人的資本経営の2026年の展望

人的資本経営は2026年、新たな段階へ。ISO 30414の第2版公表やISSBの人的資本リサーチプロジェクトなど国際的な基準整備が加速する一方、日本では有価証券報告書における開示ルールが強化され、企業戦略と連動した人材戦略の説明が求められます。さらに生成AIからAIエージェントへの進化により生産性革命が現実味を帯び、ラインマネージャーのピープルマネジメント力向上も焦点に。

本稿では、グローバルな動向と日本企業が直面する課題、そして実践すべき取り組みを展望します。

岩本 隆氏プロフィール

慶應義塾大学大学院経営管理研究科 講師 / 山形大学 客員教授

東京大学工学部金属工学科卒業。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院応用理工学研究科マテリアル理工学専攻Ph.D.。日本モトローラ(株)、日本ルーセント・テクノロジー(株)、ノキア・ジャパン(株)、(株)ドリームインキュベータを経て、2012年6月より2022年3月まで慶應義塾大学大学院経営管理研究科特任教授。2018年9月より2023年3月まで山形大学学術研究院産学連携教授。2022年12月より2025年3月まで慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授。2023年4月より慶應義塾大学大学院経営管理研究科講師、山形大学客員教授。 (一社)ICT CONNECT 21理事、(一社)日本CHRO協会理事、(一社)日本パブリックアフェアーズ協会理事、(一社)SDGs Innovation HUB理事、(一社)日本DX地域創生応援団理事、(一財)オープンバッジ・ネットワーク理事、ISO/TC 260国内審議委員会副委員長などを兼任。

国際的な動き

2011年にISO(International Organization for Standardization:国際標準化機構)に人材マネジメントのTC(Technical Committee:テクニカルコミッティ)であるISO/TC 260が創設されて以降、人的資本経営の状態をデータで報告するための国際規格の開発が進んでおり、2025年11月末時点で合計32の国際規格文書が出版されている。

32の国際規格文書の中で特に世界的に活用が進んでいる国際規格としてISO 30414がある。ISO 30414は、2018年12月に第1版であるISO 30414:2018が出版され、2025年8月に第2版であるISO 30414:2025が出版された。第2版ではタイトルが第1版から以下のように変更された。

  • ISO 30414:2018(第1版):「Guidelines for internal and external human capital reporting(内部・外部への人的資本報告のガイドライド)」
  • ISO 30414:2025(第2版):「Requirements and recommendations for human capital reporting and disclosure(人的資本報告・開示の要求・推奨)」

ISO 30414:2025は、ISO 30414:2018の世界のさまざまな企業での活用事例を元にアップデートされているため、企業現場でより活用しやすいものになっており、2026年は更にISO 30414:2025の活用が進展すると予想される。

また、ISO/TC 260のキャップストーン(Capstone)の国際規格となるISO 30201が2026年に出版される予定である。キャップストーンとは、もともとは、古代エジプトのピラミッドの頂上に置かれた四角錐上の石、または、壁や建物の最上部に置かれる石を指す言葉だが、比喩的に、最後の一仕上げ、集大成といった意味で使われる。ISO 30201のタイトルは「Human resources management systems – Requirements(人材マネジメントシステム-要求)」であり、マネジメントシステム規格の一つとなる。マネジメントシステム規格とは組織の活動をマネジメントするための仕組みを規格化したものであり、日本の多くの企業が認証を取得しているISO 9001(品質マネジメントシステム)やISO 14001(環境マネジメントシステム規格)と同レベルの規格である。ISO 30201に準拠することは、人的資本経営の最低限の仕組みが組織の中に構築されていることを示すことになる。

また、サステナビリティ開示の国際基準を策定するISSB(International Sustainability Standards Board:国際サステナビリティ基準審議会)では、2024年夏から2年間の人的資本のリサーチプロジェクトを進めており、2025年12月10日に実施された定例会議で、投資家が重視する業界横断的な開示項目や今後の基準化の方向性などが示された。人的資本リサーチプロジェクトの最終報告は2026年夏頃になされる予定であり、この結果によって今後の国際的な人的資本開示ルールが決められていくことになる。

日本の政策の動き

2025年6月30日に、金融庁が、「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナス・コードのフォローアップ会議」での議論を踏まえ、「コーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクション・プログラム2025」を公表した。この中で人的資本開示の今後の方向性が以下のように示された。

『人的資本への投資に関する開示を充実させる観点から、有価証券報告書における従業員給与・報酬に関する記載事項を集約するとともに、新たに企業戦略と関連付けた人材戦略や従業員給与・報酬の決定に関する方針、従業員給与の平均額の前年比増減率等の開示を求める。』

『サステナビリティ開示に関し、ISSBにおいて新たにリサーチプロジェクトが始まった人的資本の分野につき、投資家のニーズを充足した基準開発に貢献すべく、国内の関係者と連携しながら、国際的な議論への参画や意見発信等を進める。』

有価証券報告書における人的資本開示については、内閣府令を改正し、企業戦略と関連付けた人材戦略と、それを踏まえた従業員給与等の決定方針等の開示を求め、2026年3月期の有価証券報告書から適用される予定である。企業戦略に連動した人材戦略が策定できていない企業にとっては、2026年3月期の有価証券報告書の開示に向けて企業戦略と連動した人材戦略を急いで策定する必要がある。そして、人材戦略の説明力が弱い場合は、投資家からさまざまと指摘を受けることになる。

経済産業省の産業人材政策としては、2025年12月に成立した2025年度補正予算により、「産業構造変化を見据えたスキル可視化・リスキリング基盤整備事業」が実施されることになった。以下、本事業の概要である。「デジタルスキル標準」、「GXスキル標準」など分野を特化したスキル標準の活用が進んでいるが、あらゆる分野にわたるスキル標準を策定し、日本全体での人材の育成や最適配置等を行っていくことを目論んでおり、スキルデータの活用が益々進展していくことになる。

事業目的

産業構造の変化に伴い、求められるスキルが日々変化する中で、将来的な人材需給のミスマッチが生じるおそれがある。その解消に向けて、成長分野や人手不足が予測される分野への労働移動が必要であり、個人のキャリア探索からリスキリング、労働移動までの一体的な促進に向けた環境整備を進める。

事業概要

  • スキル体系・標準等の整備

産業横断的に求められるスキルを体系的に整理するとともに、個別産業におけるより専門的・実践的なスキル標準の整備を進める。

  • スキル関連情報のデータ基盤に関する調査検証

職種やリスキリング講座に関する情報をスキルと紐付け、個人の一元的な情報利用を可能とするための分野横断的なデータ連携の在り方について調査・検証を行う。

成果目標

産業に求められるスキルの可視化、スキル関連情報の一元的な利用に向けた調査等を通じて、個人のキャリア探索からリスキリング、労働移動までの一体的な促進に向けた環境整備を進め、将来を見据えた産業人材育成の加速を目指す。

日本企業の展望

(1)生産性革命

 「生産性革命」という言葉は、2017年に経済産業省が検討を開始した生産性を飛躍的に向上させるための「働き方改革 第2章」の政策において使われた。日本企業の国際競争力を向上させるためには人や組織の生産性を飛躍的に向上させる必要があるという危機感の元、生産性革命を推進する政策の検討が進められ、人的資本経営のムーブメントにつながってきた。

また、2018年9月に経済産業省が『DXレポート~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~』を公表し、日本企業が本格的にDXに取り組まなければ2025年には崖から落ちると警鐘を鳴らした。一方で、日本企業のDXは遅々として進まなかったが、2022年12月に生成AI「ChatGPT」がリリースされたことにより、DXに真剣に取り組む日本企業が増えてきた。AIは生成AIからAIエージェントへと進化し、2025年は「AIエージェント元年」と呼ばれ、AIエージェントの開発・活用が急速に進んだ。2026年以降は更に汎用AI、超知能へと進化すると予測されている。

2024年1月にOpenAI社のサム・アルトマンCEOが以下のコメントを発信し、注目を浴びた。

『我々は、10人の社員が組織運営する10億米ドル以上の企業価値の「10人ユニコーン企業(Ten persons unicorn)」が間もなく誕生すると予想しています。また、私が参加しているセレブラル・バレーのCEO達が集まるグループチャットでも、1人の社員しか存在しない「一人ユニコーン企業(One person unicorn)」が生まれる可能性を争う合法ギャンブルに賭けをする人が続出しています。「1人ユニコーン企業」は、AIテクノロジーの活用なしに生まれることは想像不可能ですが、いずれにせよ、やがて誕生することになるでしょう。』

進化するAIの活用により、一人で10億米ドル(1米ドル150円で換算すると1,500億円)の企業価値を創出できるようになるということであり、企業がDXを推進することにより生産性を飛躍的に高めることができるようになる。DXの進捗により、2026年は生産性の飛躍的向上を実現する日本企業も増えてくることが期待される。

(2)人的資本インパクトパス

2023年1月31日に、企業内容等の開示に関する内閣府令等の改正により、有価証券報告書等にといて、「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄を新設し、サステナビリティ情報の開示が求められることとなった。開示すべきサステナビリティ情報の中には人的資本情報も含まれており、測定可能な人的資本の指標と目標及び進捗状況をインプットからアウトカムまで示すことが求められている。

2013年に公表された国際統合報告フレームワークにおいて図表1に示す価値創造プロセスが提示されたが、価値創造プロセスにおける6つの資本の1つに人的資本が含まれており、人的資本についてインプットからアウトカムまでのプロセスを、指標と目標を設定して定量的に示すことが求められている。

図表1.国際統合報告フレームワークにおける価値創造プロセス
(出所:日本取引所グループ)

人的資本のインプットからアウトカムまでのプロセスは「人的資本インパクトパス(Impact Path)」と呼ばれ、2025年は人的資本インパクトパスを策定する日本企業が増えた。人的資本経営の活動が業績(アウトプット)にどう影響を与え、どのような社会的インパクト(アウトカム)をもたらすかを論理的、定量的に示すのである。一方で、人的資本インパクトパスの説得力の弱い日本企業も多く、2026年は、この説得力を高めるための人的資本経営の活動が増加することが予想される

(3)ピープルマネジメント力の向上

欧米の企業では、ラインマネージャー(組織をマネジメントするマネージャー)にはピープルマネジメント力が求められ、年齢に関係なくラインマネージャーが決められる。ピープルマネジメント力とは、チームメンバー一人ひとりのポテンシャルを引き出し、一人ひとりの活躍や成長することをサポートする力である。日本企業では、年功序列の制度の元、年齢が上がることによってラインマネージャーになっていることも多く、ピープルマネジメント力が弱いラインマネージャーも多い。

人的資本経営を実践するためには、従業員一人ひとりに目を向け、一人ひとりのパフォーマンスを最大化させるマネジメントがラインマネージャーに求められる。そのため、ラインマネージャーのピープルマネジメント力を向上させるための研修や取り組みが日本企業で増えてきた。その流れもあり、筆者は、「ナラティブリーダーシップ」という言葉を発信し、2025年に株式会社PHP研究所が商品化した「ナラティブリーダーシップ研修」の監修を行った。

ナラティブ(Narrative)とは物語を意味する言葉であるが、同じく物語を意味するストーリー(Story)とは少し意味合いが異なる。ストーリーは発信者が一方的に発信する物語であるのに対し、ナラティブは受け手が腹落ちして行動に移る物語であり、ラインマネージャーには、チームメンバーが腹落ちして行動に移る物語を語れる力、つまりナラティブリーダーシップが求められる。

ちなみに、ナラティブは経済学の分野でも世界的にも注目されており、2013年にノーベル経済学賞を受賞したロバート・シラーが2019年に『Narrative Economics』という書籍を出版し、日本語版の『ナラティブ経済学』が2021年に出版されたり、世界経済フォーラムのメンバーが2021年に出版した『The Great Narrative』という書籍が世界的にベストセラーとなり、日本語版の『グレート・ナラティブ』が2022年に出版されたりしている。

ラインマネージャーになるにはピープルマネジメント力を必須にするという人事制度を導入する日本企業も出始めたが、2026年は、ピープルマネジメント力に着目した取組みも加速することが予想される。

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執筆者
岩本 隆

東京大学工学部金属工学科卒業。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院応用理工学研究科マテリアル理工学専攻Ph.D.。日本モトローラ(株)、日本ルーセント・テクノロジー(株)、ノキア・ジャパン(株)、(株)ドリームインキュベータを経て、2012年6月より2022年3月まで慶應義塾大学大学院経営管理研究科特任教授。2018年9月より2023年3月まで山形大学学術研究院産学連携教授。2022年12月より2025年3月まで慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授。2023年4月より慶應義塾大学大学院経営管理研究科講師、山形大学客員教授。 (一社)ICT CONNECT 21理事、(一社)日本CHRO協会理事、(一社)日本パブリックアフェアーズ協会理事、(一社)SDGs Innovation HUB理事、(一社)日本DX地域創生応援団理事、(一財)オープンバッジ・ネットワーク理事、ISO/TC 260国内審議委員会副委員長などを兼任。

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