人的資本開示の全体像:基礎から戦略的活用まで

近年、企業の持続的な成長と価値創造において、「人的資本」の重要性が急速に高まっています。2023年3月期から始まった人的資本の開示義務化により、多くの企業が新たな課題に直面しています。本記事では、人的資本開示の意義、メリット、そして効果的な開示方法について詳しく解説します。

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編集部

「HUMAN CAPITAL +」の編集部です。社会変化を見据えた経営・人材戦略へのヒントから、明日から実践できる人事向けノウハウまで、<これからの人的資本>の活用により、企業を成長に導く情報をお届けします。

1.人的資本開示とは何か:定義と重要性

人的資本開示とは、企業が保有する人材の価値や、人材育成への投資、働き方改革の取り組みなどを、財務情報と並んで重要な非財務情報として開示することを指します。

近年、デジタル化やグローバル化の進展により、企業の競争力の源泉が有形資産から無形資産へとシフトしています。特にAIやIoTなどの技術革新が進む中、それらを使いこなす人材の質が企業の成長を左右する重要な要素となっています。そのため、企業価値における人的資本の位置づけは「コスト」から「投資」へと変化し、優秀な人材の確保・育成、従業員エンゲージメントの向上、多様性の推進などへの投資が、長期的な企業価値の向上につながるという認識が広まっています。

投資家やステークホルダーにとって、人的資本に関する情報は将来の成長可能性を判断する上で欠かせない指標となっており、適切な開示が企業の持続的な成長と価値創造を支える重要な取り組みとなっています。

2.人的資本開示義務の概要

2023年3月期から適用された改正内閣府令により、有価証券報告書において人的資本に関する情報の開示が義務付けられました。この新たな開示制度は、企業の持続的成長と中長期的な価値創造を促進することを目的としています。

開示義務の対象となるのは、金融商品取引法に基づく有価証券報告書の提出義務のある上場企業です。主な開示項目には以下のようなものがあります:

  • 人材育成方針
  • 社内環境整備方針
  • 女性管理職比率
  • 男性の育児休業取得率
  • 従業員の平均勤続年数

これらの項目は、企業が人材をどのように活用し、育成しているかを示す重要な指標となります。

3.人的資本開示が推奨される7分野19項目

改正内閣府令により開示が義務化されている項目とは別に、非財務情報可視化研究会(内閣府)の「人的資本可視化指針(※)」では、以下の7分野19項目の開示が推奨されています。

  1. 人材育成(リーダーシップ、育成、スキル・経験)
    従業員の能力開発やリーダー育成に関する取り組みを開示。研修時間、費用、プログラムの種類などが含まれ、企業の持続的成長に向けた人材戦略を示す重要な指標となります。
  2. エンゲージメント
    従業員の企業への愛着やモチベーションを示す指標。エンゲージメントサーベイや満足度調査の結果を開示。高いエンゲージメントは生産性向上や離職率低下につながる重要な指標です。
  3. 流動性(採用、維持、サクセッション)
    人材の獲得・維持・育成に関する指標。離職率、定着率、新規雇用数、後継者育成状況などを開示。企業の人材戦略の有効性や労働市場での競争力を示す重要な情報です。
  4. ダイバーシティ(ダイバーシティ、非差別、育児休業)
    多様性推進に関する指標。属性別従業員比率、賃金格差、育児休業取得率などを開示。イノベーション創出や競争力強化につながる重要な戦略として注目されています。
  5. 健康・安全(精神的健康、身体的健康、安全)
    従業員の健康と安全に関する指標。労働災害発生件数、健康診断受診率、メンタルヘルス対策などを開示。生産性向上や企業イメージ向上につながる重要な基盤です。
  6. 労働慣行(労働慣行、児童労働・強制労働、賃金の公平性、福利厚生、組合との関係)
    働き方や労働環境に関する指標。労働時間、賃金体系、福利厚生制度、労使関係などを開示。従業員満足度向上や優秀な人材の確保・定着に寄与します。
  7. コンプライアンス・倫理
    法令遵守と倫理的行動に関する指標。人権問題対応、差別事例件数、内部通報制度運用状況などを開示。ステークホルダーからの信頼獲得や持続可能な成長に不可欠です。

これらの7分野19項目の開示を通じて、企業は自社の人的資本に関する取り組みを包括的に示すことができます。これにより、投資家や求職者、その他のステークホルダーは、企業の持続可能性や将来の成長可能性をより正確に評価することが可能になります。

※内閣府 非財務情報可視化研究会「人的資本可視化指針」https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihyo/pdf/hiteki_shihyou_2207.pdf

4.人的資本開示が企業に与える影響

人的資本開示は、企業に様々な影響を与えます。主な影響として以下が挙げられます:

  1. 投資家からの評価向上:人的資本に関する情報は、企業の将来性を判断する重要な要素となります。
  2. 優秀な人材の獲得:開示情報は求職者の企業選びの判断材料となり、人材獲得競争での優位性につながります。
  3. 従業員エンゲージメントの向上:自社の人材戦略が明確になることで、従業員の帰属意識や motivation が高まる可能性があります。
  4. 経営戦略の再考:開示プロセスを通じて、自社の人材戦略を見直すきっかけとなります。

5.効果的な人的資本開示の方法

人的資本開示を効果的に行うためには、以下のようなポイントに注意が必要です:

  1. 経営戦略との整合性:人的資本に関する取り組みが、全社的な経営戦略とどのように結びついているかを明確に示す。
  2. 定量的・定性的情報のバランス:数値データだけでなく、具体的な取り組み事例なども含めて総合的に開示する。
  3. 課題の明確化と改善計画:現状の課題を率直に開示し、それに対する改善計画を示すことで信頼性を高める。
  4. 比較可能性の確保:業界標準や過去のデータとの比較を示し、自社の位置づけを明確にする。
  5. 将来予測情報の提供:人材戦略の中長期的な展望を示し、投資家の判断材料とする。

6.人的資本開示を活用した企業価値向上

人的資本開示を単なる義務としてではなく、企業価値向上のチャンスととらえることが重要です。以下のような活用方法が考えられます:

  1. 人材戦略の見直しと強化:
    開示プロセスを通じて自社の人材戦略を客観的に分析し、改善点を見出すことができます。
  2. ステークホルダーとの対話促進:
    開示情報をベースに、投資家や従業員との対話を深め、より良い人材戦略の構築につなげることができます。
  3. 企業ブランディングの強化:
    人材育成や働き方改革への取り組みを積極的に開示することで、企業イメージの向上につながります。
  4. 多様な人材の活用推進:
    現状、人的資本の開示義務は正社員が主な対象となっていますが、将来的にはフリーランスなどの外部人材も含めた人材戦略の開示が求められる可能性があります。この点を先取りして検討することで、より包括的な人材戦略を構築できる可能性があります。
  5. 財務パフォーマンスとの連動性の示し方:
    人的資本への投資が、どのように企業の財務パフォーマンスにつながっているかを示すことで、投資家の理解を深めることができます。

まとめ:人的資本開示で企業の真の価値を示す

人的資本開示は、企業にとって新たな挑戦であると同時に、大きな機会でもあります。単なるコンプライアンス対応としてではなく、自社の強みを最大限に活かし、課題を改善していくための戦略的なツールとして活用することが重要です。
効果的な開示を通じて、投資家、求職者、従業員など様々なステークホルダーとの信頼関係を構築し、持続的な企業価値の向上につなげていくことが求められています。人的資本開示を通じて、企業の真の価値を示し、より強固な経営基盤を築いていくことが、これからの時代に求められる経営の姿勢といえるでしょう。

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HUMAN CAPITAL + 編集部

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