AI時代、最後に残る資本は「個人の想い(アスピレーション)」だ。サステナブルな組織の本質—博報堂DY・中島静佳氏インタビュー

「人がいなくなると、会社は潰れる」 かつてメーカーの商品企画職時代に、会社を揺るがすような大きな危機と人材流出を目の当たりにした中島静佳氏は、その原体験をこう語る。

その後、博報堂へ転じ、マーケティングの第一線で活躍してきた彼女が、2022年にサステナビリティ推進室長として受け取った辞令は、サステナビリティをグループ経営に組み込む、個人はもちろん、企業としても未知の領域。

そこから約4年。「人」が資本の広告業界において、多様な人材を生かすことは業界の生き残りの必須条件。グループ全体の意識改革にいかに挑んできたのか。そして、AIが台頭する時代に人間が発揮すべき力とは。

経営視点と現場のリアリティを行き来しながら語られる、サステナビリティから見る人的資本経営の実践論。

中島静佳氏プロフィール

博報堂DYホールディングス サステナビリティ推進室 室長

メーカーでの商品企画業務を経て、2004年に博報堂へ入社。化粧品、金融、飲料など幅広い業種のマーケティング業務に従事した後、2022年4月より現職。現在は、グループのサステナビリティ「人を中心としたサステナビリティ経営」を目指し、DEI(多様性・公平性・包摂)の推進や環境、社会貢献活動などのグループ活動を牽引している。

多様性の原点は、現場で感じた「温度」と「肌感覚」

—まずは中島さんのキャリアの原点についてお聞かせください。新卒ではメーカーに入られたそうですね。

1993年に新卒でメーカーに入社し、約十数年間、商品企画を担当しました。当時はまだ女性の総合職が珍しい時代でしたが、自分の視点をうまく生かしてもらいながら育てていただいたなと思っています。

メーカーって、本当に面白いんですよ。やっぱり裾野が広い産業なので、多様性がすごいんです。 研究室には博士たちがいる一方で、デザインの現場に行くと、すごい職人みたいな人がいる。学歴とか関係なく、たたき上げの人もいれば、外国籍の方もいる。 商品企画の仕事は、そういう上流の人たちから、実際に生産する工場の方、そして最後にお客様に向き合うセールスの方まで、あらゆる人と関わるんです。その中で「多様な視点」みたいなものはすごく培われたかなと思います。

—机上ではなく、現場の多様性に触れてこられたんですね。

そうですね。私自身、人が好きで、上司からも「行って聞いてこい」と言われていたので、いろんな現場に行く機会が多かったです。現地に行って見ると、「あ、だからこういう機能がいるんだ」といったことが、肌感覚でわかる。「肌感(はだかん)」がないとプランニングもできないので、現地に行って、直接人からパワーをもらって理解する、ということの繰り返しでした。

「人がいなくなると会社は潰れる」という原体験

—しかし、そこで会社を揺るがすような大きな出来事に直面することになります。

あれは本当に大きな試練でした。会社に行くとテレビ局の人がいて、インタビューされているのを横目に見ながら出社するような状況で。 何より辛かったのは、一緒に頑張っている仲間たちがどんどん辞めていくことでした。チームごとどこかへ行ってしまったり、尊敬している先輩がいなくなってしまったり。 当時私は30歳を過ぎて、仕事が回せるようになってきた一番働ける時期。「私のこの時期をどうしていこうか」という気持ちにもなりました。

その時に痛感したのは、「人がいなくなったら会社って潰れるんだな」ということです。 単に頭数がいればいいわけじゃなくて、チームの中で「こういう商品にするんだ」という思いを持ったリーダーがいなくなってしまうと、プロジェクトは存続しない。多様な才能をもったメンバーがかけてしまうと、それも回らなくなる。能力がある人を外から連れてきても、カルチャーまではすぐに作れない。 BtoCのような人肌感のある業界では、作り手の「エゴ」や「思い」がすごく大事なんです。そういう人が抜けると、本当にカルチャーが全部変わってしまうという怖さを感じました。

マーケティングとは「愛されつづける仕組み」を作ること

—その後、博報堂へ転職されました。マーケティングとサステナビリティ、中島さんの中ではどう繋がっているのでしょうか。

若い頃に上司から言われていたのは、「マーケティングとは売れ続ける仕組みを作ることだ」という定義です。一発のキャンペーンで当てたり、一過性の消費をつくるのではなく、ロングセラーになること。それが人々の生活を変えるんだと。 なので、私の中ではマーケティングの本質はずっと「サステナブルなこと」だと思っているんです。

メーカー側にいた時は「売れ続ける」と言っていましたが、こちらに来てからは「使い手側が、使い続ける=愛され続ける仕組み」だなと言っています。 長く使われることによって、ライフスタイルができるんです。そうやって社会像の変化に寄与していくことも含めて、マーケティングなんですよね。

広範なミッションから、「人が中心のサステナビリティ」を考える

—2022年に現在のサステナビリティ推進室長に着任された経緯は?

晴天の霹靂でした。当時、私はマーケティング局にいたこともあり、予想外の人事でした。 しかも辞令に記されていたのは「環境、人権、サプライチェーン、DE&I」といった項目のみ。広範なテーマだけが示され、具体的な進め方は「君に任せる」と大きく委ねられた状態でした。

—そこからどう動き出したのですか?

まず取り組んだのは「経営としての基盤を作る」こと。現場の個人の思いだけではなく、経営課題として判断し、動かす仕組みを作ることです。 グループ約450社、約2万9000人に対しての方向付けを作るにあたり、例えば「人権方針」もゼロから策定しました。

ここで重要だったのは、過重労働やハラスメントなどの基本的な人権侵害の防止だけでなく、「博報堂DYグループらしい人権課題」とは何かを定義することです。 私たちはコミュニケーションを生業にしています。だからこそ、「私たちが作るCMで人を傷つけてしまうこと」や「情報の取り扱い」など、社会への影響力こそが、最大の人権リスクになるよね、と。 そこを定義するために、外部の専門家の知見も借りましたが、社内の多様な声を聞くことにも時間をかけました。

—具体的にはどのようなプロセスで?

DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)の方針策定では、当時、組合員などから「管理職は男性しかいない」と厳しい意見が出ていた背景もあったので、若手や将来のリーダー世代(30代・40代)、シニアも入れたワーキンググループを作りました。いまの経営陣が若い時とは、会社のポートフォリオ拡大に伴い、職種や人材、ライフとワークの関係も大きく変わってきている。営業、クリエイティブ、テクノロジー系、また新卒入社、中途入社など、職種も背景も違う多様な社員にヒアリングをして、そこから課題を抽出して構造化していく。多様な価値観を聞きながら、マーケティングの戦略プランニングのような作業でまとめていきました。

当社グループは、人しかいない。環境も、サプライチェーンも、DE&Iも、人が人としてどう企業や社会や生活者に働きかけるかで大きく変わる。だからこそ、「人が中心のサステナビリティ」を掲げています。

「理論とロマン」だけでは動かない。ファクトの大切さ

—そこからどのように経営層を説得し、意識変革を進めていったのでしょうか。

「理論とロマン」も大事ですが、経営を動かすにはやっぱり「ファクト(事実)」です。数字で見せることがすごく大事。

例えば、「なぜ女性管理職比率が低いのか?」という話になった時、データを分析すると、同じ実力・同じランクの社員を比較しても、男性と女性の昇格率に明確に差があったんです。公正にやっているはずなのに、なぜか昇格率が違う。 そこを深掘りしていくと、「やっぱり女性にこういう仕事はさせちゃいけない」「ママだから出張してもらうのはやめておこう」といった、アンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)が見えてきました。

—良かれと思っての配慮が、結果としてキャリアの壁になっていたと。

そうです。でも、感情論で訴えても響きません。 だから、淡々とデータをつなげてシミュレーションを見せました。「このままいくと、数字はここまでしか伸びません。自然増では絶対に目標に届かないんです」と。 「制度だけあっても、風土が変わらないと使われないものになる」と経営層に話をしました。そして、「働きやすさ」「働きがい」「全員活躍」というシンプルな言葉にして、ここが課題だからこれをやります、とブレイクダウンしていきました。

「方針・制度・施策・風土」の四位一体で攻める

—組織風土の改革は、やはりトップダウンで進めていくものなのでしょうか?

いえ、上と下の両方が必要です。私たちは、ホールディングスと事業会社に分かれていて、 難しいのは、グループ会社によって性格が全然違うことなんですよ。例えば、博報堂は昔から「これやりたい!」がある人が多いので、現場から「こういうことやりたいです!」とどんどん手挙げする人が出てくる。でも、勢いはあるけど仕組みになっていなくて、続けることができなかったりする。会社によってもカラーは違うので、ホールディングスとして方向性を決めながら、各事業会社らしく実行をしてもらうこと、そこが難しいなと思っています。

だから私は、「方針」と「制度」と「施策」と「風土」の4つに分けて考えています。

—「方針・制度・施策・風土」ですか。

はい。方針は、経営としての約束や方向づけ。ガバナンスとして重要で、長期的なものなので、グループ全体で共通の基盤としてしっかり作ります。「制度」というのは、運用する会社の中の必要な人が受け取れるもの。一方で、「施策」というのは、各社のカルチャーに合わせて柔軟に変えていくものです。

例えば「男性育休100%」という方針はグループ共通ですが、各社によって制度は少しずつ違う。また、それを浸透させるための「施策」は会社によって全然違うアプローチになります。例えばある会社では、制度が豊富なのに伝わっていないという課題から、「育休のすべてがわかる本」を作りました。また他の会社では、誰かが育休を取る時、チームのみんなが快く送り出せるような「インセンティブ」をチームに支給する仕組みをつくったりしています。

—なるほど。目的は同じでも、「制度」やカルチャーによって効く「施策」は違うと。

そうなんです。「施策」のレベルではやり方はそれぞれ違っていい。でも、「制度」として男性育休は保証されているし、「風土」としてそれを応援しようという空気を作っていく。 この「方針・制度・施策・風土」をセットで回していくことが、現場を動かす上ではすごく重要だなと思っています。

多様なリーダーのロールモデルを作る

—4年目を迎えて、手応えはいかがですか?

ようやく経営として回り出した手応えはあります。 各社の経営企画担当役員をサステナビリティ担当として決め、その下にE(環境)・S(社会)・G(ガバナンス)別に局長クラスの実行責任者を置いています。ダイバーシティなどのテーマでは現場担当者レベルの勉強会も行うことで、グループ全体で歯車が噛み合って回り始めました。 最初は「何やるんだろう」と思っていた状態から、課題がフォーカスされ、「仲間との学び合い」などができてきたのが大きいですね。

—今後はどうなっていきますか?

サステナビリティのテーマは多岐にわたりますが、これからは社員への浸透が大切だと思っています。 例えば、女性のリーダーはまだまだ少ない。男性に比べて、女性は「私なんて無理」とか「私なんてお呼びじゃない」と考える人も多いのですが、その原因の一つに、上を見ると「圧倒的なパワー型」の女性管理職が多く活躍している、という状況がありまして。

—パワー型、ですか(笑)。

ええ、私を含めてなんですけど(笑)。 私たちの世代って、男性社会の中で「人の3倍やって、3倍速で」みたいな気概で生き残ってきたタイプが多いので、どうしても圧が強いんですよ。 それを見た若手の女性たちが、ハードルの高さを感じて「あんな風にはなれないし、なりたくない」と思ってしまうこともある。 男性はいろんなパターンがいるのに、女性はワンパターンにとらえられがち。だから、「いろんなパターンのリーダーがいるんだよ」と見せていくことが大事なんです。カリスマ型もいれば、調整型もいるし、話を聞くのが上手な人もいる。多様なロールモデルを見せて、「私にもできるかも」と思ってもらう。共育ての時代、男性だって子育てに参加するし、シニアも増える。これからは、その多様性をビジネスの力に変えていくフェーズだと思っています。

AI時代、最後に残る原動力「アスピレーション」

—少し視点を変えて、これからの「人」の可能性についてお伺いします。AIが台頭する中で、人間が発揮すべき力とは何だとお考えですか?

作業はAIがやってくれるようになっても、どういう方向に持っていくのかを決めるのは「人」ですよね。プロンプトを入れるのも人ですし。 博報堂DYグループは「生活者、企業、社会。それぞれの内なる想いを解き放ち、 時代をひらく力にする。Aspirations Unleashed(アスピレーションズ・アンリーシュド)」というパーパスを掲げていますが、まさにその「アスピレーション(志)」や「好き」「やりたい」という思いが原動力になって、これからの変化を作っていくのだと思います。

社会貢献活動の時の出来事ですが、小学校で「暗闇の中で遊びを作ろう」という授業をやったんです。その時に、子供たちに「好きな遊びは何?」と聞くと、みんな「鬼ごっこ」と言うんです。 でも、「鬼ごっこのどこが好きなの?」と深掘りして聞くと、みんな答えが違う。「かけっこができるのが好き」な子もいれば、「捕まえるのが楽しい」という子もいる。 そうやって「好きのポイント」を掘り下げていくと、元は同じ鬼ごっこでも、全く違う新しい遊びが30個くらいできるんです。

—面白いですね。「好き」の解像度がクリエイティビティに繋がる。

そうなんです。結局、その人の「好きなもの」や「やりたいこと」が、次の新しいアイデアを発想する原動力になる。 会社はシステムなので、その一人ひとりの個人の強さを、どう組織の強さに変えていくか。それができたらいいなと思っています。

日本は「転がり出したら止まらない」強さがある

—最後に、これからの日本社会についてどうお考えですか。

「日本は暗い」ってよく言われますけど、そんなにダメなのかな?と私は思っていて。安全だし、綺麗だし、勤勉だし。自信を取り戻せばいいのになと思うんです。 日本って、一度転がり出すと、めちゃくちゃ真面目にやるから早いじゃないですか。レジ袋だって、みんな持たなくなりましたし。 多様性の推進も、人口減少社会の中で、やらないという選択肢はない。一度「やるぞ」となれば、日本はできるんじゃないかなと思います。

そのために必要なのは、個人の「キャリアオーナーシップ」だと思います。 これまでは会社や組織にキャリアを委ねてきましたが、これからは「次ここに行きたいからこれを勉強しよう」という、個人の「やりたい」が出てこないと、リスキリングも意味がない。 フリーランスか組織かという極端な二択ではなく、もっとシームレスに行き来できる選択肢が増えればいいですね。

—これから組織風土改革を始めたいと思っている経営者の方に、アドバイスをお願いします。

「事実を探求すること」です。 自分が思っていることと、本当の事実はズレていることが多い。アンコンシャス・バイアスも含めて。 まずは数字で見たり、人に話を聞いたりして、「ギャップ」を見つける。そのギャップの中にこそ、本質的で大きな打ち手のヒントがあると思います。

【編集後記】「正論」と「現場」の間に橋を架ける

「理論とロマンだけでは、人は動かない。ファクト(事実)が大切」 中島氏の言葉は、人的資本経営や組織変革に取り組む多くのリーダーにとって、強く響くものだと思います。

サステナビリティやDEIの推進は、ともすれば「あるべき論(正論)」や「きれいごと(ロマン)」として語られがちです。しかし、中島氏のアプローチは徹底して「マーケティング的」で実戦的でした。 対象(社員・組織)を深く観察し、データという「ファクト」で現状のギャップを可視化し、「方針・制度・施策・風土」という四位一体のフレームワークで介入していく。その手際は、組織を動かすための、極めてロジカルな戦略だといえます。

一方で、その戦略の根底には、メーカーの現場で培った、「人間の営み」への温かい眼差しがあります。 AIが台頭するいまだからこそ、個人の「好き(アスピレーション)」こそが最大の資本になる。そんな時代に、 組織のOSを書き換えるという壮大な挑戦は、実は一人ひとりの「小さな違和感」や「偏愛」を見逃さないことから始まるのかもしれません。

「ファクト=数字」と、現場への「熱い想いのこもった想像力」。この両輪を回すことこそが、人的資本経営を進めていくエンジンだといえるでしょう。

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執筆者
HUMAN CAPITAL + 編集部

「HUMAN CAPITAL +」の編集部です。 社会変化を見据えた経営・人材戦略へのヒントから、明日から実践できる人事向けノウハウまで、<これからの人的資本>の活用により、企業を成長に導く情報をお届けします。

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