新人の「研修資料SNS投稿」を非常識で終わらせない──世代間の情報感覚ギャップに向き合うマネージャーの条件

「こんなことまで注意喚起しないといけないのか」──2026年4月の川崎市の事案に対して、多くのマネージャーがこう感じたはずです。しかしその感覚こそ、指導する側が自覚すべき盲点を映し出しているのではないでしょうか。新人職員の軽率な行動として処理する前に、30代以上の管理職・指導係が向き合うべき問いが、この一件には含まれています。

川崎市の研修資料SNS投稿事案が示すもの

2026年4月、川崎市の新規採用職員が、LINEのオープンチャットに研修用資料の写真を投稿しました。資料には研修の日程や目的のほか、外部講師の氏名・勤務先も写り込んでいたとされています。情報はさらにXへと転載され、外部に拡散しました。

4月20日の記者会見で、福田紀彦市長はこう語っています。「若い人の感覚ということではなく、こんなことまで注意喚起を促さなくちゃいけないのかと、正直驚きを隠せない」。

30代以上のマネージャーであれば、この言葉に深くうなずいた人も多いでしょう。業務資料を不特定多数が見られる場に投稿する行為は、確かに軽率です。個人情報の取り扱いに対する認識の甘さは、当然問われるべきことです。

ただし、その「驚き」を当然のこととして受け取った瞬間、私たちは大切なことを見落とします。問われるべきは、新人職員の認識だけではありません。「なぜそれが問題なのか」が、組織の中で言語化・共有されていなかったという構造的な問題があります。

SNS世代と上の世代で「常識」が違う理由

今の若い世代は、LINE・X・TikTok・・・など、複数のSNSを日常的に使い分けながら育っています。わからないことや参考になる情報を、関心の近い人たちとすぐに共有する文化の中にいた人にとって、「これは内部資料だからシェアしてはいけない」という判断は、明示されなければ自然には身につきません。

問題の本質は、1つの職場に「情報は守るもの」という文化と「情報は共有するもの」という文化が共存しているにもかかわらず、その差異が言語化されていないことにあります。

「普通わかるだろう」「社会人なら常識だろう」「そこまで言わないといけないのか」。一見もっともらしいこれらの言葉は、裏を返せば、指導する側が自分たちの前提を言語化することを怠っているということでもあります。

政府機関等のサイバーセキュリティ対策の統一基準でも、情報の格付や取扱制限を明示することが求められています。つまり情報の扱いは「空気で察するもの」ではなく、扱う人が理解できる形で示すべきものなのです。

管理職が若手の視点を見落とす、心理的な理由

では、指導する側が意識を変えれば解決するのでしょうか。そう簡単ではありません。

社会心理学者アダム・ガリンスキーらの研究によれば、権力を持つ立場に置かれた人ほど、自発的に他者の視点に立とうとする傾向が低下しやすいことが示されています。「教える側」に立った瞬間、相手がどのような前提で世界を見ているかを見落としやすくなる。これは個人の資質の問題ではなく、構造的に起きやすい現象です。

だからこそ、意識改革だけに頼る解決策には限界があります。必要なのは、組織の「翻訳力」と「設計力」です。

マネージャーに求められる「翻訳者」と「設計者」の役割

ここで言う「翻訳者」とは、組織の常識や暗黙知を、若い世代の論理と言葉に置き換えて説明できる人のことです。「設計者」とは、人がミスをしにくい判断基準と仕組みを組織に実装できる人のことです。

行動変容の研究者Michieらが2011年に提唱したCOM-Bモデルが示すように、ルールを教えるだけでは行動は変わりません。行動は知識だけでなく、環境と文脈によって左右されます。「禁止事項を伝える研修」ではなく、「迷ったときに判断できる仕組み」こそが必要です。

具体的な取り組みとしては、次のようなものが挙げられます。

  • 研修資料に公開範囲・撮影可否を明記する
  • LINEやSlack、Xなど各プラットフォームの公開範囲の違いを業務文脈で説明する
  • 「投稿してよいか迷ったとき」に相談できる導線を設ける
  • 判断に迷った事例を蓄積し、組織のナレッジとして更新し続ける

これらは「新人への注意喚起」ではありません。誰がいつ入ってきても機能する仕組みの構築です。NISTのインシデント対応ガイドが指摘するように、インシデントから得た教訓は組織の備えを改善するために活かされるべきものです。問題が起きるたびに「再発防止策を通達する」だけでは、その教訓は消費されるだけで蓄積されません。

リバースメンタリングで変わる、若手育成の視点

もう一点、指導層には視点の転換が求められます。

若手を「常識のない存在」として見れば、指導は説教になります。しかし、異なる情報環境の中で育ち、上の世代とは違う感覚でツールを使いこなしている存在として見れば、必要なのは一方的な教育ではなく、相互理解です。

この観点から有効なのが、リバースメンタリングという手法です。通常のメンタリングとは逆に、若手が上司や経営層に対して、ツールの使い方や情報の受け取り方を伝える取り組みです。ハーバード・ビジネス・レビューでも、若手と上級管理職が戦略的・文化的テーマについて学び合う手法として紹介されているのでご存知の方も多いかもしれません。

マネージャーが若手から学ぶべきは、各プラットフォームの機能や公開範囲の感覚、どんな伝え方なら自分ごととして受け取れるか、です。それは若者に優しく寄り添うためではなく、有効なマネジメントを実現するためです。

「脱・常識依存」の組織へ

川崎市の事案が映し出しているのは、一人の新人職員の失態ではありません。「言わなくてもわかるはず」という暗黙知への依存が、組織に長年蓄積されてきた結果とも言えます。

翻訳者として常識を言語化し、設計者として判断を可能にする仕組みを作る。そこまでして初めて、この事件は「炎上した事案」から「組織が学んだ出来事」へと変わります。

あなたの組織で「常識」と呼ばれているものは、本当に言語化されていますか?今ここで立ち止まって再検討してみるのも有効かもしれません。

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執筆者
HUMAN CAPITAL + 編集部

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