去る8月22日、第108回全国高校野球選手権大会は名門・智辯和歌山が5年ぶり4度目の優勝を果たし、その幕を閉じました。今回も見どころ満載だった甲子園ですが、「人的資本」という切り口で見てもたくさんのヒントを与えてくれたチームが少なくありませんでした。
本稿では、全49校のうちたった9校の公立校の中でも、創部以来初出場を遂げた唯一のチーム「福山市立福山中・高等学校(市立福山)」に注目します。地元の進学校で、部員数は57人と少し多い程度、これまでの最高成績は県ベスト16。まさに「ふつうの高校」が全国大会に出場できた背景には、2人の監督たちの「引き算マネジメント」がありました。
「引き算マネジメント」が”役に立たない”理由

業務やプロセス、ルールを「減らす・捨てる・絞る」で生産性・クリエイティビティの改善を狙うのが、引き算マネジメントです。業務の「やらないことリスト」を運用したり、会議の時間や人数、社内資料の量などに上限ルールを設けたり、日報をはじめとするマイクロマネジメントを廃止したり……身に覚えのある方も多いのではないでしょうか。
同時に良い思い出がない人も少なからずいることでしょう。
経営層や上層部が「これはやらない」と決めても、顧客の要望やトラブルがあれば現場としては無視できませんし、会議の上限時間を設定しても、時間内で収まらなければ「事前のすり合わせ会議」「会議室の外での延長戦」をせざるを得ず、マネジメントの範囲を狭めた結果「丸投げ」「放任」が起こり、あちこちで問題が噴出。ああ、思い出したくもない。
なぜ教科書通りの引き算マネジメントは往々にして機能不全に陥るのでしょうか。
理由は明快。「いつ、何を、どうやって引き算するべきかの基準」が確立されていない状況で、むやみに「減らす・捨てる・絞る」をするからです。お菓子作りの初心者が勝手にレシピの材料を省略するのと同じ。慣れないうちは省いて良いものと省いてはいけないものをしっかり見極めてから手を動かさねばなりません。
ではどうすればいいのか。そのヒントが、「ふつうの高校」市立福山で2人の監督が実践したチームビルディングにありました。
「本質」を掘り起こす|迫田守昭元監督が積み上げた土台

市立福山は広島県福山市赤坂町の公立中高一貫校。大学進学に向けた学習と、地域探究や国際交流に力を入れる、地元の進学校です。2021年時点の野球部員は25人(当時の全国平均は34.5人)。その数年前には部員不足のため連合チームで大会に出場するなど、典型的な「ふつうの高校」です。
そんな学校の野球部に2022年4月、迫田守昭(さこだ・もりあき)元監督が就任します。広島の社会人野球・高校野球(私立・公立)のすべてで大きな成果を上げた名将です。就任前に視察した試合はコールド負け。
そこで元監督が感じたのは「この子達は、負けても悔しさを抱いていないのではないか」ということでした。迫田元監督がまず手をつけたのが、この部分です。
真剣でなければ、負けても悔しくありません。悔しくなければ、「もっと頑張ろう」「這いあがろう」と上を目指すこともありません。
だからこそ、「練習は、真剣の場でなくてはいけない」ということを徹底的に指導。細かな技術は元監督が呼び寄せた慶應大出身の若いコーチである長門功さんに一任し、「アドバイスはするが、選手が自分で気づいて殻を破るのを待つ」というスタンスを徹底していました。

しかし学業第一の市立福山では、部員が1番に大事にしているのは大学受験。部員によっては、野球は二の次、三の次ということも珍しくありません。進学校の部活動で「全員が同じ方向を見て打ち込む」ことは不可能に近いとさえ言えます。実際、当時部員の約3分の1は塾に通っており、彼らの練習時間は必然的に短くなっていました。
迫田元監督はそんな生徒を責めたりするようなことはなく、「野球の練習をやめてでも塾に行くんだから、とにかくしっかり頑張れ」と送り出す姿勢をとりました。
勉強にせよ、野球にせよ、口を出すのは、「授業に集中しなさい」「ゴミを見たら拾いなさい」「球から目を離すな」「片手で捕るな」「全力で走れ」といった基本的なことだけ。それ以外は信頼できる部下(長門コーチ)や部員自身に任せる。
上達や成長の本質とも言うべき、「目の前のことに本気で打ち込むマインド」を掘り起こすことを最優先にチームを再建していったのです。
「今・ここ」に集中せよ|小田浩監督は何を”引いた”のか?

こうして市立福山野球部の精神的な土台を作った迫田元監督でしたが、25年夏に体調を崩して退任。一時は長門コーチが監督を引き継ぎましたが、2026年4月に、市立呉高校の元校長で、広島県内の公立校を率いて甲子園に出場した経験もある、小田浩(おだ・ひろし)監督が就任しました。
小田監督就任から市立福山が甲子園出場を決めるまで、たったの100日足らず。この短期間で監督が重要視したのは、「今・ここ」に集中すること……過去や未来への執着を手放す禅的な引き算のマネジメントでした。
「定石」への執着を手放す
公立校が勝ち上がるためのセオリー(定石)とされている「送りバント」。戦力不足の中で1点を確実に奪い、失点を最小限にして接戦に持ち込むことができるからです。そのために特定の打者を送りバントの練習に専念させる学校もあるほどです。
しかし市立福山の平日の練習時間はたったの3時間。限られたリソースを送りバントという“小技”にかけすぎるわけにはいきません。そこで小田監督は送りバントの練習時間をカットし、県内で上位と互角に戦えるスケール感を身につけるための時間に使わせました。
定石とは、あくまで「かつて機能した正解」にすぎず、つまるところは過去の蓄積です。スポーツにおいてもビジネスにおいても、最も重要なのは「今目の前の状況をいかに戦い抜くか」。定石という過去にリソースを一点集中させるのではなく、「今・ここ」に集中し、臨機応変に対応できる力を養うことに時間をかけた、というわけです。
「勝利/敗北への期待・不安」を手放す
小田監督は就任直後に部員と保護者を集め、1時間半に渡って「誇り高い敗者、謙虚な勝者になろう」「ついでに勝とうね」と伝え、「勝利至上主義」から脱却するよう呼びかけています。
また市立福山の甲子園初試合、「奈良の御三家」の一角、天理高校との試合の最中にも、部員たちにこんな言葉をかけています。
「この回、追加点なんか絶対に取れないから」
「勝ってても逆転されるよ。絶対にやられる」
「どうしてそんな冷や水を浴びせるようなことを言うのか」と思った人もいるかもしれません。しかしこうした言葉こそ、部員たちを「今・ここ」に引き戻すためのマネジメントでした。
「この回で追加点、取れるかも」「このまま勝てるかも」という期待、「絶対に勝たなきゃ」「負けたら終わりだ」という不安が起こるのは、どちらも未来に囚われている証拠。目の前の状況に割くべきリソースが奪われ、本来やるべきことまで疎かになってしまいます。
だからこそ期待も不安も手放して、「今・ここ」に必要なことにだけ集中させようとしたのです。
「失敗への後悔」を手放す
小田監督は同じく過去への執着、例えば失敗への後悔も即座に手放すよう促しています。
夏前の練習試合でのことです。3年生でエースの来山凌也投手は三振を狙って、武器である力強い速球を投げましたが、センターフライに。「思うように三振をとれなかった」と悔しがっていると、監督は「(バッターの打球は)球威に押されていた。フライほど楽なアウトはない」などと声をかけます。この言葉に来山投手は「自信につながった」と話しています。
「三振を取りたかった」というのは、すでに終わった過去への執着です。小田監督は「アウトという結果(今)がすべてなんだから、どう取ったかのプロセス(過去)にこだわるな」と諭したわけです。
2人の監督に学ぶ、マネージャーの“正しい姿”

2人の監督は、それぞれ全く別のものを引き算しています。迫田元監督が引いたのは指導そのものでした。細かな技術はコーチに任せ、自身は「目の前のことに本気で打ち込むマインド」と基本を身につけさせることに集中しました。一方、小田監督は、選手の頭の中から過去と未来を追い出しました。
部活動に対して限られたリソースしか持たない部員たちに、今何が必要で、何が必要でないか。迫田元監督と小田監督が向き合ったのは、この問いでした。選手たちをつぶさに観察したうえで、自身の経験に照らし合わせ、「いつ、何を、どうやって引き算するべきかの基準」を設計し、「減らす・捨てる・絞る」を実践していったはずです。
言うまでもありませんが「引き算マネジメント」のゴールは、マネージャーがラクになることではなく、チームのパフォーマンスが上がること。そのための時間と労力を工面するのはマネージャーの仕事です。
まとめ:“引き算”後、マネージャーは何をするべきか?
当然ですが、最も手と体と頭を動かし、努力を積み重ねたのは市立福山の部員たちです。しかしチームのパフォーマンスには、迫田元監督や小田監督のようなマネジメントの力が不可欠なこともまた事実です。
ただし、本質となるマインドセットを浸透させ、ノイズになるタスクや思考を排除して、“引き算マネジメント”を進めていったとして、その後マネージャーは何をするべきなのでしょうか?
迫田元監督は練習試合の間、終始資料を手にメモを取り続けていましたし、毎日広島市内の自宅から新幹線で市立福山まで通っており、帰宅するのは夜の10時。そこから他校の分析をしていました。
また名将の就任を受けて、福山市は防球ネットや屋外照明、屋内練習場、寄宿舎を整備。入試に出願できる生徒の居住地域も近隣市町から県内全域に拡大しましたが、これらの手配のためにも迫田元監督は頭をフル回転させていたことでしょう。
プレイングマネージャーが大半の日本企業では、「マネージャーはマネージャーの仕事に集中する」を実現するのは難しいかもしれません。
しかしだからといって、実現を諦める理由にはなりません。市立福山の野球部も、諦めなかったから甲子園に出場できたのです。マネージャーが本来やるべき仕事に集中するためにも、2人の監督の采配を改めて振り返ってみてはいかがでしょうか。










