「リスキリングはいらない?」AI時代の覇者となる「裸の自分」と、復権する「日本型総合職」——小澤健祐氏インタビュー

生成AIの台頭により、人的資本の定義が根底から揺らいでいる。

「プログラミングを学ぶべきか」「どんなスキルが残るのか」。多くのビジネスパーソンが抱く不安に対し、AI活用の第一人者・小澤健祐氏は「リスキリングはいらない」と断言する。AI時代に真に問われるのは、スキルの上書きではなく「裸の自分」への回帰、そして複数のタグを掛け合わせる「メタスキル」の獲得だ。

「AI時代の読み書きそろばん」から「15年後の未来」まで。トップランナーが見据える、これからの経営・人材戦略の核心に迫る。

小澤健祐(おざけん)氏プロフィール

一般社団法人AICX協会代表理事

「人間とAIが共存する社会をつくる」をビジョンに掲げ、AI分野で幅広く活動。書籍『生成AI導入の教科書』『AIエージェントの教科書』の刊行や、今までに1500本以上のAI関連記事の執筆を通じて、AIの可能性と実践的活用法を発信。年間登壇は300回以上。 一般社団法人AICX協会代表理事、一般社団法人生成AI活用普及協会常任協議員を務める。Cynthialy取締役CCO、Visionary Engine取締役、AI HYVE取締役など複数のAI企業の経営に参画。日本HP、Lightblue、THAなど複数社のアドバイザーも務める。NewsPicksのAI番組「AI DIVE」のメインMC。千葉県船橋市生成AIアドバイザーとして行政のDX推進に携わる。NewsPicksプロピッカー、Udemyベストセラー講師、SHIFT AI公式モデレーターとして活動。AI関連の講演やトークセッションのモデレーターとしても多数登壇。

AI時代に必要な「3つの力」とは

— 本日は「AI時代の人的資本」をテーマにお話を伺います。小澤さんは、これからの時代に必要な能力として、従来の「読み書きそろばん」に代わる「3つの力」を提唱されていますね。

はい、これはもう「料理」に例えると一番わかりやすいと思います。 例えば今日、あなたがChatGPTに「今日は絶対にシーフードカレーを食べてください」と指示されても、「いやいや、今日はポークカレーが食べたい気分なんだ」とか「そもそもピザが良い」って思う時がありますよね。つまり、最終的に何を作りたいか、何を食べたいかという「目的(ゴール)」は、AIには決められないわけです。

人間の根源的な欲求に寄り添わなければいけないので、結局ここだけは人間が設定しなきゃいけない。

例えば僕はカレーを作る時、玉ねぎを4つぐらい使うんですよ。 1個はみじん切りにして溶かし込んで、もう1個はあえて粗く切って食感を残して……みたいなこだわりがあるんです(笑)。

— 玉ねぎ4つ! それはすごいこだわりですね(笑)。

そうなんです(笑)。でも、この「どんなカレーを作りたいか」というゴールを決めるのが人間のスキルですよね。これが一つ目の「目的設定力」です。

そこから、「自分が好きなそのカレーを作るにはどうすればいいか」を逆算するのが大事です。これがいわゆる「逆算する力」。

会社で言うところの戦略を作るとか、マニュアルを作るということになります。 極端な話、マニュアルさえ作ってしまえば、ファミレスチェーン店のように現場に作ってもらってもいいし、これからの時代ならAIやロボットにやらせてもいいわけです。

そして最後。僕がこだわりの「玉ねぎ4つのカレー」を作ったとして、それだけじゃ売れないんですよ。「なんでおざけんのこだわりカレーが食べたいのか」という文脈がないといけない。 単にカレーが食べたいだけでなく、「おざけんさんと一緒に作りたい」とか「その思想を食べたい」と思わせるような、人間中心のストーリーが必要になる。これが3つ目の「ストーリーテリング力」です。

つまり、「目的を決めて」「そこから逆算して」「それをストーリーにする」。この3つさえできれば、あとはAIで全ていいですよね、という時代が来ると考えています。

形骸化した「リスキリング」はいらない

— なるほど。そう考えると、世の中で叫ばれている「リスキリング(学び直し)」の方向性にも疑問が湧いてきます。

そうですね。形骸化した「リスキリング」っていらないと思っています。 目的なくプログラミングを学べばキャリアが発展するわけではありません。ライターの仕事とかもなくなっていますよ、と。

世の中の「リスキリング」って、よくわからないけどハードスキルに寄っちゃうんですよね。「プログラミングしなきゃ」「マーケティングできなきゃ」みたいな。今やらなきゃいけないのは、Re-Skilling(スキルの上書き)ではなく、「裸の自分」に向き合えるかどうかです。これからの時代は「裸の戦い」なんです。

— 「裸の戦い」ですか。

ええ。目的を決めて、逆算して、ストーリーテリングするって、全ての人間に与えられたスキルじゃないですか。ということは、今日本にいる労働人口すべてが競合になるわけですよ。 例えば今までだったらプログラミングスキルで上位1%になればよかったし、競合はITエンジニアすべて合わせても125万人ほどでした。でも今の時代、生成AIを使えば誰でもアプリケーションを作れる。全員が競合になってしまっているともいえるわけです。

そこで何で差がつくのかというと、「裸の自分」でしか差がつかないわけです。 結局、どんな目的に向かうんだっけという「目的設定」。その上でちゃんと逆算して整合性がある戦略を掲げられるか。そして圧倒的なブランディングにつなげていくか。 今の時代、一番人材的な価値が決まるのはそこだと思っています。

— 確かに、誰でも作れる時代だからこそ「なぜあなたがやるのか」が問われるわけですね。企業経営においても同様でしょうか?

その通りです。これまでの経営は「積み上げ」でしたが、これからは「逆算」に変わらなきゃいけない。 極端な話、AIの時代になれば従業員がいらなくなるかもしれない。「AIがやってくれればいいじゃないですか」みたいなことが起きてくる。だからこそ、経営者自身が「どんな世界を作りたいか」という目的を再定義しなきゃいけません。

好奇心を持って「視野」を広げる

— ただ、いきなり「裸の自分で戦え」と言われても、足がすくんでしまう人も多いと思います。具体的にどうアップデートしていけばいいのでしょうか?

いつも言っているのは、「好奇心を持って自分の『視野』を広げる」という話です。

人間って、自分の視野の中でしか目的を決めることができないわけですよね。 分かりやすく言うと、エジプトにピラミッドがあることを知らないのに、エジプトに行きたいとは思わないじゃないですか。カレーライスを知らずにカレー作りたいと思わない。人間は見えている景色の中でしか「これをしたい」という目的を決められないんです。

大企業でありがちなのが、「PRしかしません」「ずっと営業にいます」というパターン。その中でしか物事を決められない。生成AIの時代なんだから、まず自分の視野を広げるために、目の前の仕事だけではなくて新しい挑戦をいかにできるかが重要になってきます。

「太いI型人材」と日本の総合職の可能性

— 専門特化ではなく、視野の広さが鍵になると。それは一種、「スペシャリストの否定」みたいな形にもなりますか?

そうですね。なので私は今、I型人材とかT型人材ではなくて、「太いI(アイ)型人材」でいいんじゃないかと言っています。 全部に特化していなくてもいいけど、その代わり幹が太い方がいい。

ちなみに僕、日本の「総合職」ってすごくいいなと思っていて。今まで僕も日本の総合職って魅力が高くないと思っていたんです。職種の定義もなく、キャリアのビジョンも曖昧そうで。 でも見方を変えたら、日本の総合職って営業もやって、人事もやって、PRもやって…といろんなところを渡り歩きますよね。

— 確かに、ジョブローテーションで様々な部署を経験しますね。

ああいう人って、企業全体を俯瞰する「メタスキル」を持っているんです。 今、アメリカの専門人材って価値がなくなりつつあるじゃないですか。マーケティングに特化して広告運用だけすごいって言って数千万円稼いでるような人でも、AIに代替されて真っ先にクビ切られるわけですよ。

そうなった時に、いかに俯瞰的に物事を見れるかというのが大事なので、僕はやっぱり日本の総合職って時代に合ってたんじゃないかと思っています。 例えばPRでも、マーケのことを知っているPRの人と、知らないPRの人って雲泥の差があるじゃないですか。マーケの視点とPRの視点がどちらもあれば、どっちのAIも使えるし、高度なディレクションができる。

— AIという強力な部下を持つからこそ、複数の視点で指示が出せる「総合職的なメタスキル」が輝くわけですね。

最強中の最強ですよ。だからリスキリングというよりも、「視野を足していく」「スキルを足していく」みたいな話なんです。極める必要はない。「60点の法則」でいいんです。 営業がマーケティングを一回やるだけで、視点もガラリと変わる思うんです。

自分の仕事の定義を、「自分に必要なメタスキルのポートフォリオを作る」と捉え直すと良いと思います。自分にしかないメタスキルのポートフォリオを作っていくのが、短期・中期では大事です。

— ポートフォリオという意味では、フリーランスの方々はどうでしょうか。会社員のように異動がない分、意識的に動く必要がありそうです。

おっしゃる通りです。これからの時代のフリーランスはどんどん難易度も上がるかもしれません。 だからこそ、フリーランスは「スキルのバイキング」じゃなきゃいけないんですよね。

— 「スキルのバイキング」。面白い表現ですね。

はい。「フリーランスのエンジニアだけが専業です」みたいなのは価値がどんどん低くなってしまいそうです。そこで、「実はエンジニアなんだけど、営業もやってて…」とか、バイキングで好きな料理を取るように、自分で自分のスキルセットを盛り付けていくんです。 フリーランスは自分のメタスキルを自分で設計できるのがいいところですよね。大企業は会社に希望を出さないと無理ですから。

「自分は何の専門家なのか」というタグを、自分で増やしていけるかどうかが生存戦略になるでしょう。自分にしかない視点を持たないと、稼ぐことが難しくなっていくだろうと思います。

10〜15年後、人間は働かない世界へ

— 会社員は配属をチャンスに変え、フリーランスは自らタグを取りに行く。どちらにせよ多角的な視点が必要ですね。では最後に、少し先の未来、10年〜15年後の展望をお聞かせください。

最終形態は、まず「1人CEO」みたいになっていき、その先には「人間が働かない世界」が来ると思います。 ドラえもんが1億体いたら人間が働く意味ないじゃないですか(笑)。

多分15年後とかは、本当に人々は働かないから、今度は「幸福追求」の方が大事ですよね、という論調に変わってくると思います。 自動運転になれば運送費がコストに乗らなくなる。収穫もロボットがやれば、かかるのはイニシャルコストだけ。「限界費用ゼロ社会」が来るので、物の金額は絶対下がる。

そうなると教育も変わります。何のために受験させるのか、受験勉強とはどういう意味を持つか、有名大学を出て意味があるのかなど、いろいろな問題が出てくるでしょう。税金も変われば労働時間という概念も変わるし、学校という概念も、社会の根底が全て塗り替えられてしまう。それくらいのことを想定しなくてはいけません。

— 働くこと、学ぶことの意味自体が変わってしまうと。

ええ。例えば多くの人が「ベーシックインカム」と言ってますけど、それは「お金が必要」という前提じゃないですか? お金がいらなくなるかもしれないと考えるとどうでしょう。 一家に1台ドラえもんがいれば、「魚釣ってきて」とか「畑耕して」って指示して、自分たちが過ごす村を作らせればいいわけですから(笑)。

これからの10年後の働き方ってどうなるんですか?という質問自体が、「働くのを前提にした質問」でしかない。そこを外して考えられるかどうかが、ある意味でこれからを考えられるかどうかにつながっていると思いますね。

— なるほど。労働そのものがなくなる未来を見据えて、今どう生きるか。

恐ろしい時代か、めちゃくちゃ楽しい時代になるか。 だから僕は、AIの研究者みたいに閉じるんじゃなくて、経営もわかる、PRもマーケも人事もわかる、究極の「メタ人間」になりたいんです。 そうやって多角的な視点を持っていないと、これからのAI時代の変革をリードできないと思ってるから。 人類の歴史の中でこんなに変わるのってめったにないから、我々は運がいいんだと思いますけどね。

編集後記:まとめ

「AIに仕事を奪われる」という受動的な恐怖論とは一線を画す、小澤氏のエネルギーに満ちた提言をいただきました。

特に印象的だったのは、一見すると対極にある「日本の総合職」への再評価と、フリーランスにおける「スキル・バイキング」という考え方が、実は「メタスキル」という一点で繋がっているということです。 立場は違えど、共通しているのは「単一のスキルに固執せず、視点のポートフォリオを組む」という姿勢だといえるでしょう。

AIは「How(やり方)」を劇的に効率化し、社会のコストを限りなくゼロに近づけていきます。しかし、「Why(目的)」を生み出し、「Story(物語)」を紡ぐことはできません。 経営者や人事責任者に今求められているのは、社員に特定のツール操作を習得させること以上に、多様な経験を通じて「視野」を獲得させ、AIに対して適切な「問い」を投げかけられる人材を育てることかもしれません。

「裸の自分」を磨き、太い幹を持つ人間こそが、テクノロジーを使いこなし、新たな価値を創造する。その本質は、いつの時代も変わらないというわけです。

関連リンク

小澤健祐(おざけん)氏公式X

小澤健祐(おざけん)氏公式サイト

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執筆者
HUMAN CAPITAL + 編集部

「HUMAN CAPITAL +」の編集部です。 社会変化を見据えた経営・人材戦略へのヒントから、明日から実践できる人事向けノウハウまで、<これからの人的資本>の活用により、企業を成長に導く情報をお届けします。

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