人材<管理>不要論—HRテクノロジー大賞の10年が示す、人事の<不可逆な>役割転換

「人材管理」の時代が終わりつつあります。HRテクノロジー大賞の10年が示したのは、AIによる管理の限界と、人事に求められる新たな役割——データで「正解」を出すことではなく、不確実性を引き受け、人と組織を「耕す」ことへの、不可逆な転換です。

2025年度に10回目を迎えた産業技術総合研究所、情報処理推進機構(IPA)などが後援するHRテクノロジー大賞。同賞の10年は、日本企業が「人間とデータの関係」に迷い、格闘し続けた10年でもありました。

かつて、テクノロジーは魔法の杖のように期待されていました。「人」を数値化し、システムに組み込めば、組織は時計仕掛けのように正確に動くと信じられていたのです。

しかし、現場で奮闘する皆さんは、すでに気づいているはずです。

どれほど精緻なシステムを導入しても、組織から「正解の見えない不安」や「閉塞感」が消えることはなかった。むしろ、データを集めれば集めるほど、人間の複雑さや、予測不能な感情が浮き彫りになっていく。

今こそ私たちは、これまで当たり前だと思ってきた「人材管理」という言葉そのものを疑う必要があります。

あらゆる前提が刻一刻と変わる時代において、未来を当てることは不可能です。外れ続ける予測のために、膨大なリソースを割き続ける――。

この「管理」という名の不毛な戦いから、私たちはそろそろ卒業しても良いのではないでしょうか?

HRテクノロジーの進化が最終的に私たちに突きつけたのは、効率化のテクニックではなく、「人事は、管理(コントロール)を放棄せよ」という、不可逆な役割転換の号令だったのです。

では、管理を手放した後に残る人事の役割とは、具体的に何を指すのか。この10年の変遷を辿りながら、その本質を紐解いていきましょう。

HRテクノロジーが暴いた「管理の限界」

歴代大賞が物語る、目的の変化

HRテクノロジー大賞の10年は、単なるツールの進化の歴史ではありません。そこには、日本企業が「人間と組織をどう捉えるか」という思想の変遷が刻まれています。

初期の2016年(第1回)大賞は日本オラクル、翌年は日本IBMが受賞しました。

この時期の主眼は、クラウドやビッグデータを活用した「情報の統合」と「効率的でプロアクティブな人事管理」にありました。

散らばったデータを一箇所に集め、人事が組織を正確に把握し、先手を打ってコントロールする。テクノロジーは「管理を完璧にするための杖」として期待されていたのです。

しかし、2018年(第3回)の日立製作所、2019年(第4回)の楽天と、データ活用の規模が拡大するにつれ、人事は一つの壁にぶつかります。

データを集めれば集めるほど、予測(管理)できる領域は広がるはずなのに、現場の「生身の人間」の熱量や複雑さは、数値の網の目からすり抜けていきました。

「管理」から「学習と自律」「対話」へ

転換点が鮮明になったのは2020年(第5回)、日本IBMが再び大賞を手にした「Your Learning」の取り組みです。

ここでは、AIが人を管理するのではなく、個人の「自律的な学習」を支援し、文化を醸成することに焦点が移っています。

続くニトリホールディングス(第6回)やソニーグループ(第7回)でも、キーワードは「個人の好奇心」や「知と経験のダイバーシティ」へとシフトしました。

さらには2023年(第8回)の双日が掲げた「データ×対話」、そして2024年(第9回)のデンソー、2025年(第10回)のSHIFTが示した「生成AIと人間(上司)の協働」。

これらの企業が目指しているのは、上から下を管理することではなく、個人の可能性を解き放ち、組織と個人の成長を促す土壌をつくることです。

テクノロジーは「未来の正解を当てる道具」から、データに基づいて対話を深め、一人ひとりのキャリアや悩みに寄り添い、共に未来を「耕す」存在へと役割を変え始めているのです。

<ノイズ>を引き受け、編み直す

管理機能の完全なる「外部化」

次に挙げるのは、かつて人材管理のプロフェッショナルが専門分野として誇ってきた業務です。

  • 情報収集・統合: 複雑に散らばった人材のデータや行動記録の集約
  • 分析・状態把握: 組織のコンディションや個人の特性の見える化
  • 解釈・判断:面談記録や日々のコミュニケーションをもとにした意思決定

しかしここまで見てきたように、今やAIはこれらすべてを人間よりも速く、正確にこなします。

さらに言えば、対話という極めて複雑なコミュニケーションまで、演算処理によって一定のパターンや最適解を導き出せるようになり始めています。

管理の仕事は、もはや人間の手を離れ、システムによって処理されるものになってしまった、と言えるでしょう。

暴落した、「正解を出す能力」の価値

膨大なデータに基づき、最適解を導き出す。かつてはそれが「優秀さの証明」とされてきました。しかし、AIが誰よりも早く最適解を弾き出すようになった今、人間がそれと同じ土俵で競う意味はありません 。

誰がやっても、あるいは機械がやっても同じような「正解」にたどり着くのであれば、その結論はもはや特別なスキルではなく、誰にでも手に入る「コモディティ(日用品)」に過ぎないのです。

<ノイズ>を排除する「管理」/編む「耕す」

管理とは本来「ノイズ」、すなわち

  • 予測不能な見通しが立たないこと(不確実性)
  • 非論理的で辻褄が合わないこと(非合理性)

を排除し、最短距離で正しい判断を下す仕事でした 。しかし、AIがその役割を効率的に担うようになった今、人間に残されたのは、むしろその不確実性や非合理性を引き受け、編み直すことです。

言い換えれば、「どの正解を選ぶのか」ではなく「なぜそれを選ぶのかを、どう語るのか」。もっと具体的に言えば、

  • 意味を与える:起きている出来事やデータに対して、「それをどう捉え、どう行動するか」という解釈を与えること
  • 矛盾を引き受ける: 効率と感情など、両立しない要素を切り捨てずに扱い、意思決定に織り込むこと
  • 関係性をつくる: 人と人のあいだに信頼や共通理解が生まれる状態を醸成すること

こそが私たち人間の役割です。

正解を出す能力が誰にでも手に入るようになったにもかかわらず、組織の意思決定は、むしろ難しくなっています。それはデータが示す正解だけでは、人は動かないからです。

だからこそ、人間の手でノイズを編み、人材や組織を「耕す」役割を引き受ける必要がある。これこそが、HRテクノロジー大賞の10年が示してきた、人事の進むべき方向性の一つなのです 。

従来の「管理」の役割これからの「耕す」役割
目的未来の正解を当てること未来に意味を与えること
ノイズが持つ意味排除すべきエラー編み直すべき資源
人事の役割決定する場をつくる

<耕す系>人事の1日

ここまで、HRテクノロジー大賞の10年が示した「管理の限界」と、AIによる「正解のコモディティ化」、それらがもたらす人事の役割の変化について見てきました。

では具体的に人材や組織を「耕す」役割を引き受けるとはどういうことなのか。<耕す系>人事の1日を見ることでイメージしてみましょう。

朝:意味を与える(問いを設計する)

出社して最初に行うのは、AIが生成したダッシュボードの確認 。そこには「離職リスク」や「エンゲージメントスコア」の異常が検知されたことが表示されています。

これまでの管理的人事なら、この数値を「解決すべき問題」として処理しようとしました。しかし、この時点ではまだ、何が問題なのかすら定義されていません。

耕す系人事は、数値をそのまま受け取るのではなく、解釈の枠組みを変えるための「問い」から考え始めます。

「何が起きているか」という事実の確認ではなく、「この組織は今、何を失っているのか?」「この数値は、自社の価値とどう関わっているのか?」という問いを立てるのです。

チームでディスカッションをしたのち、その内容をクラウドシステムに保存。午後からの面談の準備を始めます。

昼:矛盾を引き受ける

約束の時間になると、相談室に製造部のマネージャーが入ってきました。

相談の内容は、配置や評価に関するもの。AIに相談内容を打ち込むと、数秒後、複数の「最適解」が提案されました。しかし、それを見た現場のリーダーは憂鬱そうな表情のままです。

彼が言うには、

「成果」と「自分のストレス」、「効率」と「自分の納得感」が両立せず、どちらかを優先するべきなのはわかっています。でも、それができないから困っているんです。

とのこと。

AIは選択肢を提示することはできても、そのどれを選ぶべきかという「理由」までは提示してくれません。

こうした両立しない要素――「矛盾」に直面したとき、耕す系人事の仕事は「どちらを選ぶか」ではなく、「どの矛盾を、どうやって引き受けるか」を一緒に考えていくことです。

結局その場では最終的な結論には至らず、

「もうちょっと自分でも考えてみます」

「うん、人事部の方でも議題に挙げておくよ。何か良い落とし所があるはずだから」

「はい……」

とマネージャーはまだ考え込んでいる様子で相談室を出ていきました。

夕方:関係性をつくる(対話の設計)

日は沈みかけ、オフィスの空気が少し騒がしくなってきた頃、その日最後の相談が入ります。

相談の内容は、営業担当者と営業事務の間で起きた業務上のトラブル。急ぎの案件をねじ込もうとした営業と、ルール外の対応を拒んだ事務。双方が「自分は正しい」と主張し、相談室でも目を合わせようとしません。

システムから業務記録を呼び出し、AIに状況を説明、一応の「正解」に目を通します。しかし、耕す系人事がここで行うのは、その「正解」でどちらかを裁くことではありません。

営業としての焦りと事務としての規律。どちらも組織に必要な要素であり、その衝突は避けて通れない「ノイズ」です。人事は両者の話に耳を傾け、対話の場を作るつなぎ役になる必要があります。

「ルールを守ることも、顧客に応えることも、どちらもこの会社にとって大切なことだよね。お互いが相手に感謝してることと、困っていること、一度ここで全部言葉にしてみようよ」

AIは会話を整理し、論理的な落とし所を見つけることはできても、その場に流れる「しこり」を溶かし、新しい信頼という名の関係性まではつくり出せません。

2人はぽつりぽつりと話し始めましたが、いつの間にか議論が口論になり、人事が止めに入った頃にはとっぷり日が暮れていました。

「今日はいったんここまでにしよう。後日またちゃんと場を設けるから」

相談室を片付けて、自分のデスクへ。コーヒーを飲みながらシステムで明日の予定を確認しつつ、その日受けた相談に思いを巡らせます。

ーー会社を出ると、街灯の下に先ほどの2人が座って、話し込んでいます。先ほどとは違い、互いの言葉を遮らず、ゆっくりとやり取りを続けている様子でした。

それが解決に向かっているのか、それとも新たな対立の始まりなのかは、まだわかりません。ただ、あの場で交わされた言葉が、何かしらの関係の変化を生み始めていることだけは確かでした。

耕す系人事はわずかな手応えのようなものを感じながら、帰路につきました。

<耕す系>人事≠優しい人事

ここまで読んで、「なんだ、耕すとはただ優しく接することか」と思った方がいるかもしれません。

しかし、それは明らかな誤解です 。

管理をやめることは「放置」ではありませんし、対話は単なる「雑談」ではありません 。また、共感することは「正解」を与えることでもありません 。

むしろこれは、不確実性や非合理性という「ノイズ」を真っ向から引き受け、組織を前に進めるための、より高度で知的な営みなのです 。

答えのない問いを抱え続けることは、効率的な「管理」よりも、はるかに胆力が必要とされる、人間的な仕事と言えるでしょう。

まとめ:HRテクノロジー大賞の10年に見る、人材・組織の本質

従来の管理型の人事を続けるのか、それともAIと協業して耕す系人事にシフトするのか。

この選択は、ツールや制度の問題ではありません。

耕すを意味するCultivateは、Culture=文化の語源でもあります。管理型の人事が「機械(System)」を動かすのなら、耕す系人事は「文化(Culture)」を育む在り方と言えます。

今問われているのは、人材を「最適化するべき対象」と見るのか、「文化を生み出す主体」と見るのか——その前提なのです。

この記事を読み終わったら、まずは1つだけ試してみてください。

それは、「1on1で<解決しない時間>を設計すること」です。

問題を解決しない対話の中でしか、関係性は耕されません。なぜなら、人は<答え>ではなく、<解釈>によって動くからです。

そしてその仕事は、効率化も自動化もできません。だからこそ、人間にしか残されていないのです。

SNSシェア
執筆者
HUMAN CAPITAL + 編集部

「HUMAN CAPITAL +」の編集部です。 社会変化を見据えた経営・人材戦略へのヒントから、明日から実践できる人事向けノウハウまで、<これからの人的資本>の活用により、企業を成長に導く情報をお届けします。