深刻化する人材不足問題に直面する日本企業。解決策として、政府による働き方改革や副業解禁、フリーランスの積極活用が進み、民間でも働き方の多様化が加速する一方、持続的成長への道筋に悩む経営者も少なくありません。 今回は、働き方の多様化を加速する「スキルシェア」を含む、シェアリングエコノミーの伝道師 石山アンジュ氏にお話を伺いました。人材不足やDX等、変化の激しい社会において企業はどのような成長戦略を描くべきなのか。スキルシェアの観点からヒントを探ります。
石山アンジュ氏プロフィール
1989年生まれ。「シェア(共有)」の概念に親しみながら育つ。シェアリングエコノミーを通じた新しいライフスタイルを提案する活動を行うほか、政府と民間の間で規制緩和や政策推進にも従事。2018年10月Z・ミレニアル世代のシンクタンク一般社団法人Public Meets Innovationを設立。 新しい家族の形を掲げるコミュニティ「拡張家族Cift」 家族代表。世界経済フォーラム Global Future Council Japan メンバー。USEN-NEXT HOLDINGS 社外取締役。ほかに「羽鳥慎一モーニングショー」木曜レギュラー、「真相報道バンキシャ!」「アサデス。」「ドデスカ!」にコメンテーターとして出演。2012年国際基督教大学(ICU)卒。新卒で(株)リクルート入社、その後(株)クラウドワークス経営企画室を経て現職。デジタル庁シェアリングエコノミー伝道師。著書に「シェアライフ-新しい社会の新しい生き方-」、新著に「多拠点ライフ-分散する生き方-」Forbes JAPAN「日本のルールメイカー30人」に選出。特技は大人数料理を作ること。
「人的資本経営」がスキルシェアの追い風に
ーーESG投資への関心の高まりや無形資産の価値向上といった背景から、2023年以降、大手企業に人的資本の開示が義務付けられました。「人的資本経営」という考え方も広まり、企業の人材活用が新たなフェーズに入ったと言えます。人材活用の分野として「スキルシェア」がありますが、どのような変化が見込まれるでしょうか。
人的資本の開示義務は、スキルシェアの追い風になると思います。なぜなら、誰がどこでどんなスキルを持っているかという、スキルの可視化が進むためです。
これはそのまま人材戦略にも影響を与えるでしょう。具体的には、自社の社員のスキルセットが可視化されることで、過不足も明らかになり、外部人材を含めて、パズルのように事業に必要で最適なチームを組みたてて行くというマインドに変化していくと考えています。
大きな話で言えば、従来と異なり、共に助け合い、共にイノベーションを作り出すために、企業と個人は対等な関係に変化していくかと。企業は、内部であろうが外部であろうが、チームに最適な人材を雇用形態に関わらず取り入れ、個人は、自身のスキルを発揮できる環境を選べるようになると思います。
ーー人的資本経営の浸透で、スキルシェアがさらに広がっていくということですね。
しかしながら、日本の企業では、副業解禁が人材流出につながるのではと不安視する声も多くあがっています。年功序列や終身雇用など、独特の文化が根付いていると言われる日本企業も変わっていくのでしょうか。
変わっていくと思います。なぜかというと、不確実性の高い時代になってきているためです。コロナ禍での社会の変化を思い起こしてください。誰もが予知できなかった新しい感染症が広がり、買う手段や支払いの手段、働き方など多方面でデジタル化が進みました。コロナ禍のように大きく経済へ影響する出来事があれば、確実に社会は変わります。
今後で言えば、コロナ禍以外にも、今話題の首都直下型地震のような自然災害や、セキュリティ攻撃、グローバル経済の影響等、さまざまなリスクが顕在化するのではないかと、話題になっています。こういった不測の事態が起きてしまった際に、いかに柔軟に対応していけるかが、これまで以上に企業には求められます。
では、どうやって柔軟に変化に強い企業を作っていくのか。その鍵はやはり「シェアリングエコノミー」だと考えています。
超人材不足時代における企業成長には「スキルシェア」が必要不可欠
ーーたしかに、コロナ禍での社会変化は凄まじかったです。
今後は、より柔軟で変化に強い経営が企業に求められるということですが、その実現の鍵となる、シェアリングエコノミーについて、改めてお教えいただけますか。
シェアリングエコノミーの定義は確立されていませんが、物や場所、スキルなどを、個人が主体となって共有や貸し借り、売り買いをする経済社会のことを「シェアリングエコノミー」と言います。
横文字のため、新しい概念かと思われることも多いのですが、昔ご近所で行われていたお醤油の貸し借りと同じ仕組みを想像いただくとわかりやすいかと思います。現代ではデジタル化により、誰が何を持っているかや、誰が何を必要としているかが可視化されたことで、必要とする人とシェアできる人を容易にマッチングできるようになりました。昔は、物の貸し借りはご近所で行われていたかと思いますが、日本全国はもちろん、もっと言えば国境を超えた共有や貸し借り、売り買いが実現しています。
ーーシェアリングエコノミーの浸透で、企業はどう変わるのでしょうか。
必要な時に、必要な物や場所、スキルを、獲得することで、柔軟な経営ができるようになります。例えば、オフィスを自社で所有した場合、長期的に高い固定費がかかります。しかし、シェアオフィスにすると、ランニングコストが小さく済むだけでなく、会社の人数に合わせた規模の縮小・拡大が容易になったり、移転する際の費用が小さいため、適した場所へ移転しやすくなったりします。さらに、サテライトオフィスにすれば、地域ごとに企業の機能を分散していくことで、自然災害時のリスク分散にも繋がります。
また、スキルシェアはコロナ前から課題として挙げられていた、人材不足の解決の一手ともされています。日本は特に少子高齢化に対する課題感が強いです。労働人口が減っていく、つまり、産業を育てていく企業においても人材が不足するため、経済発展の大きな障壁になるでしょう。
これまでは企業が自社で採用をして、人材を育成をし、その人材を通じて事業活動してきたわけですが、人材が不足してきている現代においては、自社で人材に関する全てを完結しなくてもいいのではないかという発想に変わってきているというのも変化の1つです。
そういった観点でも、日本の企業が成長し続けるためには、スキルシェアをうまく活用することが必要不可欠になると思います。
ーー人材不足の観点からも、企業はスキルシェアを活用していく必要があるということですね。
メリットはある一方で、先述のような企業側の不安もあります。企業は、スキルシェアや多様な働き方をする個人をどのように捉えていくと良いでしょうか。
厳しい言葉ですが、企業は同じ人にずっといてもらうという期待を持たないこと。マインド面でもそういったアップデートが必要になると思います。
私は、以前人材会社に勤めていた際に、企業と個人のアンフェアを感じた経験から、企業と個人はそもそもフラットであるべきだと思っているのですが、未だ資本家と労働者の間に圧倒的な「立ち位置の格差」みたいなものが、根強く残っていると感じます。存続のために利益を追求するという企業活動の仕組み上、事業展開に合わせて個人が居住地を変える必要があるなど、企業は個人のライフスタイルや生き方に寄り添えず、どうしても企業優先になっています。
シェアリングエコノミーの普及により、スキルを貸すなど、個人が主体となった経済活動がしやすくなった現代においては、利害ではなく、企業と個人の共通の価値追求に向かって、共助・共創する関係性へとシフトしていくことが求められます。
ーー人材にも自然な代謝があって当然であるということですね。また、人材と企業がフラットな関係となることで、企業と個人ともにお互いの成長がより重要視される社会になりそうです。企業は成長を続けるために、スキルシェアをどう活用すると良いでしょうか。
副業解禁に関しては、企業が研修をしなくても、外で社員が学んでくれたり、社外の人脈を育ててくれたりするメリットがあると思います。また、社員の人脈が増える、つまり社会関係資本を蓄積することは、副業先で出会ったクライアントと新しいプロジェクトが生まれたり、副業先が顧客になったりと、個人だけでなく、企業にとっても、新しいものが生まれる機会が増えることに繋がります。
また、フリーランスなどの外部人材の活用に関しては、先述の持続的かつ柔軟な経営ができることとは別に、イノベーションや新しいアイデアの創出との相性がいいと思います。例えば、新商品の開発の際に、これまでは自社の商品開発部の人材を育てて、全部自社の人材のみで進めていたと思いますが、外部から人材をシェアリングして取り入れるという考えができると、新しい知見や従来の枠組みに囚われない新たな視点を獲得することができます。
ーーこれからスキルシェアや外部人材活用を取り入れたいという企業にヒントを探っていけできればと思います。
ご自身で会社を持ち、経営もされている石山様ですが、実際に外部人材活用をする中で意識されているポイントがあれば教えていただけますか。
企業と個人の共通の価値追求ができるよう、利害を超えたところで共感し合えるような、ビジョン・社風・企業哲学などをしっかりコミュニケーションしていくことがポイントだと思います。利益追求だったら、例えば、サービスの売上や利用ユーザーが何人増えるか、といったことを見ると思いますが、じゃあ利用ユーザーが何人増えたことで、社会がどう変化していくかという、理想の実現を一緒に追いかけていく関係になるということです。
例えば、テレワークのフリーランスと仕事をすると、「本当に契約した時間分働いてるのかな?」とか、「ここまで本当にやってくれたのかな?」みたいな不安はどうしても発注する側には生まれると思います。そこを払拭するために、マイクロマネジメントをすることは、正直企業としては面倒だし、個人にとっても動きづらい環境になってしまいます。
ビジョンのすり合わせのために話し合ってきた時間や、企業に出会うまでのその人の経験・考え方は、一つの信頼・安心に繋がりますし、フリーランスにも同じビジョンがあるなら、自分の業務範囲でなくても、こういうことした方がいいのではないかといったいろんな提案につながるなど、新しい信頼を生むきっかけにもなります。
コミュニケーションを工夫し、信頼できる関係を構築できる企業が、人材不足の時代において、フリーランスなどの外部人材に求められる企業になっていくのではないかと思います。
ーー利害を超えた共通の価値観のすり合わせと、信頼関係を構築することが大事ということですね。実際に、日々の仕事の中で、どのようにコミュニケーションをとられているかお教えいただけますか。
参画前のタイミングでは、自分が属する団体が掲げているビジョンを通じて、社会をどうしたいという思いや、どんな役割で解決していきたいか、という部分は聞くようにしています。参画してからは、1on1でも話して、気持ちの変化を把握したり、お互いにさらに理解を深めるようにしています。
また、時事ニュースなどをミーティングやご飯の時間に会話するようにしていますね。例えば、「地方での消滅可能性自治体の調査が話題になっててるけど、どう思う?」みたいに。自分の団体と社会の接点を語れるようになっているかや、そういった共通の実現したい社会や目指す先を常々意識してもらうという点は大事にしていますね。
ーー共通の実現したい社会を意識することで一体感も生まれそうですね。
そうですね。社会をどうしたいかという話は、誰でも話せる簡単なことのようで、ビジネスにおいては非常に難しいことだと思っています。抽象度が高いため、対話を積み重ねて具現化し、すり合わせていかないといけないことですし、売上や利益などに向かって日々目の前の業務をこなす中で、ビジョンに立ち戻って会話をすることはハードルがかなり高い。
ですので、企業では、そういうことを話す定期的な機会を作ったり、外部の人材と話しやすい環境作りをしていくと、対話の主語も「私」から「私たち」へ変わって、雇用形態の垣根を超えてつながれる企業になるのではないかと思います。
ーー理想の社会の実現や企業の成長のために、「私」から「私たち」へ。
リスクや人材不足という課題を前に、雇用形態を超え、スキルを持った人材が広く活躍する社会になるのに、長い時間はかからないかもしれませんね。本日は貴重なお話をありがとうございました。
まとめ
不確実性の高い時代において、企業が柔軟な経営を行うためには、シェアリングエコノミーの活用が求められます。
人材不足の企業は、人材の育成や確保を自社だけで完結しようとせず、特にスキルシェアを活用し、個人との共助・共創を実現していくことが事業の成長につながるでしょう。
また、昨今の人的資本経営の広がりにより、スキルシェアはさらに広がることが予想されます。フリーランスを含む人的資本を社会で育てる・シェア(共有)するフェーズが来ていると言ってもいいかもしれません。企業は、いい人材に長く働いてもらうために、また外部人材にも求められる企業になるために、利害の先にある共通の価値を共有し、個人との信頼関係を築くことが大切です。
ぜひ今後の企業経営や人材戦略にお役立てください。