膨大な決算書、複雑なビジネスモデル、無味乾燥な財務データ。 これらを1枚の「図解」に落とし込み、ビジネスの本質を射抜くアカウントがある。Xやnoteで絶大な支持を集める「企業分析ハック」氏だ。
彼の発信は、単なる「要約」ではない。その背後には、「誰でもできることを、誰でもできないやり方でやる」という、狂気にも似た編集力と、ビジネスへの深い洞察が隠されている。 数多の企業をデータから見つめ続けてきた彼が見抜いた、財務諸表に表れない「企業経営の真実」とは何か。そして、AIが台頭する時代に、経営者が直視すべき「人」の価値とは。
企業分析ハック

コンサルティング業界、スタートアップ起業・売却、ベンチャー経営者を経て企業分析インフルエンサーに。X・Voicy・noteで企業の成功要因やビジネスモデル/マーケティング戦略の解説を行う。Xのフォロワーは12万人、音声プラットフォームVoicyのフォロワーは2万人。
「シンプル」の裏側にある、10時間の徹底的な準備
─ 本日はありがとうございます。企業分析ハックさんの代名詞といえば、やはり複雑なビジネスモデルを一瞬で理解させる「図解」です。なぜ、あのスタイルに行き着いたのでしょうか?
きっかけは、現代のビジネスパーソンが抱える「時間がない」という切実な課題感でした。 企業はIR活動として決算書や有価証券報告書を開示していますし、『会社四季報』や『業界地図』といった素晴らしいデータブックも毎年出版されています。しかし、実態はどうでしょうか。四季報を買っても、分厚すぎて結局は「枕にちょうどいい」なんて言われて読まれていないのが現実です(笑)。
ビジネスの情報を摂取したい意欲はある。けれど、時間がない。 そう考えた時、TikTokやYouTubeショートのように、いかに短時間で本質的な情報を摂取できるかが勝負だと思いました。専門家やコンサルタントの方は、どうしても職業倫理として「正確に、詳細に」説明しようとします。その結果、難解になり、大衆には届かない。 そこにあえて「わかりやすさ」を最優先にするスタイルが、結果的に市場の空白地帯だったのだと思います。
─ 情報を削ぎ落とす際、「ここは残す、ここは捨てる」という判断の勘所はどこにあるのですか?
一番大事なのは、「ビジネスモデル」の骨格を掴むことです。 企業は差別化のために、「ウチのビジネスは複雑なことをやっているから強いんだ」と主張しがちです。しかし、多くの成功しているビジネスは、構造自体は驚くほどシンプルなんです。
例えば、「なぜユニクロ(ファーストリテイリング)は強いのか?」と聞かれた時、専門的な用語を使えばきりがありませんが、「製造から販売までを一気通貫で行うSPAモデルだから」と言ってしまえば、実はそれだけで強さの大半が説明できてしまう。 難しく説明されていることを、「実はそんなに難しいことではないんだよ」と言語化し直してあげる。そうすることで、多くの人が「なぜこの商品が売れているのか」「なぜこの企業が伸びているのか」を理解できるようになる。それがぼくの役割だと思っています。
─ しかし、「シンプルにする」ということは、裏を返せば誰にでもできることのように思えます。それでも企業分析ハックさんの分析がこれほど支持される理由はどこにあるとお考えですか。
そこがぼくの戦略のコアなんですが、「誰でもできるようなことを、誰でもできないやり方でやる」という点に尽きます。 少しジャンルは違いますが、ある美容系のインスタグラマーの方に話を聞いたことがあります。その方は、たった1枚の写真を投稿するために、200枚から300枚の写真を撮るそうです。光の入り方、商品の角度、背景のニュアンス……。それら全てを検証し、厳選された「奇跡の1枚」だけが世に出る。
ぼくの図解も同じです。 例えば「iPhoneはなぜ素晴らしいか」を語る時、「UI/UXが優れているからだ」と自信満々に言い切るのは、実はものすごく難しいんです。 たった一つの結論を言い切るためには、それ以外のAppleがやっていること全て、つまり「選ばれなかった99のこと」まで理解していないと、「これが答えだ」とは断言できません。ここだけつまみ食いして語ろうとすると、どうしても薄っぺらくなったり、ピントが外れたりする。
だからぼくは、たった1つの図解、1つのツイートを作るのに10時間をかけることもあります。 簡単なことを言うために、裏側で膨大な時間をかけて検証し、勇気を持って情報を削ぎ落とす。この「割り切り」と、裏にある泥臭いインプットの量こそが、プロとアマチュアの分水嶺だと思っています。
─ 最初からそのスタイルで評価されたのですか?
いいえ、最初は全く(笑)。 フォロワーが10人くらいしかいない初期の頃なんて、本当に泥臭いものでしたよ。友人に「今日の投稿見てよ」と個別にメッセージを送って、「ここが分かりにくい」「面白くない」とダメ出しをもらったりして。 「いいね」の数よりも、そういった地味なフィードバックの積み重ねと、「今日はあの経営者がフォローしてくれた」といった小さな喜びを燃料にして続けてきました。いきなり華々しい成果が出たわけではなく、地道な検証の先に今があるんです。
財務諸表には載らない「熱狂」が勝敗を分ける

─ 数多の企業の財務データを見てこられた中で、近年「伸びる会社」に共通する変化はありますか?
面白いことに、財務諸表や決算書を突き詰めれば突き詰めるほど、「結局、勝負は『人』で決まっているな」という結論に行き着くんです。 財務諸表には「従業員の熱意」や「デザインの美しさ」なんて一行も載っていません。でも、同じようなビジネスモデル、同じような市場環境なのに、なぜか勝っている会社と負けている会社がある。その差を埋めているのは、間違いなく「人の力」です。
─ それを如実に感じるのはどのような場面ですか?
店舗ビジネスなどは分かりやすいですね。例えば、業界トップクラスの強さを誇るユニクロの店舗に行くと、それが肌感覚で分かります。 お店に入った瞬間の空気感、店員さんの目の輝き、動きのキレ。無人レジで客が少しでも操作に迷ったら、すぐに店員さんが飛んできてサポートしてくれる。商品を買って帰る時には、しっかり目を見て送り出してくれる。 「ああ、こういうお店ならまた来たいな」「この会社は伸びるだろうな」という確信は、複雑な財務指標を分析するよりも、現場に行けば一発で分かります。
─ 一方で、小売や飲食などでは「DXによる省人化」が進んでいます。「人への投資」と「効率化」は矛盾しませんか?
いえ、むしろ逆で、「ITと人は対立するものではなく、両輪」なんです。 ユニクロが昔から巨額のIT投資を行ってきたのは、単に人を減らすためではありません。「店舗に在庫がなくてお客様をがっかりさせないため」でした。 全店舗の在庫状況がリアルタイムで分かるシステムが整備されているからこそ、店員さんは在庫確認のためにバックヤードを走り回る必要がない。「他店にならあります」「お取り寄せできます」と、自信を持って接客に集中できるんです。
「作業」をITに任せ、人間は目の前のお客様への「接客」という付加価値に集中する。その環境をITが作っているからこそ、そこで働く人は輝ける。 ここを履き違えて、「AIやDXで人を減らしてコストカットしよう」ということだけを目的にしてしまうと、結局サービスの質が落ち、顧客に選ばれなくなります。
─ 日本企業は、そういった「人を活かすための投資」ができているのでしょうか?
過渡期だと思います。特に日本企業特有の「新卒一括採用」や「総合職採用」というシステムを、どれだけの企業が見直していけるかには注目しています。 これまでの「人を群(マス)として捉え、均質な人材を大量に投入する」という発想は、高度経済成長期の製造業モデルの名残です。しかし、今は個の時代であり、付加価値の時代です。
「とりあえず大量に採用して、適当に配属する」のではなく、一人ひとりの個に目を向け、「この人は何の価値を出すべきなのか」「どうすればこの個が輝くのか」を経営側が真剣に考えられるか。その解像度の違いが、これからの企業の成長力を決定的に分けていくはずです。
「Amazon」と「日本の製造業」を分けたもの

─ 「人への投資」はリターンが見えにくく、経営者としては判断が難しい側面もあります。
それは経営を「短期」で捉えるか、「長期」で捉えるかの違いに尽きます。 グローバルで勝っている企業、例えばAmazonを見てください。彼らは長年、利益が出てもそれを配当に回さず、徹底的に「投資」と「顧客還元」に回してきました。短期的な利益よりも、長期的な市場支配力と顧客体験(CX)を優先しているからです。
この差は「アフターサポート」に如実に表れます。 ぼくの個人的な体験ですが、以前、ある日本の家電メーカーのテレビが壊れた際、サポート窓口に電話したら、たらい回しにされた挙句、「いかに保証対象外にするか」というような防御的な対応をされたことがありました。メーカーとしてはコストを抑えたかったのかもしれませんが、ぼくは二度とそのメーカーの商品は買わないと思いました。
対照的に、AppleやAmazonでトラブルがあった時の対応は驚くほど迅速です。返品や交換にストレスがなく、むしろ「申し訳ありません」とVIPのように扱ってくれる。 「トラブルが起きた時こそ、ファンにするチャンス」だと知っているんですね。もちろん、日本がこう、グローバルがこうという単純な話にはできないのですが、象徴的なエピソードとして捉えられるのではないかと思います。
─ なぜ日本企業はそうなってしまったのでしょうか。
構造的な問題もあると思います。日本の多くのメーカーは、「作る人(メーカー)」「運ぶ人(卸)」「売る人(小売)」が分断されています。メーカーからすると、エンドユーザーの顔が見えない。だから、「売った後のこと」に対する責任感や想像力が働きにくい構造になっていた。
しかし、今はSNSですぐに悪評が広まる時代です。顧客と直接つながり、購入後の体験まで責任を持つ企業しか生き残れません。 コールセンターを「クレーム処理係」として外注し、コストセンター扱いするのか。それとも、「顧客との主要な接点」として捉え、そこで働く人たちが誇りを持って働ける環境を作るのか。 一見遠回りに見えますが、こうした「人」への向き合い方が、5年後、10年後のブランド価値を決定づけると思います。
経営者はSNSをやるべきか? 「敵は近くにいる」説
─ 経営層からよく聞く悩みとして、「経営者はSNSをやるべきか否か」という問題があります。これについて、企業分析ハックさんはどうお考えですか?
結論から言うと、採用ブランディングやPRのために「やった方がいい」です。現代において、広告費をかけずに自社の思想を届けられるツールを使わない手はありません。 ただし、これには「社内コミュニケーションが十分に取れているならば」という、絶対的な前提条件がつきます。
─ 「社外」への発信の前に、「社内」だと。
はい。最近、SNSで炎上しているスタートアップの社長を見てください。その多くは、実は「内部リーク」が火種になっているケースが多いんです。 社長がSNSで「俺たちの会社はイケてる」「うちはこんなに急成長している」とドヤ顔で発信している。しかし、その裏で現場は、無理な営業目標やプロダクトの不具合対応で疲弊し、ボロボロになっている・・・。 この「外向きの顔」と「内向きの実態」のギャップが、一番近くにいる社員の「しらけ」を生み、やがて「恨み」へと変わるわけです。
─ 確かに、現場を知る社員からすれば「何言ってるんだ」となりますね。
そうです。だから、経営者は承認欲求や自己顕示欲のためにSNSをやってはいけません。 まず社内の人たちと対話し、「なぜ今、社長が表に出る必要があるのか」「それが会社にどういうメリットをもたらすのか」を共有し、社員をファンにできているか。そこが担保されて初めて、SNSは強力な武器になります。
ぼくはよく、「社長のアカウントを見れば、その会社の株価やコンディションが分かる」と言っています。 経営状態が悪い時や、社内でトラブルが起きている時は、発信が急に止まったり、逆に攻撃的になったり、ポエムのような投稿が増えたりする。SNSは良くも悪くも、その人の精神状態や「生々しさ」を映し出す鏡なんです。だからこそ、盤石な足元=社内がないと、簡単に足元をすくわれてしまいます。
AI時代だからこそ、ビジネスに「古典」を取り戻す

─ 最後に、企業分析ハックさんが今後目指している「未来構想」について教えてください。生成AIがコンテンツを量産できる時代に、どう戦っていこうとされていますか?
逆説的ですが、「長文」や「物語(ナラティブ)」への回帰が必要だと思っています。 AIは、情報をまとめたり、それらしい文章を書くことは得意です。しかし、そこに独自の「文脈」や、人の心を動かす「物語」を持たせることはまだ苦手です。生成AIに企業分析記事を書かせても、ファクトは合っていても全然面白くないんですよ。そこには「血」が通っていないから。
─ ファクトの羅列では、人の心は動かないと。
ええ。だからこそ、人間が汗をかいて取材し、文脈を編むことに価値が出ると信じています。 最近のビジネス書市場を見ると、自己啓発本や「すぐに役立つノウハウ本」ばかりが売れています。一方で、かつてのように「松下幸之助」や「ソニーの盛田昭夫」といった、特定の企業や経営者の哲学を深掘りした「ビジネスの古典」のようなコンテンツが減ってしまった。
トレンドを追うニュースも大事ですが、「なぜAppleは成功したのか」「なぜこの企業文化は強いのか」といった知識は、10年、20年経っても使える普遍的な知恵です。 ぼくは、一過性のバズ消費で終わるのではなく、そうした「現代の古典」となり得るような、深みのあるビジネスコンテンツを、図解だけでなく長文や動画でも作っていきたいと考えています。
─ なぜそこまで、「ビジネスを深く、わかりやすく伝える」ことにこだわるのでしょうか?
実はぼく自身、若い頃に起業して、うまくいかなかった苦い経験があるんです。 当時は財務諸表も読めないし、ビジネスモデルの知識もなかった。ただ「やりたい」という気持ちだけで突っ走って、結果として「知っていれば防げたはずの失敗」や「しなくていい遠回り」をたくさんしました。 それがすごく悔しかったし、もったいないと思ったんです。
これから事業を作る人や、社内で新しいことに挑戦する人たちには、同じ轍を踏んでほしくない。 正しい知識と、本質を見る目があれば、日本のビジネスはもっと面白くなるはずです。ビジネスリテラシーの底上げができれば、日本で生まれる事業のクオリティも間違いなく上がると信じています。
編集後記:インフルエンサーのノウハウではない。すべての「実務家」に通じる仕事の流儀
一見すると、企業分析ハック氏の言葉は「SNS時代の成功者」からの言葉に見えるかもしれません。しかし、その発言の端々から感じられるのは、むしろ実直で、伝統的とも言えるビジネスへの向き合い方です。
1つのアウトプットのために膨大なインプットを行う姿勢。本質的な分析とあえての取捨選択。これらは、インフルエンサー特有のノウハウではなく、企業で働く私たち一人ひとりが、日々の業務で求められる「仕事の質」そのものに通じる話だと思います。
「誰でもできることを、誰でもできないやり方でやる」。
この言葉は、特別なクリエイターだけのものではなく、周囲を巻き込み、価値を創造しようとする全てのビジネスパーソンに通じる普遍的な指針と言えるでしょう。








