2026年2月の衆院選後に発足した第2次高市内閣では、働き方改革の「総点検」が掲げられ、その文脈で裁量労働制の見直しが再び注目を集めています。
ただ、このテーマは議論が「賛成か反対か」に寄りやすい一方で、本当に重要なのは制度の言葉そのものではなく、どのような条件で運用されるのか、つまり「運用設計」の中身です。裁量労働制は、時間で測りにくい仕事の増加に対応するための選択肢になり得ますが、みなし労働時間の仕組み上、『定額働かせ放題』という批判が繰り返し生まれてきたのも事実です。
そこで本記事では、裁量労働制の基本を確認したうえで、批判が生まれる構造を4つの条件に分解し、見直し議論で点検すべき論点を整理していきます。
裁量労働制とは何か
2026年2月の衆院選後に発足した第2次高市内閣は、働き方改革の「総点検」を掲げています。報道では、その一環として裁量労働制の見直しが検討され、施政方針演説の原案にも盛り込む方向で調整していると伝えられています。
このニュースは一定の注目を集め、どうしても「賛否」の結論からの話題になりがちではあります。しかし重要なのは、この動きから「裁量労働制」や「働き方そのもの」への関心をもち、論点を深く知ることでしょう。
そこで本記事では、裁量労働制をめぐる議論の経緯をまとめながら、今後注目すべき論点を整理します。
まず用語の点検から始めましょう。「裁量労働制」は、実際に働いた時間ではなく、あらかじめ労使で定めた「みなし労働時間」を働いたものとして賃金計算をする仕組みを指します。
たとえば「みなし1日8時間」と定めれば、実際が4時間でも8時間働いた扱いになり、10時間かかっても原則は8時間働いた扱いになります。制度の狙いは「時間で縛る」よりも、仕事の進め方や時間配分を本人の裁量に委ね、職務特性に合う働き方を成立させることにあります。
裁量労働制は「時間で測れない仕事が増えた」から生まれた
裁量労働制が想定しているのは、企画・立案・調査・分析・設計など、成果までのプロセスに試行錯誤が伴い、「時間の長さ」だけで価値を測りにくい仕事です。こうした職務に、細かい時間管理をそのまま当てはめると、形式的な残業削減や暗黙の帳尻合わせが増えて、かえって生産性が落ちることがあります。
うまく運用できれば、働く側には時間配分の自由度が生まれるので、集中すべき時間を設計しやすくなり、生活との両立や学習の時間確保もしやすいというメリットがあります。企業側も、成果に直結するプロセス設計や専門性の発揮を促しやすいというメリットがあり、これらが裁量労働制のポジティブな側面だと言えます。
必ず出る「定額働かせ放題」批判は、どこから生まれるのか
裁量労働制が話題になるたびにしばしば使われる言葉があります。「定額働かせ放題」です。言葉からも、強い批判性が感じられますが、これは感情論で出てきている批判ではないことは注目すべきポイントです。
裁量労働制は、その制度上、みなし労働時間を採用する以上、「業務が膨らんでも賃金が自動的に増えるとは限らない」構造があるからです。
ここがこの制度の一番重要なポイントだといえます。
裁量労働制そのものが直ちに悪いのではなく、次の条件が重なると、制度が「裁量」ではなく、企業側に偏って運用されるリスクが高まります。
- 誰が対象になるかが曖昧になる
本来は裁量が必要な職務に限定されるべきなのに、範囲が広がるほど「裁量の実態が薄い」人まで巻き込みやすくなります。 - 同意が形式化する
紙の同意があっても、断りづらい/撤回しづらい空気があると実質的には自由ではありません。2024年4月以降は、本人同意、同意しない場合の不利益取扱いをしないこと、同意撤回の手続きなどを協定・決議に明記することが求められていますが、要件を満たしていても運用が伴わなければ形だけの同意になってしまいます。 - 健康確保がチェックにとどまる
成果目標や納期が過大であれば、自己申告の休息は崩れ、見えない長時間化が起きます。健康確保は勤怠の話だけでなく、成果設計(何をいつまでに)とセットで扱わないと意味をなしません。 - 評価がブラックボックスになる
労働時間という指標から距離を取るほど、成果の定義・期待値・フィードバック・異議申立てのプロセスが明確である必要があります。それらが曖昧だと、不信と圧力が増幅することになり、働きにくさが生まれていきます。
つまり『定額働かせ放題』批判の本質は、「みなし時間×強い成果プレッシャー×力関係の非対称×評価不透明」が結びついたときに起きる、構造的なリスクの指摘だというわけです。
働き方改革のこれまで:上限規制がつくった境界線
2018年成立の働き方改革関連法を受け、2019年4月から時間外労働の上限規制が施行されました。残業の上限を原則「月45時間・年360時間」とし、特別条項でも年720時間以内、(休日労働を含む)月100時間未満、複数月平均80時間以内などの条件を課す枠組みです。
この枠組みは単なる「規制強化」というわけではなく、健康被害や過労死リスクを社会としてどう扱うかという価値判断の積み上げで生まれたものです。
一方で、成果と時間が単純に比例しない仕事、繁閑差が大きい現場、専門職の働き方など、時間管理だけでは解けない課題も残りました。そこで「働き方の柔軟性」側の議論も出て、様々な論点もあがりました。裁量労働制の見直しが焦点になる背景には、この働き方改革の未解決領域があります。
今回の論点:見直しが進むなら、何を点検すべきか
報道ベースでは、拡充も視野に入った検討が加速する可能性が指摘されています。だからこそ、賛否を急ぐよりも、次の問いを広く議論する必要があるでしょう。
論点1:入口設計をどう絞るのか
対象業務の拡大に踏み込むならば、「裁量が必要な仕事」の定義を、肩書きや職種名ではなく実態(プロセスの裁量・時間配分の裁量)で示せるかがポイントになります。入口が曖昧な制度は、現場で必ず濫用される、という懸念をもつべきです。
論点2:同意と撤回は、本当に機能するのか
2024年の労働基準法改正で、同意・不利益取扱い禁止・撤回手続きの整備は要件として強化されました。
しかし本当に問われるのは、撤回が昇進・評価・配置などに影響しない仕組みを、企業が説明責任として負えるかどうかでしょう。企業側と働き手の地位が実質的に対等でない状況ほど、制度が壊れやすいことは自明でしょう。
論点3:健康確保を担保できるのか
健康の確保は「残業の計測」だけでは十分ではありません。成果目標の設計が過大なら、長時間化は避けられないでしょう。制度の柔軟化を語るなら、健康の確保をおまけにせず、制度の中心要件として置く必要があります。
論点4:評価の透明性を、どこまで義務として扱うのか
裁量労働制は評価の透明性が人的資本の信頼基盤になります。成果定義、期待値、フィードバック頻度、異議申立てのフロー。この整備が弱い企業においては、裁量は自由ではなく圧力になってしまうでしょう。
人材を「社会の基盤」として捉え直す
ここで、新たな視点を提示したいと思います。従業員、すなわち人的資本を「企業の内部資産」としてだけで捉えると、制度見直しは短期の労働投入を増やす方向に回収されてしまうでしょう。
しかし健康悪化や離職が増えれば、生産性は中長期で落ち、社会全体の活力も小さくなります。
だからこそ必要なのが、人材を「社会の基盤」として捉え直す視点です。私たちはこの視点を「人的資本の社会的共有」と呼んでいます。言い換えるなら、個人が積み上げたスキル・経験・信頼が、特定の企業の中で消費されるのではなく、本人の人生と社会の側に、蓄積されていく状況をつくることです。
この観点に立つと、この政策の軸を変えて見ることができるでしょう。
つまり、「柔軟化でどれだけ働ける人を増やすか」ではなく、柔軟化によって、学習・熟達・越境が促進され、長く働ける状態が増えるのか。逆に、健康悪化や離職が増えて社会的コストが膨らむのか。企業側も同じです。裁量を与えるなら、成果設計・評価透明性・健康確保を会社の説明責任として引き受けられるのか。ここができる企業だけが、裁量労働制をポジティブな制度として成立させられるはずです。
争点は「制度」ではなく「運用」
裁量労働制は、専門性の発揮と働き方の自由度を高め得る制度です。しかし、入口が曖昧で、同意が形式化し、健康確保が弱く、評価が不透明であれば、『定額働かせ放題』という批判が現実のものになります。今回の総点検で見るべきは、この分岐点でしょう。
成長戦略と人的資本は、本来は両立できます。ただしそれは、短期の労働投入を増やす設計ではなく、働く人の習熟と再生産に投資する設計であることが前提です。裁量労働制の見直しが、自由を広げるのか、それとも圧力を強めるのか。
制度そのものを単純に賛否するのではなく、その狙いや運用設計も含めて、どのようなものだと個人にとっても、企業にとっても、ひいては社会にとっても良いものになるかを考えていくことが重要です。
即戦力人材の採用にお困りではありませんか?ハイスキルなフリーランス人材をスムーズに採用できる【テックビズ】
テックビズでは「ITエンジニア」「人事HR」「経理ファイナンス」領域にて優秀なフリーランス人材をご紹介しています。スキルのみならず人柄も踏まえ、企業様にマッチした人材を、最短で即日ご紹介できます。即戦力人材の採用にお困りの企業様は、ぜひお気軽にご相談ください。








