも乗る、「駆け込み寺」や「母親」のようなポジションにあった人事部も少なくありません。
しかしここまでAIが進化してきた現代においては、「もはや人事担当者が相談に乗る必要はない」と感じる人も多いでしょう。
確かに、AIの相談対応は非常に優秀です。
実際ChatGPTに仕事や人生についての相談をすると、恐ろしいほど的確に話を整理してくれ、そのうえで感情にも寄り添い、次に何をするべきかを提案してくれます。
正直なところ「問題を構造化する」という点においては、友人や親、カウンセラー以上のパフォーマンスを発揮する場面も少なくありません。

しかし問題の構造化をしてもらえれば、それで人は満足できるのでしょうか?本当に「自分のことをわかってくれた、安心した」と思えるのでしょうか?
AIの言葉は正しい。なのになぜか腑に落ちない。そんな経験をした人も、中にはいるはずです。
この違和感は、おそらく気のせいなどではありません。そこにあるのは、「AIでも十分に代替できる領域がある」という事実と、「それでもなお人間にしか満たせない何かがある」という感覚の、微妙なズレなのです。
このズレこそが、今まで人事担当者が実践してきた「聴く」という行為の本質を考えるうえで、重要な手がかりになります。
AIの「きく」・人間の「きく」ーーその違いはどこにある?

「きく」と一口に言っても、その行為の中には多様な要素が含まれています。
人間とAIが人の相談を受けた時、それぞれの「きく」という行為を分解すると、下表のように整理することができます。

AIの「きく」
AIは音声またはテキストによる入力をもとに、それをアルゴリズムによって処理し、発言の要点整理・論点の構造化を行います。
そこから「学習内容にしたがえば、こう答えるのが適切である“確率が高い”」という分析をし、アドバイスなどを出力します。
2026年4月現在、この処理の精度は極めて高く、シンプルな言語情報の処理能力だけを見れば、すでに人間を上回っていると言っても過言ではありません。
そのうえ、AIは管理者の人間によって出力のルールを決められているので、
- 否定しない
- 話を遮らない
- 論点を整理して返す
- 感情に寄り添う言葉を選ぶ
など「ロジャーズの三原則」を満たした良い聴き手としての振る舞いを見せます。
この振る舞いがあまりにも“適切”なので、つい「自分の話をAIは理解している」と感じてしまいますが、あくまでこれは“聴いているように見える状態”を、極めて高い精度で生成しているに過ぎません。
人間の「きく」
一方で、人間は多くの場合、相手の話を100%漏らさずインプットできるわけではありません。話を理解できなかったり、別のことを考えてしまったりすることもあるからです。
しかし同時に、AIではインプットできない情報も大量に「聴いて」います。
- 声のトーン
- 話すスピード
- 沈黙の長さ
- 言い淀み
- その場の空気や関係性
こうした要素を含めて、私たちは「何が語られているのか」「何が語られていないか」を感じ取っているのです。
そして多くの場合、人が「わかってもらえた」と感じるのは、言葉が正確に理解されたときではありません。
言葉になっていないものが、受け取られたと感じたときです。
したがって、聴くことの本質は情報を理解することでも、言葉を処理することでもありません。
言葉になる前の意味を受け取り、相手と共有することなのです。
そしてこのプロセスは、単なるアルゴリズムでは成立せず、身体性や関係性、時間の共有といった、人間特有の要素が不可欠です。
したがって、人間の人事担当者が、人間の従業員の話に耳を傾ける時間や能力は、依然として価値を持ち続けるでしょう。少なくとも、現時点では。
まとめ:テクノロジーの進歩は「人間の価値」の試金石
18世紀後半〜19世紀、産業革命によって蒸気機関や機械が登場した結果、人間は単なる「労働力」という枠組みから抜け出し、人間の価値が「道具を操る知性」や「管理能力」にあると考えるようになりました。
20世紀半ばから後半、コンピューター革命を経て、それまで人間が行っていた様々な「計算」をコンピューターが完璧にこなすようになりました。
結果として人間の価値を、知的作業の中でも、データを使って「何を判断するか」「何を構想するか」という創造的な営みに置く時代に入ります。
そして現代、AI革命によってAIが膨大な知識の整理や論理構築、そして「聴く」という振る舞いまで身につけ始めています。
これにより、単なる「知識量」や「定型的な処理能力」は人間の価値としては陳腐化し、倫理観や共感力、そして本質的な意味での「聴く力」が、人間の真の価値として浮き彫りになっているのです。
AI革命は今後も続くでしょうし、そのあとはまた別のテクノロジーが登場するでしょう。しかしそれらは全て、今まで通り、人間の価値の試金石でしかないのです。
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